さて、わたしはなにをしたんだろうね?
そして、今から半月くらい前のこと。
父が休みで、兄上の体調が良かったから、
兄上も母も喜んで準備していた。
家族で遊びに出掛けたことなど記憶に無かったから、わたしは兄上と一緒にわくわくしていた。
お弁当を用意して、使用人達も連れて、馬車に揺られて数時間。景色の良い花畑へと到着したんだ。
初夏の柔らかな陽射しと、温かく過ごし易い気候。爽やかな風。ピンクと白の、一面に咲いた
わたしは少しはしゃいでいたんだろうね。
ピンクと白が多い
そうやって、
空を見上げると、変わらず晴れていたけど、パラパラと雨粒が降って来た。
太陽の光を反射して銀色に輝く雨粒が綺麗で、濡れるのも構わず
そして――――気付いたらわたしは、
少しして乳母に呼ばれる声がして、雨が降ったからみんな帰る準備をしているとのこと。それで探していたと言われ、慌てて馬車の停めてあった場所へ向かったんだけど……
幾ら探しても、三台あったはずの我が家の馬車は、一台も見当たらなかった。
あちこち探し回って、
どうやらわたしと乳母は、二人だけで花畑に取り残されてしまったようだ、とね。
突然の雨に、兄上が濡れては大変だと大慌てで帰って行く姿が想像できたよ。
そして、初夏で日が長くなって来たとは言え、いつまでも花畑にいるワケには行かないからね。「帰りましょう、ネイト様」と、困ったように微笑んだ乳母に手を引かれて歩き出した。
オレンジ色に染まる夕焼けの中、
道はよく覚えてなかったけど、道なりに歩いて行けばどこかへ辿り着くだろうと思ったんだ。
まぁ、浅はかだよね。わたしは、馬車で数時間という距離を舐めていたよ。
雨に降られて濡れた生乾きの服で、少し寒いと思いながら、暗くなって行く道を乳母と二人で延々と歩いた。
忘れるくらいなら、最初から連れて来なきゃよかったのに……そう思いながら。
完全に日が落ちて真っ暗になったときには、「大丈夫ですよネイト様。わたくしが付いていますからね」と言った乳母の手が、少し震えていたなぁ。
行きに馬車の中で軽食を食べたきり。お腹を空かせながら何時間も歩いて、足が痛くてくたくたになった頃か、うちの馬車が凄い勢いで走って来てね。わたしと乳母は、その馬車に拾われて、無事家に着いたよ。
それからが大変だったんだけどね。
どうやらわたしは、ピクニック中断に拗ねて、わざと馬車に乗らないで、両親に心配を掛けたことになっていたらしい。
家に帰ると、「こんなみっともない真似をして楽しいか」と怒鳴った父に殴られたよ。
わざとではないにしろ、忘れて行ったのは、自分達のクセにね。しかも、わたしがいないことに気付いたのは、夜になってからだって言うのがなんとも言えないよ。全く。
更には、夕食時にわたしがいないことを不審に思った兄上が、わたしを置き去りにしたかもしれないと慌てたことと、乳母がいないことで、やっとわたしがいないことに気付いたんだって。
兄上が言わなければ、わたしを忘れて置き去りにしたことに、いつ気付いたんだろうね?
それでいて、わたしがわざとそんなことをしたのだと一方的に決め付けて、殴ったんだ。
初夏とは言え雨に打たれた後、お腹を空かせながら暗い夜道を何時間も歩いて、疲れて馬車で寝ていたのを無理矢理叩き起こされて、引き摺り出されてさ。挙げ句、いきなり怒鳴られて殴られて、本当に意味がわからなかった。
なんなんだろう、この人は? って思ったよ。
これには、さすがにわたしが可哀想だと、「ネイト様とわたくしを置き去りにして行ってしまわれたのは、旦那様方です。ご自分達がネイト様をお忘れになられたのではありませんか」と、乳母が父に抗議した。
結果、わたしのせいで乳母は解雇された。
監督不行き届きという名目でね。ホント、どっちが? って感じだけどね。
まぁ、わたしは翌日から熱を出して寝込んでしまって……知らされたのは回復してからだったけど。
ちなみに、母はわたしの看病はしてくれなかったよ。「あんな悪ふざけをしてみんなを困らせるようなことをするから、バチが当たるのよ。治るまで反省しなさい」とは、言われたけどね。
わたしがすべき反省って、なんなんだろうね?
結局、わたしが家に帰って、「ネイトが無事で良かった。置き去りにしてごめんね」と言って謝ってくれたのは兄上だけだった。
それで、元々わたしの待遇に不満を持っていた乳母が、祖父母にこのことを報告してね。
ああ、乳母は祖父が雇ってくれることになったよ? 元々は祖父母が雇っていたのを、わたしが親許に戻るとき、そのままわたしの乳母として雇用主を両親に切り替えたという話だから、再雇用という感じになるかな。
それから、あれよあれよという間に、わたしの
✰⋆。:゜・*☽:゜・⋆。✰⋆。:゜・*☽:゜・⋆。✰
「なかなかの話だろう? そういうワケで、わたしは
にっこりと笑って問い掛けると、同い年の少しヤンチャそうな少年はぐっと唇を噛み、
「なんだよそれっ! なんで笑ってるっ!? お前は別になんにも悪くねぇじゃないかっ!?」
顔を真っ赤にして、怒鳴った。
「なにが、家族にも懐かない上、甘やかすと付け上がるから厳しくしろだよ! なんでうちにそんな手紙送って来んだよっ!? お前の親、頭おかしいんじゃねっ!?」
どうやら、両親から手紙が来ていたらしい。
わたしは両親に、『甘やかすと付け上がるような子供』として見られていたというワケか。
まぁ、見ように拠っては、わたしは両親に懐かない可愛くない子供で、祖父母に甘やかされているとも取れるかもしれない。
両親に甘やかされた覚えは、特に無いけど。
家を出るときも、「元気でね、ネイト」と言って寂しそうに、けれど笑顔で見送ってくれたのは、兄上と祖父母で……
両親はずっと怒ったような顔で、結局わたしになにも言わないまま別れた。
様々な事情があったのはちゃんとわかってる。でも、自分達が祖父母にわたしを預けて遠ざけたクセに、とも思う。
両親と同じ家に住むようになっても、わたしとの接触も、会話すること自体も少なかったのに。
出掛けたり、余所の家のお茶会に参加したりも、ずっと祖父母が一緒だったし。
数年前まで、家族だとさえも認識していなかったというのに。それで懐かないから可愛くない?
挙げ句、自分達がわたしを忘れて置き去りにしたクセに? なのに、悪いのはわたし。
両親にとっては、わたしは扱い難くて、厳しくしないとすぐに付け上がるような悪い子だった、というワケか。
ホントもう、勝手過ぎて呆れるよなぁ。
わたしを厄介者だというなら、そう思った時点で、また祖父母に預ければよかったのに。
ああ、いや、
それで彼は、わたしを見定めようとしたようだ。
けれど……なんで彼が、初対面のわたしの事情を聞いて怒るのかが、よくわからない。
「ねえ、なんで君が怒ってるの?」
「……別にいいだろ」
よくわからないけど――――家を出る前に、「心配しなくて大丈夫ですよ、ネイト。わたしが選んだ家です。きっとあなたによくしてくれます」と、おばあ様が微笑んだことを思い出した。
そして、ヤンチャそうな彼は――――
「俺は、ロイだ。お前の名前は?」
ムッとした顔でわたしに手を差し出した。
「わたしはネイサン」
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