ハウウェル様は馬に完璧舐められていますね。


「ハウウェル様は、どうしてここへ?」

「ぁ~、それは……ま、見られたから仕方ないか……」


 ちょっと困ったような顔で呟いて、


「下手だったでしょう? だから、人がいないときにこっそり練習しようと思って」


 ハウウェル様は恥ずかしそうに口を開く。


 まぁ、確かに。お世辞にも、上手いとはとても言えない残念な腕でしたね。


「そうでしたか。その、差し出口かもしれませんが、あまり乗馬が上手くはないのでしたら、ハウウェル様には、もっと気性の優しい子の方がよろしいかと思いますよ? その子は賢いのですが・・・」


 ハッキリ言うと、ハウウェル様は馬に完璧舐められていますね。まぁ、さすがにそれは、口を濁しておきますが。


「少々イタズラ好きな子なので。さっきのもきっと、ハウウェル様を揶揄からかったのでしょう」

「ええっ!? そうなのっ!?」


 全く悪びれる様子のない、悪いを見上げるハウウェル様。


「ええ、その……乗馬を、お嫌いになりましたか?」


 一度怖い思いをしてしまうと、馬に乗れなくなってしまうこともあります。ハウウェル様は大丈夫でしょうか?


「ああ、いえ。少しびっくりしましたが、大丈夫ですよ。心配してくれてありがとうございます。それにしても、セルビアさんは乗馬が上手いんですね。うらやましいです」


 羨ましいという言葉に羨望は感じられますが、わたしに対する悪感情は見受けられません。


 男子からの当たりが柔らかいと、こんなにも穏やかな気分で話せるものなのですね。同年代の男子と話すときはいつも、ギスギスした雰囲気になってしまうのですが・・・


 なんだか少し、不思議な気がしますね。


「セルビアさんが宜しければ、僕でも乗せてくれそうな馬を教えてくれませんか?」

「え? ええ。わたしで宜しければ」

「それじゃあお願いしますね」


 にこにこと微笑んで、馬を引こうとするハウウェル様ですが・・・


「あれ? 動いてくれない? こっちだってば」


 ・・・やはり、舐められていますね。


「宜しければ、わたしが」

「それじゃあ、お願いします」


 気分を害した様子もなく、あっさりと手綱が渡されました。ハウウェル様は、かなり鷹揚な方なのかもしれませんね。


 そう思いながら、厩舎の方へ馬を二頭引いて向かいました。


 先程まで乗っていた子達を戻し、ハウウェル様に合いそうな子を探します。


 まず、賢いことは勿論、優しくておっとりとした気の長い子がいいでしょうね。よく初心者の女子を乗せてあげているあの子なんか、いいのではないでしょうか?


「この子は如何いかがでしょうか?」


 と、この厩舎で一番賢くて気立ての優しい子を、ハウウェル様へお勧めしました。


「ありがとうございます。それじゃあ、乗ってみますね」


 そう言って、わたしの選んだ子を引いて外へ出たハウウェル様は、馬上に上がろうとして・・・なかなか上がれず、台を使って上がっていました。


 どうやらハウウェル様は、身体を動かすことが得意ではないようです。

 ちなみに、わたしの選んだ子は、ちゃんとハウウェル様を乗せて・・・あげて・・・いました。ハウウェルも、


「この子はすごく乗り易いですね」


 と喜んでいました。


 こうして、わたしとハウウェル様との交流が始まったのです。


 ハウウェル様は乗馬が下手なのが恥ずかしいようで、人がいないときを見計らってこっそりと練習しているようでした。


 下手なのでしたら、毎日練習すれば宜しいのに。そう思ったので、


「もっと上手くなりたいのでしたら、毎日練習すれば宜しいのでは?」


 そう言ってみました。


「う~ん……毎日はキツいかな? 体力的に」

「そうですか」


 まぁ、ハウウェル様はひょろ……いえ、あまり筋肉の付いていなさそうな細い方ですし、馬に上がるときにももたもたと……いえ、少々時間を要する姿からも、運動が得意そうには全く見えませんからね。


 なんだか、有事の際が少々心配になってしまうような方ですね。


「弟と一緒に遠乗りとかしたいんだけどなぁ」


 弟さんのことを呟いたときのハウウェル様の表情が、いつも浮かべている穏やかな貴族的な微笑みではなく、優しい表情に見えました。


「ハウウェル様の弟さん、ですか……」


 ハウウェル様の優しげな表情からすると、弟さんとの関係は良好のようです。


「どのような方なのでしょうか?」


 そう尋ねた途端、


「僕の弟はね、小さい頃からすっごく可愛くて、綺麗で、優しくて、もう本っ当に可愛いんですよっ!!」


 と、それから怒涛のごとく、弟さんの自慢をされてしまいました。


 いつもの取り澄ましたようなお顔とは違って、随分と表情が緩いですね。


 なにやら、ハウウェル様のお話によると、弟さんは随分と綺麗なお顔をしているらしいです。『可愛い』という表現は小さい子なら兎も角、『綺麗』は男の子を表す言葉としては、あまり聞かないと思いますが……身内の欲目というやつでしょうか?


 なんだか少し……羨ましい、かもしれません。


 弟と仲良くなれるコツなどを聞いてみたら、答えてくれるでしょうか?


「ハウウェル様」

「はい、なんでしょうか?」

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