ご心配をお掛けしました。


「お茶にしようか、ネイト」


 それから侍女達にお茶を用意させて、お菓子をたべながら久々に兄上と和やかに話をした。


 兄上は、にこにことわたしの話を聞いてくれた。


 そうして二人でゆっくりしているうちに祖父母が執事に通されてやって来て、


「大きくなったな、ネイトは」

「ふふっ、元気そうで安心しましたよ」


 再会を喜んで、代わる代わる抱き締めてくれた。


「お久し振りです、大きく……なられましたね。ネイト様」


 涙目で微笑みながら祖父母の後ろから現れたのは、この家でわたしを育ててくれた……わたしの、乳母だった人。解雇された元職場なんて、気まずいだろうに。祖父母の侍女として付いて来たようだった。


「うん。久し振りだね。会えて嬉しいよ」 


 彼女と会うのは、随分と久々だ。今は祖父母の家で侍女としてバリバリ働いているのだそうだ。まぁ、元々祖父母の家で働いていて、祖母の信頼が厚くて、それでわたしの乳母に選ばれて、わたしがこの家に戻るときに一緒に来て、父に雇われることになったそうだけど……


 彼女は両親のわたしへの態度にずっと腹を立てていたそうで。花畑で置き去りにされたこと、更にはその後の対応……自分達が忘れたクセに、それをわたしのせいにした挙げ句、怒鳴り付けて殴ったことかな? が、酷過ぎて腹に据えかねたのだとか。

 それで父に抗議して解雇されてしまい、祖父母にこれまでの両親のわたしへの仕打ちをしらせてくれたらしい。


 その後、祖父母の家に連れて行かれたときには、わたしが寝込んでいたときに側にいられなかったことをとても気にしていた。 


 そして祖父母が動いてくれて、慌ただしくわたしの留学が決まったんだよね。


 あのときにはなんかもう、お祖父様もおばあ様も、『わたしを要らないから他所にやるんだ』って思い込んでしまって。どうにでもなれ的な気分で、一人で行くって言い張っちゃったんだよねぇ……


「ご心配をお掛けしました」


 この一言に尽きるかもしれない。


 わたし、なかなかやけっぱちだったからなぁ……多分、態度とか悪かったと思うし。


 ホント、ロイはそんなわたしとよく仲良くしてくれたよね。ミモザさんも、トルナードさんも、ずっとよくしてくれてさ? スピカも、わたしに懐いてくれて……


 ……泣いてないと、いいんだけどな。スピカには、泣いてほしくない。笑っていてほしい。


 そう思いつつも……わたしがいなくて寂しがってほしいとも、思っている。あぁ、わたしはなんて勝手なんだろう。


 全く、自分が嫌になるなぁ……


 兄上と祖父母と、乳母の給仕でお茶をしながら、向こうで……クロシェン家でどう過ごしたかを話した。みんな、笑顔でわたしの話を聞いてくれた。


「手紙でも思っていたけど、ネイトは本当にスピカちゃんを可愛がっているのねぇ」


 目を細めておばあ様が言う。スピカの話題が多かったからかもしれない。でも、


「はい。スピカはすっごく可愛いですから!」


 本当のことだからとわたしが頷くと、


「ふふっ、そう。よかったわ」

「はい。ネイトが楽しそうでよかったです」

「クロシェンの家には、よくよく礼をせねばな」


 みんなが微笑ましいという顔でわたしを見た。


 ・・・なんか、これは少し恥ずかしいかも。と、思いつつ、お茶会は続いた。


 そうやってしばらく経っても、結局母が祖父母へ挨拶をしに現れることはなかった。


 母は祖父母と乳母が帰った頃に現れて、


「あら、もう帰ってしまったの? 折角ご挨拶をしようと思ったのに。残念だわ」


 と白々しく言っていた。


 どうやら母は、本当に祖父母が苦手らしい。


 まぁ、祖父母も母が出て来なかったことには一切触れなかったから、なんというか……諦められているのかもしれないけど。


 夕食はセディーと二人で食べた。母はわたし達とは別で食べるらしい。


 父は遅くに帰るらしく、この日は顔を合わせることはなかった。


 二人で囲むテーブルは、少し広く感じた。


 ロイもスピカもよく話す方で、わたしとミモザさん、トルナードさんは聞き役になっていることが多かったし。賑やかで……


 兄上と二人だけの……小さい子のいない、食べ物を零したり、大きな声を聞くことのない、お皿をひっくり返したり飲み物を零したりもしない、叱る声のしない、騒がしくない、笑い声の響くことのない、穏やかな食事風景。


「ごめんね、ネイト」


 ぽつんと、眉を下げた兄上が謝る。


「? なにが? セディー?」

「父上も、母上もいなくて。折角せっかく、ネイトが帰って来たっていうのに……」

「? さっき、お祖父様とおばあ様、それに乳母が来てくれたよ?」  


 両親が食事時にいないのは、実家ここではいつものことだし。それについては、どうとも思わない。

 わたしを気に掛けてくれる人達の顔は、もう見た。


「・・・そう、だね」

「それに、セディーがいてくれるから嬉しいよ」


 以前は兄上セディーが寝込みがちで、あまりご飯を一緒に食べる機会が少なかった。


「っ、そっか。ありがと、ネイト」

「? うん」


 こうして、帰還した日は暮れて行った。


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