毎日が、とても楽しかった。
スピカを膝に抱っこして、絵本を読んであげているときのことだった。
小さな手が絵本の挿し絵を指差して、
「ねえさま、このごほんみたいなおはなばたけにいってみたいです。おはなでいっぱいのおはなばたけ。ねえさまはみたことありますか?」
って、言われたときには――――
一面のピンクと白の
「すぴか、ねえさまといっしょにおはなばたけみたいです」
そんな風に、きらきらとした期待感満載の笑顔で言われたらもうっ……断れないよねっ!?
よし、行こう。と秒で決めた。
そしてわたしは、スピカを絶対に置き去りにしないと固く誓って、ロイも誘って一緒にポニーで近くの花畑に出掛けることにした。
両親と違って、クロシェン家の人達がわたしを置き去りにすることはない……筈。
そう、思ってはいる。思ってはいても……馬車で行くのはなんだか少し抵抗があるから、乗馬がいいとお願いして。
すると、さすがに子供三人だけはまずいからと、トルナードさんが一緒に花畑に行ってくれることになった。
そのときの行き帰りにスピカを乗せるのは、トルナードさんに決定した。というか、
「スピカの乗馬で初お出掛けは絶対に譲らないからな! ほら、子供の二人乗りは危険だし」
とのこと。まぁ、確かに、危険なのはわかりますけど。それよりもトルナードさんは、スピカとの二人乗りの一番権利を、誰にも譲りたくないんですよね……?
そんなやり取りがあって、数日後。
四人で馬とポニーを駆り、向かったのは――――
赤と白のポピーが咲き誇り、その合間に背の低い他の花がちらほらと見え隠れしている花畑。
ポピーの花畑に降り、
「おはないっぱい、きれー!!」
と、興奮して顔を真っ赤にして喜んでいたスピカは、実に可愛かった。
花畑を駆け回るスピカを見失ってしまわないようにロイと二人で追い掛けて、お腹が空いたら四人でお弁当を食べて。
それから少ししたらスピカが花を摘み出して、
「おかあさまと、おるすばんのみんなにおみやげです。おとうさまもにいさまも、みてないでてつだってください」
と、みんなでたくさん花を摘んだりして――――
「スピカを乗せてみるか?」
と聞かれたので、頷いた。
トルナードさんの前でスピカを抱っこしてポニーに上げて、わたしもその後ろに乗って、スピカを支えながら
トルナードさんから、もしも落としたら、わかってるよな? 的な威圧的な笑顔を向けられたけど、もちろんスピカはわたしが落馬してでも死守しますとも。スピカは絶対に落としません!
ロイも同じようにしてスピカをのせることをトルナードさんにOKをもらって、近隣なら三人で出掛けてもいいと了承をもらった。
摘んだ花は、家に帰る頃には萎れてしまっていて、
「おかあさま。さっきまで、おはなさんげんきできれいだったの。しおしおでごめんなさい」
と、スピカはしょんぼりしながら握った花をミモザさんへ渡していた。
その姿にトルナードさんはおろおろ。ミモザさんは苦笑して、けれど……
「ありがとう、スピカ」
と嬉しそうに花を受け取っていた。
そして、今度はミモザさんも一緒に
♘⚔♞⚔♘⚔♞⚔♘⚔♞⚔♘
それから、スピカをポニーに乗せたわたし達の行動半径が少し広がった。
クロシェン家の近隣を、三人であちこち散策した。
それにも慣れて来ると、もう少し遠出が許されるようになった。
ロイとスピカとわたしの三人だったり、トルナードさんとミモザさんも一緒に五人で出掛けたり……
お弁当を持って、クロシェン家から少し離れた場所の景色の綺麗な湖だったり、ベリーの採れる森、一面のクローバー畑、ポピー畑、牧場、街へ出たり、クロシェン領の視察へ連れて行ってもらったり、ただただ遠くまでポニーを走らせるだけだったり。
いつの間にかわたしは、
毎日が、とても楽しかった。
トルナードさんもミモザさんも優しくて、ロイとスピカがいて、そこにわたしが入ってもみんな笑顔で、家族みたいに過ごせて――――
でも、そんな楽しい日々は終わりを告げた。
『ネイサンはこちらの学校に通わせるので、迎えを遣ります。長期に渡りネイサンをお預かりくださり、感謝します。お世話になりました』という、両親からの手紙で。
嫌だった。
帰りたくなんてなかった。
スピカと、ロイと、ミモザさんと、トルナードさん達と、離れるのが酷く寂しかった。
ロイは、またわたしのために怒ってくれた。
ミモザさんもトルナードさんも難しい顔をして、
「辛かったら、お祖父様とおばあ様を頼るんだよ」
と、わたしに約束させた。
そして、帰るまであと何日と指折り数えて、クロシェン一家と過ごして――――
**********
その日。
わたしは朝早く起きて、
「ごめんね。帰らないと、いけないんだって」
と、まだ眠っているスピカのおでこにキスを落とした。そっと亜麻色の髪を撫でて……
それから、クロシェン家を出た。
スピカの泣く顔は、見たくなかったから。
ロイはすごくふてくされた顔で、
「元気でな、ネイサン。絶対また来いよ!」
そう言ってくれた。
でも、わたしは頷けなくて……
ミモザさんとトルナードさんは、心配そうな顔でわたしを見送ってくれた。
迎えに来た馬車の座席は、やっぱり空っぽ。
荷物とお土産を積み込んでもらって、こちらへ来るとき同様。わたし一人で座席に乗った。
実家を出るときには、あんまり寂しいとは思わなかったのになぁ。
まさか実家へ帰るときになって、こんなにも寂しい思いをするだなんて――――
全然、思いもしなかった。
スピカ、泣いてないといいんだけど……と思いながら、持たされたサンドウィッチを噛った。わたしの好きな物ばかり入っていて、美味しい筈なのに、どこか味気なく感じる。
久々の一人の時間が、なんだかとても長く感じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます