随分と勿体無いことをしていますね。
「はい、なんでしょうか?」
「その、弟と仲良くなれるコツのようなものはあるのでしょうか? わたしも、その……自分の弟と仲良くしたいのです」
思い切って言ってみると、
「コツ、ですか? 普通に可愛がるのでは駄目なんですか?」
不思議そうに首を傾げられてしまいました。
「セルビアさんは、弟さんとは同じ家で一緒に住んでいるんですよね?」
「ええ。今は寮に入っていますが」
父には、わたしがリヒャルトを嫌っていると思われたままで、家にはまだ少し帰り難いのです。
「なら、帰省したときにたくさん可愛がって、遊んであげればいいじゃないですか。うちみたいに両親が弟の育児放棄をして、遠方の親戚の家に弟を預けて何年も離れ離れというワケでもないし、今年から同じ学校に通えると思ってすっごく楽しみにしていたのに、親が勝手に要らないことして寮制の厳しい騎士学校に入れられたワケでもなくて、セルビアさんは週末に家に帰れば、弟さんとは簡単に会える距離にいるのに?」
「・・・え~と?」
「セルビアさんは、随分と勿体無いことをしていますね」
なにやら、凄いことを聞いてしまったような気がします。ハウウェル様の口から・・・
まぁ、ハウウェルの
なんでも、ハウウェル様の母君が少々アレだとかで、年頃の娘のいる上位貴族の間では縁談の話を忌避しているという話でしたね。
うちは、わたしが跡取りになる予定で婿を取る前提だったので、特に関係の無い話として聞き流していましたが・・・
実際に聞くと、なんというか・・・形容し難いですね。
「弟さんのことを可愛がりたいと思っているなら、後継がどうのこうのと誰にどう言われようとも、構わずに可愛がればいいんですよ」
「・・・わたし、ハウウェル様へ後継問題のことを話したでしょうか?」
「いえ。セルビアさんからは聞いていませんよ。ですが、それは弟さんが生まれる前から言われていたことでしょう?」
にこりと微笑むハウウェル様。その顔は、とても貴族的な表情です。
「そう、ですね」
乗馬が下手で、馬に上がるのにももたついて、馬に舐められているようなところばかり見ていたから、あまり意識することがありませんでしたが。この人は……ハウウェル様は、上位貴族に成ることが約束されている人でしたね。
ハウウェルの侯爵家を継ぐ方。初めて、そう実感しました。
「後継問題は、どこの家にも付きものですから」
「ええ……」
次に生まれて来るのが妹か、弟か・・・
それは、ずっと言われていたことです。「弟が無事に成長したら、ケイトは用済みだ」とは、親族にはよく言われていました。今でも、顔を合わせる度にわざわざ言って来ますし。挙げ句、「嫁の貰い手の心配でもしておくんだな」などと、余計なことも・・・
「セルビアさんが、本当は弟さんを可愛がりたいと思っていることを知らないで、言いたい放題。周りの人間に、弟さんとの仲を、勝手に
「え?」
「そろそろ話せるようにもなると思いますし。そのうち、セルビアさんは弟さんに聞かれてしまうんじゃないですか? 『自分のことが嫌いなの?』と」
「そんなことはありませんっ!?」
思わず、強く言い返していました。
「そうですか。では、それを直接弟さんへ伝えてみればいいと思いますよ?」
怒鳴ってしまったというのに、にこりと微笑むハウウェル様。
「で、でも、リヒャルトはまだ一歳ですよ? 言葉が通じるとは……」
「一歳だとしても、言葉が通じなくても、目の前にいる相手が、自分のことを好きか嫌いかくらいは判ります。それに、小さい子に長いこと会わないでいると、酷く恐ろしいことが起こるんですよ? 知っていますか?」
じっと、真剣な瞳がわたしを見据えます。
「恐ろしいこと、ですか?」
「ええ、非常に恐ろしいことです」
「それは、一体……」
「忘れられてしまうんです」
「え?」
「幾ら血縁なのだとしても、小さい子というのは、あまり会わない相手のことは、すぐに忘れてしまうんです。そして、実の兄弟だというのに、きょとんとした顔で、『はじめまして』と、言われてしまうのですよっ!! 自分の可愛がっている弟に、そんなことを言われてしまってもいいんですかっ!? あれは結構なダメージですよっ!? いえ、それでも、うちのネイトはすっごくすっごく可愛かったんですけどねっ!?」
ぐっと力一杯言い募るハウウェル様。どうやら、ハウウェル様の経験則のようです・・・
おそらくはハウウェル様方の幼少期の頃のことだとは思いますが、弟さんに忘れられてしまう程、会えなかったのですか。
・・・いつか、多分そろそろだとは思いますが、喋れるようになったリヒャルトに、「だぁれ?」なんて言われると思うと・・・む、胸が痛いっ!!!!
あ、なんかちょっと泣いてしまいそうです。
「セルビアさん、今ならまだ間に合う筈です!」
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