本当に泣きたくなる程にありがたいから。
「ううん。いいよ。わたしはもう少し選んでるから、先行ってていいよ」
「わかった」
「それじゃあお先ー」
と、馬を選んだ二人と別れて、セディーを乗せてくれていた子を探すことにした。
厩舎を、のんびりして大人しくて賢そうな子を探して見て回る。
初心者の女子生徒がよく乗っている子だとも言っていたから、もしかしたら今日はいなかったりするかもしれないけど……
「あら、ハウウェル様ではありませんか。お久し振りですね。どうされましたか?」
乗馬服姿で馬の顔を撫でていた女子生徒が、足音か気配にか振り返った。
「お久し振りですね、セルビア嬢」
「もし馬をお選びでしたら、今日はあまり走っていない子をお願いしても
ふっ、と微笑むセルビア嬢。
「ハウウェル様とクロフト様はいつも、走りたそうにしている子を選んでくれるので助かっているんですよ。お二人は馬丁の方にも礼儀正しいですし、馬がお好きなんですね」
馬は、乗っている間は信頼して、自分の命を預ける存在だ。そして、そんな風にして命を預ける存在を管理して世話をしてくれるのが、馬丁という職業。
「馬丁の方へ敬意を表するのは当然のことでは? そういうセルビア嬢こそ、馬がお好きなんですね」
ちょっと驚いたという表情をして、
「ええ、そうですね。その通りです……」
眉を寄せるセルビア嬢。
まぁ、セルビア嬢も爆走するレザンを追い掛けられる程の腕前だ。相当馬が好きじゃないと、あの腕にはならないだろう。
そして、多分貴族子女達の馬丁の方への態度には、少々思うところがあるのかもしれない。貴族の中には、馬の恩恵に
そういう馬鹿共は、馬車を使わずに徒歩で移動すればいいと思う。一度自分の足で長距離を歩いてみれば、馬のありがたみがわかることだろう。
特に、暗い夜道なんかを濡れながら延々と歩いてみたりすると、馬や馬車のありがたみが心底わかるようになると思う。
少しばかり命懸けになるけど、本当に泣きたくなる程にありがたいから。そうすると、そんなありがたい馬の管理や、お世話をしてくれる馬丁という職業の尊さにも気付けることだろう。
「馬丁の方なくして、馬場は立ち行かなくなりますからね。当然のことです」
うんうんと頷いて同意するセルビア嬢。
あ、そうだった。
「副部長であるセルビア嬢へお聞きしたいのですが、一番のんびりして大人しい子はどの子でしょうか? セディ……兄が乗っていたと聞いたので探しているんです」
「あら・・・お聞きしたのですか」
「? はい。え~と?」
「ああ、いえ。ハウウェル様……セディック様の方が乗馬クラブに入っていたことを知っている方は、とても少ないので」
「そうなんですか?」
「ええ、その・・・セディック様はその・・・」
セディーを気遣ってか言葉を濁すセルビア嬢に、
「あまり得意ではないようですね、今も」
セディーが「内緒にしときたかったのに!」と言っていたことを思い出し、苦笑しながら答える。
「・・・乗馬自体は、お好きなようでしたよ?」
返ったのは、困ったような声音の返事。
「そうみたいですね。それで、兄が乗っていた子を教えて頂けますか?」
「それでしたら・・・」
と、セルビア嬢が紹介してくれたのは、おっとりした賢そうな顔の美人さん。
「この子はとても賢い子で、乗馬が初めてで、馬を怖がっているようなお嬢さんでも乗せて歩いてくれるので、初心者の方々の練習用によく
選ばれるのです。けど、何度か乗って慣れて来ると皆さん、あまりこの子に乗りたがらなくなってしまって・・・」
「成る程。わかりました。では、わたしは今日はこの子にしますね。教えて頂き、ありがとうございます、セルビア嬢」
「いえ、お気になさらず」
と、今日はセディーを乗せてくれていた、おっとりな美人さんに乗ることにした。
「・・・本当に賢いんですね。あなたは」
ちょっと、驚いた。癖が無くて素直だし、指示を出す前にわかってくれている感じが凄い。
更にはのんびりゆったりした歩調で、あまり身体が揺れないよう気遣ってくれてるし。本当に、優しくてとても気立てのいい子だ。
けど、この子が
「でも、わたしは初心者ではないので、今日はあなたの好きなように走ってもいいんですよ? どういう風に走りたいですか?」
と、声を掛け、手綱を緩めて彼女の好きなようにさせてみることにした。
すると、意外なことに彼女は、走るよりも跳ぶ方へと足を向けた。
「成る程、アスレチックですか。いいですよ? 一緒に跳びましょうか」
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