お帰りっ、ネイト!
数日間馬車に揺られて進み、国境を越え、実家に着いた。
馬車を降りると、期待していなかった出迎えに兄上と……その後ろに母がいたことに、驚いた。
「お帰りっ、ネイト!」
と、笑顔で抱き締めてくれた兄上は……四年振りだから当たり前なんだけど、わたしがクロシェン家に行く前よりも大きくなっていて、わたしよりも背の高い、
以前は線の細さと少し長めの栗色の髪の毛で、女の子に見られることもあったのに、今は健康そうで、ちゃんと
「・・・背が、伸びたね。セディーは」
ぽかんとしたようなわたしの声に、
「ははっ、ネイトこそ、大きくなったね。でも、帰って来て一言目がそれなの?」
クスクスと笑う声。
「ぁ、その・・・ただいま、です。兄上」
「うん、お帰りなさい。久し振りだね」
ぽんぽんと頭が撫でられ、イタズラっぽく見下ろすブラウンの瞳がにこりと微笑む。と、
「ネイト。あなた、向こうの学校に行きたいと我儘を言ったそうね? 幾ら遠縁だからって、向こうの家にそんな風に迷惑を掛けるんじゃありませんよ。全く」
冷たい声が降って来た。
「恥ずかしいじゃない」
「え?」
確かに、
けれど、さすがに向こうの学校へ通いたいと言った覚えはない。そこまで厚かましくはない。
というか、四年振りに顔を合わせての第一声がそれですか……
あ、荷物を降ろしてくれてる使用人が、お気の毒にって視線でこっち見てる。大丈夫だよ~という意味を込めて、後ろ手でこっそりと手を小さく振ってみる。見えるかわからないけど。
そして、通り過ぎるときに苦労してますね、的な苦笑を向けられた。う~ん、使用人達に
今ので、帰って来たなぁと実感してしまった。
「母上!」
兄上の制止するような声が上がるが、
「学校はこちらで通わせるに決まっているでしょ」
冷たい声は一方的に言い募る。
「いいですか、向こうの学校に通ったとして、将来困るのはあなたなのよ。そんなこともわからないの? これだからネイトは」
責めるようなブラウンの瞳が見下ろしている。
「なにを言ってるんですか母上!」
「セディー、なにって。ネイトが我儘を言ったから叱っているだけですよ」
兄上へと視線が移り、険の抜けたブラウンがぱちぱちと瞬く。相変わらず、兄上とわたしとでは、向ける表情が違いますね。
「だから、それはネイトが言ったことじゃないでしょう! そろそろ学校に通う頃になりますけどどうしますか? こちらの学校に通わせてもいいですよ、ってお世話になった向こうのクロシェン家から手紙で聞かれただけでっ」
兄上が苦い顔で声を上げる。
成る程、実家とクロシェン家とでそんなやり取りがあったワケか。それで・・・
「だから、ネイトが我儘を言ったのでしょう? 帰りたくないと駄々を
・・・まぁ、兄上が寝込んでいたときに遊んでいたことは否定できない。
というか、兄上が寝込んでいたということ自体、隣国にいたわたしには知りようがないんだけど。
ただいまも言わないって……一方的に捲し立てて、話を聞く気がないのはあなたの方でしょうに。
あと、聞こえなかったかもしれませんが、兄上にはちゃんと言いましたけどね。
まぁ、それならそれで、一度くらいは試してみることも
「母上っ!?」
「どうしたの、セディー? そんな大きな声を出して。興奮すると身体に良くないわよ?」
棘のあった口調が、柔らかく変わる。
「ネイトに酷いことを言わないでください!」
「酷いこと? なにを? わたしは、ネイトの我儘を叱っているのよ?」
すごいな。全然会話が噛み合ってない。そして、母的にはわたしが我儘を言ったことになっているのか。
「っ……ごめん、ネイト。帰って来たばかりで疲れてるでしょ? 中入ろうか」
大きく溜め息を吐いた兄上が、母から目を逸らし、わたしの肩を抱いて家に入ろうと促す。
「セディー、あなたがネイトに甘いのはわかるけど、甘やかしてばかりはよくないのよ?」
わたし達の後ろから付いて来る、
・・・なんというか、母は随分と人の話を聞かない感じの人になっているらしい。まぁ、わたしが知らないだけで、以前から
兄上が疲れるワケだよねぇ……
「ごめん、ネイト。大丈夫?」
苦い顔で小さく謝る兄上に、
「わたしは大丈夫だけど、兄上の方こそ。大丈夫?」
小さく返しながら……母がわたしになにかキツい言葉を言う度、兄上がすまなそうな顔をしていたことを思い出す。わたしは、
だから、母がいるときにはあまり兄上に近付かなかった。まぁ、母には「セディーのお見舞いにも来ないなんて、ネイトは本当に薄情なのね」とか言われた覚えがあるけど。
「……ネイトは……」
パチパチと、驚いたように瞬くブラウンの瞳。
「はい?」
「ネイトは、強くなったね」
「?」
意味がわからなくて首を傾げると、
「前は、悲しそうな顔をしてたから」
わたしを見詰めた兄上は、柔らかい、けれど少しだけ寂しそうな顔で微笑んだ。
「そう、かもしれませんね」
前は、『なんでわたしはお母様に好かれないんだろう?』と、ずっと思っていて……母の冷たい態度を、責めるような言葉を掛けられる度、悲しい思いをしたものだ。
けれど、今は――――不思議と、そんなに悲しいとは思っていない。
むしろ、困った人だなくらいにしか思えない。
もしかしたらわたしは、母が言ったように、薄情になってしまったのかもしれない。
前みたいに……母に好かれたいとは、気に入られたいとは、もう思っていない。
母に好かれないことに対して、『わたしが悪い子だからお母様に好かれないんだ』という焦るような罪悪感も、胸の痛みも、抱かない。
だって、わたしのことを好きだって、大好きだって言って、態度で示してくれる人達がいる。
だからわたしは、
そして、母親なのだというなら、
それに、今のはわたし。悪くないよね? 多分。
まぁ、それはそれとして。
母とはもう……適度に距離を取って、お互いに不快な思いをしなければ、それでいいとすら思っている。
これから一緒に暮らすのだから、それは少し難しいのかもしれないけどね。
やっぱりわたしは、随分と薄情になってしまったみたいだなぁ。
「僕も、もっと確りしなきゃね……」
「セディー?」
「うん、頑張るから」
ぽんぽんと優しく頭が撫でられた。
「??」
にこりと、笑顔になった兄上がくるりと振り返る。
「そろそろ、お祖父様とおばあ様が来ると思いますけど、準備はできていますか? 母上」
「っ……そう、ね。準備をして来るわ」
兄上の言葉に、母は鼻白んだようにそそくさと足を速めて家の中へ入って行った。
「これで
溜め息と、少し疲れたような苦笑。
「お茶にしようか、ネイト」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます