さっきまでハウウェル君、だったのに。



「ほんとう、なのか? ハウウェルくん」

「まぁ、一応は。わたしがレザンに勝てたことは、あんまりないですけど」

「謙遜することはないぞ!」


 ぎょっとしたような視線が向けられた。


 勝ったときの条件は、試合時間一杯コイツの攻撃を凌ぎ切ったら……とかだし。

 要は、レザンとの勝負を引き分けまで持ち込めば、わたしの勝ち。という感じのユルい条件での勝ちしか取ったことしかないけど。


 コイツ、マジで強いし。脳筋だし。


 勝利条件がユルく感じるけど、真っ向勝負でコイツに勝つのは、一般人じゃあ無理だね。


 そもそもが、レザンと引き分けに持ち込める奴なんて、わたしを含めて学年に四人くらいしかいなかったし。弱ければ、速攻で剣を飛ばされて瞬殺。弱くなくても、数合剣を合わせれば負ける。

 ちなみに、時間一杯逃げ回って引き分けに持ち込むというのも有りと言えば有りだ。

 攻撃を絶対に受けないで、かわして逃げ続けていた奴とかもいたなぁ。


 逃げの一手だと、卑怯だとか臆病者だと言われて馬鹿にされたりもするが、それは別に、悪いことではない。攻撃を躱し続けること自体も難しいし。生き残ることを一番に考えたとき、それはそれで素晴らしい才能なのだと、教官も誉めていた。


 わたしも、レザンとの試合のときには基本は逃げの姿勢で、偶に嫌がらせの牽制をしつつ、躱し切れない攻撃は受けて凌いで……を繰り返して、時間一杯持ち堪えるというのが多かったかな? 勝てたとき(引き分け条件の勝利)は、だけど。


 それはそれとして。


 なんというかまぁ・・・コイツ、身長デカいもんね。騎士学校入学当初(十二歳くらい)から身長百七十はあったし。しかも、三白眼気味の強面だし。雰囲気も鋭いし。身体バッキバキだし。パッと見で、あんまり関わりたくない系の人に見えるのは確実だろう。


 お世話になった先輩|(セディー)の兄弟が虐められている(疑惑)からと言って、こんなのに意見しようとは、この人はとても義理堅い後輩(わたしからすれば先輩だけど)だと思う。


「そ、そうか。よかった・・・」


 落ちるのは、深い溜め息。


「心配してくださって、ありがとうございます」

「あぁ、いや……実は、その……わたしも子爵の次男でして。卒業したら、ハウウェル先輩がわたしを秘書として雇ってくれるという約束をしてくれたんですよ」


 照れくさそうに笑う先輩。


 貴族の、家を継げない次男、三男は他所の家で使用人として働く者も少なくない。


 雇ってくれる予定の人の兄弟だからといって、雇用にはまだ一年弱程の猶予がある。見て見ぬ振りもできただろうに。



 まぁ、わたしがレザンに虐められているというのは、誤解なワケなんだけど。


 こういう芯の強い人がセディーに付いてくれるのは、頼もしいな。


「是非とも、セディー……セディック兄上を宜しくお願い致しますね。フィッセル先輩」


 ぎゅっとライアン・フィッセル先輩の手を両手で握り、お願いをする。


 だって、セディーはこれから父を追い落として侯爵を継ぐんだから。そんなセディーの味方になってくれて、ちゃんと支えてくれる人なら大歓迎だ。


 まぁ、簡単に裏切るような人や、勉強ができても愚かという風な人は要らないから、先輩のことはキッチリと調べるけど。

 一応、わたしよりも貴族らしい思考のできるセディーが自分で選んで声を掛けた人なんだから、大丈夫そうだと思うけどね。確認は必要だよね?


「っ!? は、ハイっ!!」


 コクコクと何度も頷く先輩。


「わたしのことは、ライアンと。ネイサン様」


 にこにこと微笑むフィッセル先輩。というか、いきなり様が付きましたよ。さっきまでハウウェル君、だったのに。


「その、フィッセル先輩。学園では後輩として接してくれると助かります。立場的にはまだ、同格の子爵子息ですし。それに、次男同士でフィッセル先輩の方が二つ年上なので」


 あと、フィッセル先輩が仕えるのはセディーだからね。様付けで呼ばれたからと言って、勘違いはいけないと思うワケです。


「そうですか。ではライアン、と。ハウウェル君」

「じゃあ、ライアンさんで」


 さすがに先輩を呼び捨てにはできません。


「はい」

「誤解が解けたのならなによりだな。では、行こうではないかハウウェル!」

「あ、お二人はどちらへ行かれるんですか?」

「乗馬クラブですね」

「それなら案内致しましょうか?」


 ライアンさんの対応がやたら丁寧になった。レザンにまで丁寧に接しなくてもいいのに。


「ライアンさん? その、もっと崩してもいいですよ? さっきみたいに」

「ああ、お気になさらず。いずれ言葉遣いは改めないといけないので」

「そうですか」

「はい。それに、セディック様には元々こういう話し方でしたから」


 まぁ、セディーはライアンさんの先輩だし。いずれはハウウェルの侯爵位を継ぐと思われていたから、未来の侯爵へと丁寧な対応をする人も多かっただろうけど。


「では、案内をお願いしますよ。ライアン先輩」


 レザンが言い、


「はい」


 ライアンさんの案内で馬場へと向かった。


 馬場は、やはりというか、騎士学校の馬場よりは広くはない。まぁ、この学園は乗馬が必須授業にあるワケではないのだから当然かもしれないけど。


 乗馬をしている人達がちらほら。男子だけでなくて、女子生徒も交じっている。


 なんでも、入部したら必ずクラブの練習に参加しなくてはいけないということもなく、また乗馬大会などに出場するかは任意だそうで、活動自体はなかなかユル目なのだとか。


 クラブに籍だけ置いて、自分が馬に乗りたいときにだけ顔を出すという幽霊部員のような人も案外多いのだそうだ。


 ライアンさんが説明してくれた。


「では、見に行くか」


 と、レザンの言葉で厩舎へと向かう。


 そこにいた馬達は……


「大人しそうな子が多いね」


 気性の荒そうな馬はパッと見ではいない。まぁ、走ると豹変するような子もいないではないからまだわからないけど。

 そうじゃなかったら、今馬場に出ている子の中に気性の荒い子もいるのかもしれない。


「では俺はコイツに乗ることにしよう。ハウウェルはどうする?」

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