あの方との婚約を今すぐ解消してください。


「・・・今、なんと?」

「君の弟が生まれなけばよかったのにな! 君が弟を可愛がっていると聞いたが、それもどうだか? 本当は弟のことを嫌っているんじゃないのか? 弟になにかあれば、次期伯爵は君だから、ぶへっ!?!?」


 バンっ!? という破裂音にも似た音と、次いで床に倒れる元婚約者。そして、手に残る痺れ。


「な、なにをするっ!? お、女のクセに男を殴っていいと思ってるのかっ!?」


 彼は尻もちを着いたまま頬を押さえ、驚いた顔でわたしを見上げる。


「なにを? そうですね。今あなたのいるこの家が、どこの家かご存知でないのでしょうか? 嫡男の誕生を心待ちにして、皆で大事に育てている最中という我が家の中で、その嫡男が生まれなければ? 巫山戯ふざけるのも大概になさいっ!!!! たかが入り婿予定・・の婚約者の分際で、そのような口を利いていいとでも思っているのですかっ!?!?」

「っ!?」


 わたしに言われ、ようやく自分の発言のまずさに思い至ったのか、彼の顔面がさっと蒼白になる。


「わたしのことが気に入らなければ、最初から婚約を了承などしなければよかったのです。でなければ、途中からでも婚約の解消を申し入れればよかったのです。そうすれば、わたしも父も快く応じていたことでしょう。……今の言葉は、聞かなかったことにしておきますので。さっさと帰って、後程届ける婚約解消の書類に同意してください。では、失礼」

「……っ、ケイト!」


 慌てたように呼ぶ声に、酷く不快になる。


「呼び捨てにしないで頂けます? あなたとわたしには、もうなんの関係も無いので。お帰りは気を付けてください。先程の発言を、誰が聞いているのかわかりませんので」


 そう言って軽く脅し、呆然とした様子の彼をうちから追い出した。


 なにやら腰が抜けていたようでしたから、男性の使用人に玄関の外まで運ばせ、今後一切うちの敷地には入れないようにと言い付けておきました。


 使用人達は困惑した様子でしたが、喧嘩をしたので顔も見たくないと言ったら、「お嬢様がそんなに怒るとは珍しいですね」と、驚いた顔をしながらも納得されました。


 人は、追い詰められたときに、その人の本性が表れると聞きますが・・・とんだ嫌な男だったではないですか。


 全く、あんな男だったとは知りませんでした。ですが、結婚する前に彼の本性が判って良かったと思います。


 さて、では早速、父にあの方との婚約解消の話をしに行きましょう。


 父の書斎へ足を向け、ノックをして中へ。


「ケイトです。大事なお話があって来ました」

「そうか」

「ええ。単刀直入にお話をします。ついさっき、婚約者と喧嘩をしてしまいました。もう、二度と顔も見たくないし関わりたくもないので、あの方との婚約を今すぐ解消してください」

「・・・は? いや、ちょっと待てケイト、今、なんて言ったっ?」


 ぎょっとした顔のお父様。


「ですから、つい今し方、あの人と喧嘩をして、至極腹が立ったのでぶん殴って追い出しました。ついでに、今後一切うちの敷居を跨がせないよう、使用人達にも言い付けておきましたので。お父様も、二度とあの方を我が家へ呼ばないでくださいね?」

「はあっ!? いや、落ち着きなさいケイト、一体彼となにがあったんだっ!?」

「そうですね・・・強いて言えば、婚約条件の認識不足でしょうか? わたしが伯爵にならないのなら、わたしみたいに冷徹な女とは結婚はしたくない、とのことですので。わたしも、あんな男は願い下げです」


 にこりと微笑みながら吐き捨てるように言うと、お父様の顔が慌てたものになって行きます。

 

「なっ……け、ケイト? 伯爵家当主ではないにしろ、彼と結婚して我が家の男爵位を継ぐという選択もあるんだぞ?」

「彼との結婚など、ごめん被ります。あの・・ような・・・こと・・を言われてまで、我慢したくはありません」

「い、今婚約を解消すると、いい縁談が見込めない可能性もあるんだぞっ!?」

「はい。わかっています。ですが、お父様は言いましたよね? しばらくはわたしの好きにしていい、と」

「そ、それは確かに言ったが……」

「では、彼との婚約解消をお願いします」


 そう言って、書斎から出た。


 では、リヒャルトのところへ行きますか♪


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