迷子危険! 地理超大事!


「その必要は無いよ、ネイト」


 穏やかながらもキッパリとした声がした。


「セディー!」

「兄上」

「母上、僕はネイトのことを目障りだなんて思ったことは、一度もありませんので。勝手に僕の気持ちを決め付けないでください」


 母を見やるブラウンの瞳には、どこかうんざりしたような色が混じっているのは、わたしの気のせいではないのかもしれない。


「セディー、幾らあなたが優しいからって、無理に我慢する必要はないのよ?」

「僕は我慢なんかしていませんよ。ネイトには。だから、ネイトは別に僕に許可なんて取る必要は無いし、遠慮もしなくていいんだ。好きなように振る舞ってくれて構わないよ。ここは、ネイトの家なんだからね」


 わたしへ微笑み、また視線を母へ移す兄上。


「違いますか? 母上」

「……そう、ね。セディーが構わないなら、それでいいわ。でも、セディー? 本当に嫌だったら我慢しなくていいのよ? 甘やかすのはネイトの為にもよくないもの」


 心配するような、優しげな声が言う。けど、昨日同様。やっぱり会話が噛み合っていない。


「……そんなことより、ネイト。出掛けるんでしょ? 馬車の準備ができたみたいだよ」


 兄上は溜め息を吐いて、話を逸らす。


「そうですか。教えてくれてありがとう、兄上」

「ううん。気を付けてね」

「はい」


 剣を鞘に収め、馬車へ向かおうとしたら、


「どこへ行くの、ネイト」


 強めの声に呼び止められた。


「お祖父様のところです。昨日約束したので」


 というのは嘘。本当は約束なんかしてない。

 まぁ、「昼夜を問わず、なにか・・・あったら・・・・いつでもおいで。勿論、なにも無くても歓迎する。遠慮は要らない」って言われたから、まるっきりの嘘というワケでもないんだけど。


 なんというか、アレだよねぇ?


 わたしを花畑に置き去りにしてから、両親の信用はがた落ちみたい。


「っ、それならそうと早く言いなさい。お義父様をお待たせしてはいけないでしょ」


 嫌そうに顔を逸らす母。


 あのとき祖父母に強く叱られたから、それで母は祖父母のことが苦手になったのかな?


「そうですね。では、行って来ます」

「行ってらっしゃい、ネイト。後でね」


 困ったように微笑む兄上へと頷き、


「はい」


 準備の整った馬車に乗って祖父母の家へと向かう。


 勿論、途中で置き去りにされる可能性はなくもないので、短剣ショートソードやある程度の金銭は欠かせない。

 外へ出掛けるときには、いつも携帯することにしている。そうじゃないと、安心できない。


 馬車や馬などの足が無くても、ある程度の金銭と短剣があって、人里に出られればどうにかなる。


 前に、ロイと遠乗りに出て、「いつも同じ道ばかりじゃ飽きるだろ?」と言ったロイに引っ張られて見事に一昼夜迷子になったときも……まあまあどうにかなった。

 どうにかこうにか近場の町に出て、お腹が空いているのにお金が無くてなにも買えなかったときには、ちょっと泣きたくなったけど。

 ちなみに、そのときは役場で保護された。迷子になったのがクロシェン領内で、ロイが領主の息子だと知っている人がいて、更にはその人が親切だった。


 とても幸運なことが重なったのだと思う。まぁ、ロイとポニー達がいたから、あんまり怖くはなかったけど。


 ……その後、トルナードさんさんとミモザさんにしこたま怒られましたけどね! ミモザさんとトルナードさん達は、生きた心地がしなかったのだとか。

 ミモザさんとスピカには泣かれたし、なんだか胸がとても痛くなった。あと、頭のてっぺんも涙が出る程痛かったなぁ。深く反省した。でも、ロイはわたし以上にもっと反省すべきだと思う。


 あのときは、スピカを連れていなくてよかったと、心底から思ったものだ。


 迷子危険! 地理超大事!


 まぁ、正確な地図は普通に軍事機密扱いになるから出回ってないけど。大雑把な地理地形を把握しているだけでも、少しは違うかな?


 あと、お金も。武器も。身を守る為には……ちゃんと家に帰る為には欠かせないと思う。


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