そこの爆走男子っ!?


「では俺はコイツに乗ることにしよう。ハウウェルはどうする?」


 レザンは早速馬を選んで、もう乗るつもりだ。


 それから、レザンが馬上の人となって・・・


 まぁ、そりゃこうなるよねぇ?


 駆け抜ける馬蹄の音が、馬場中に鳴り響いて――――


 レザンが注目を集めています。まさにみんなの視線は釘付け状態。


 馬場に出るなり、競馬かっ!? くらいにスピードを出して、のんびりと乗馬している人達の間をぶっちぎって突き抜け、トラックを独走していれば当然なんだけど。


 横座りで乗馬していた女子生徒なんか、恐怖の表情でレザンを見ていますよ。

 うん、あんなスピードで横から抜かれたら怖いよねぇ。慣れないと、隣をゆっくりな駆け足で並走されるのも怖いもんね。わかります。


 レザンがのんびりしている彼らにぶつかることは無さそう(無論、奴は乗馬の成績も優秀なので)だけど、ビビった人達や度肝を抜かれて余所見している人達が危険かもしれない。あと、馬がレザンの速度に釣られたり、手綱の制御が甘くなるとかなりまずい。下手すると怪我人が出る。


 止めた方がよさそうだ。


 目立つのは嫌だけど、仕方ない。


「止めに行きます」


 と、唖然としているライアンさんに告げ、馬に跨がってその腹を蹴ったときだった。


「そこの爆走男子っ!? 今すぐ止まりなさいっ!!」


 レザンを追い掛けるようにバッと駆け出した馬の上から、女子生徒の怒号が響いた。


「他の生徒の迷惑を考えなさいっ!!」


 という鋭い声が聞こえたのか、ハッとしたような顔をしたレザンが馬の速度を緩めて、やがて止まった。

 そして、馬上から降りたレザンが馬を引いて歩き、乗馬していた人達にぺこぺこ謝りながら、彼を止めた女子生徒に連行されてこちらへやって来る。


「全く、あなたが馬が好きで、扱いが上手なのはわかったけど、ここには馬の扱いがあまり上手くない方だっているのよ? そんな中をあんな速度で爆走して、驚いた他の方々が怪我でもしたらどう責任を取るおつもりですか?」


 怒りが含まれた声が近付いて来ます。


 はい、正論です。落馬は非常に危険ですから。


「申し訳ありません」


 うん。レザンが謝るのは当然だ。けど・・・


「ハウウェル! どうやらここでは、本気で走らせることはやめた方がいいらしいぞ!」


 と、大声でこちらへ手を振るレザン。


 なぜにわたしを巻き込むっ!?


「? あなた、は……」


 レザンを叱り飛ばしている彼女が、わたしの顔を見て驚いた顔をする。


「はい?」

「いえ、後にしましょう。それより、この乗馬クラブに入部するのでしたら、ちゃんと規律を守って頂きます。いいですか、このクラブでは……」


 と、おそらくは乗馬クラブ先輩である女子生徒にクラブの決まり事を丁寧に教えて頂きました。


「わかりましたか?」


「「ハッ、申し訳ありませんでした!」」


 キリっとした表情の彼女へ、二人で思わず敬礼を返します。


よろしい。それでは、どうされますか? あなた方は乗馬クラブへ入部しますか? やめますか?」

「入部します」

「わたしも」

「では、入部届けを出しに行きましょうか」


 先輩は、手続きの面倒まで見てくれるようです。レザンのせいでわたしまで叱られてしまいましたが、面倒見のいい方のようですね。


「付いてらっしゃい」


 と、馬を片付けて校舎の方へ向かいます。


「その、すみませんセルビア嬢。わたしの監督不行き届きです」


 合流したライアンさんが、女子生徒へ謝りました。


「ああ、連れて来たのはフィッセル様でしたか」

「はい」

「お知り合いですか?」


 ライアンさんに聞くと、


「ああ、すみません。まだ名乗っておりませんでしたね。わたしは高等部二年のケイト・セルビア。乗馬クラブの副部長をしております」


 セルビア嬢が自己紹介をしてくれました。副部長さんでしたか。道理で。


「わたしはネイサン・ハウウェルで、こっちが」

「俺はレザン・クロフトだ」

「両方共高等部の一年です」

「ネイサン様のことは存知ております。ハウウェル様……セディック様の弟君ですよね。わたしも、セディック様にはお世話になりましたので」


 と、わたしをじっと見詰めるセルビア嬢。


「そう、でしたか。セディック兄上がお世話になりましたが、わたしもこれからお世話になります。宜しくお願いします」


 セルビア嬢の強い視線に少々たじろぎながら・・・どこかで彼女を見た覚えがあるような気がする。どこ、だったか・・・?


「こちらこそ、宜しくお願いします。……でも、わたしだって負けませんので……」


 挨拶の後にぼそりと、セルビア嬢がなにかを呟いたような気がした。


「はい? えっと、すみません。セルビア嬢、声が小さくて聞き取れなくて」


 聞き返すと、


「いえ、なんでもありません。お気になさらず。そして、これは独り言なのですが、早朝や夕方などの人の少ない時間帯であれば、全力で走らせることも可能です。テスト期間などは、特に狙い目だったりするのです。まぁ、テスト勉強に余裕があればの話ですが」


 セルビア嬢は首を振ってそっぽを向き、独り言・・・を言って聞かせてくれた。


「成る程。人のいない時間帯、か。セルビア先輩、教えてくださってありがとうございます」

「わたしは独り言を言っただけです」


 クスリとイタズラっぽい笑みが、キリっとした表情を和らげる。


 さっきは叱られてしまった(レザンのせいで)けど、実は案外セルビア嬢はこっちの方が地のような気がする。


 こうしてわたしとレザンは、乗馬クラブに入部した。


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