或る小説家の話

@mayanefu

第1話

 今日も私は一日を散歩から始める。


「やあやあ、おはようございます。」


信号待ちをしていると、ジョギング中だったらしい近所のおじさんに声をかけられた。


「おはようございます。」


「そうだ、昨日発売の新刊、読ませてもらいましたよ。今回も面白かった。」


「そうですか、いつもありがとうございます。」


そう、私は売れっ子のファンタジー作家だ。新しい本が最近出版されたばかりだが、どうやら売れ行きは好調のようだ。


「次の作品も楽しみにしていますよ。しかしあれだけ面白い小説を書けるなんて羨ましい。私もそんな才能を持ちたかったものです。」


そういうとおじさんは走って行ってしまった。


 家に帰ると、新聞がポストに入っている。ギルドが発行している新聞だ。今日の一面は、魔族の砦の一つが落とされたというものだった。


 この世界ではずっと昔から人類と魔族との戦争が行われている。人間のほうが数は多いが、魔族の強大な魔法と使役している魔物のせいで一進一退の攻防が続いていた。徴兵制で周りの人は一度は戦地へ赴くが、文化は大事だということで小説家は免除されている。この職業はかなり恵まれているのだ。才能に感謝しなくてはならない。


 早速机に向かう、椅子に座って、紙に文字を書き付けていく。本を書くというのは、一字一字をふさわしい単語へ、一語一語を読みやすい文へ、一文一文を美しい文章へと紡いでいく作業だ。よって、単語の知識、文のロジック、文章のセンスが必要だ。また、発想力も重要だ。それがなければありきたりな発想を使い回すしかない。それらの才能に恵まれたことに感謝しなければ。


「今回はどんな世界にしようか。海底都市の話はやったし、空中都市もやった。小人の世界についてなんかは、まさに今連載中だ。」


悩んでもいいアイデアは出てこないように思われたが、突然降ってくるのがアイデアというものだ。


「そうだ、この世界とはちがった技術で成り立っている世界の話にしよう。魔法なんてものはないが、理屈っぽい分析と研究で成り立っている世の中だ。」


魔法なんてものがなく、科学により発展した世界。そこに転生した冒険者の話。一度考え始めると、アイデアは止まらない。それを使うといつでも遠くの人と話すことができる小さな箱。誰でも不特定多数の人に簡単に発信できる道具。人や物を乗せて運べる金属のかたまり。あるいは空をとぶことだってできるかもしれない。海の中に潜ることだってできる。

この世界でも魔法を駆使すればできないわけではないかもしれない。だができたとしても膨大な魔力や人手が必要でごく一部の人にしかできないことだろう。それが簡単にできる世界。


 自分の想像力にまかせて書き進めていると、ノックの音がした。ドアを開けると、編集者が立っていた。


「こんにちは。約束通り打ち合わせにきました。」


「や、もう昼過ぎだったか。集中していて時間を忘れていたよ。まあ上がり給え。」


上がってもらい、コーヒーを淹れる。


「今日はちょっと魔物狩りに行ってきましてね、運良くブラッディーバッファローの群れを見つけましてこれまでないほど大猟に取れました。お世話になっているので肉を差し上げようと思いましてもってきました。」


「どうもありがとう。お金も稼げて人類への貢献にもなるとは素晴らしいことですな。君ほどの実力があればこのあたりでは危険もないだろうし。」


「それはさておき、作品の進み具合はどうですか。」


「どうもどうも。いいアイデアが出てね、進みは順調だよ。」


「ちょっと見せてもらってもいいですかね。」


「だめだ、といいたいところだが、どうせ見せるまで譲らないんだろう。」


「じゃあ失礼します。」


 そういうと、編集者は私の作品を読み始めた。コーヒーを飲みながら待っていると、読み終わった編集者が声をかけてきた。


「なるほどこのアイデアは新しいですね。こんな世界だったら、わざわざ私がここまで見に来なくても編集者の仕事ができるかもしれないですね。」


「おいおい、君の場合はただ仕事をサボりたいだけだろう。それはさておき、今回の作品はいつになく自信がある。このまま書き進めて行くつもりだ。」


「しかし一つだけいいでしょうか。また戦争という概念を本の中の世界観に取り込みましたね。」


 またこれか。毎回私はこの苦言を聞いている。正直に言って飽き飽きしながら次の言葉を待つ。


「戦争の話をして売れるわけがないでしょう。読者が求めているのは平和な世の中なんですよ。」


「しかし、生物が存在している限り、どんな世界であっても争いは起きないはずがないんだ。我々だって、魔族との争いをやめる未来が見えないじゃないか。」


「残虐な魔族のいるこの世界と小説の世界とは全く別物ですよ。素晴らしい技術を持った、しかも魔族のいない世界で、人類同士の争いなどあるはずがないじゃないですか。なんですかこのカクヘイキなんてものは。こんなに素晴らしい進んだ世界で馬鹿げたものを作るはずがありませんよ。」


「しかし、絶対に争いは起こるはずなんだ…」


「貴方は毎回毎回変なことを言いだす。これまでだって最終的には平和な世の中の話を作品に書いてきた。それでこれまで売れてきたことはあなたもわかっているはずです。作品が売れなくなったら、貴方も戦争に行かなきゃいけなくなるかもしれないんですよ。」


私は何も言い返せなかった。


 編集者が帰ったあと、私はこの世界に、あるいはこれまで書いた作品の世界に思いを馳せた。いかなる世界であっても、絶対に争いは起こっているはずなのだ。しかし、読者は私の考えを理解してくれない。


「読者がいてこその私だ。やはり、読者が求める通り、平和な世界を描くしかないのだろうな。」


そうつぶやき、私は戦争についての記述を原稿から消した。

あるいは、他の世界からしたらこの世界こそがファンタジーの世界なのかな、などと思いながら。

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