映画『カティンの森』

 ポーランドの黒澤明とも言うべき、アンジェイ・ワイダ監督による作品をご紹介します。

 第二次世界大戦中、ポーランド人将校2万人以上が殺害された、カティンの森事件を扱った映画です。

 自身が父をこの事件で亡くしており、構想に50年をかけたという監督の、人生やキャリアの多くが込められた作品。

 DVDで鑑賞しました。あらすじは下記の通りです。


 第二次世界大戦下のポーランド。

 西はナチス・ドイツから、東はソ連から侵攻され、ポーランドは国家としての姿を失った。

 独ソ不可侵条約で手を握ったドイツとソ連に、分割統治されることとなったのだ。

 ナチスが忍び寄るクラクフから逃げてきたアンナは、ソ連側へ連行される直前の夫アンジェイに会うことができた。

 逃亡を勧めるアンナだったが、アンジェイは軍への忠誠からそれを拒否する。

 連行されて行った数多の軍人たち、その家族たち、そしてすべてのポーランド人にとって、長い苦難の歴史が始まろうとしていた。




 以下の内容は映画のネタバレを含みます。


 第二次世界大戦中、ソ連占領下の地域で2万人以上のポーランド軍捕虜が行方不明になりました。

 ロンドンにあるポーランド亡命政府からの再三の問い合わせにも、ソ連側は「全員釈放した。手続きや輸送の関係で所在判明が遅れているだけ」と回答します。

 しかしスモレンスク近郊のある村では、1万人以上のポーランド人捕虜が森の中で銃殺されたとの噂がありました。


 やがて独ソ不可侵条約が破られ、独ソ戦が勃発し、この地域がドイツ支配下に入ります。

 噂の真偽を確かめに調査に入ったドイツ軍は、森の中で大量の遺体が何層にもわたって7つの穴に埋められているのを発見。

 近くにあった覚えやすい地名にちなみ、カティンの森事件と名付けられました。

 ナチスドイツは、すぐに赤十字に調査を依頼。

 ソ連側の犯行であることを明らかにし、残虐行為を糾弾することが狙いでしたが、犯行が非難されることを恐れたソ連は協力を拒否。

 ソ連の立会いなしで行われた調査では、ソ連の犯行である可能性が濃厚とされましたが、ソ連が連合国側だったことから世界に発表されることはありませんでした。



 戦中、ポーランド国民はナチスドイツによって、カティンの森事件はソ連によるものだと伝えられていました。

 この蛮行にポーランド国民は驚愕し戦慄します。

 しかし終戦後、ソ連が東側世界を束ねるようになると、彼らは再び「真実を教える」と言われ、カティンの森事件がナチスドイツの仕業だったと告げられます。


 自国民の大量虐殺が行われたばかりでなく、真実を真実として知ることすらできない。

 相手の都合で事実がいつでも書き換えられる。

 どれだけ蔑ろにされ、大国に翻弄されなければならないのか。

 家族を殺された登場人物たちの苦悩の表情から、言葉にならない思いが伝わってきます。


 西側列強と、大国ロシアに挟まれたポーランドは、この場面以外でもたびたび運命を他国に書き換えられてきたはずです。

 登場人物たちの苦難をみると、真実を奪うことの残酷さを実感せざるを得ません。

 感情的な演出はなく、ただ淡々と彼らが辿った出来事を描いていく映像が、かえって「何で?」という問いを喚起します。


 当時、ポーランド政府はロンドンに亡命政権を樹立していました。

 ソ連は、その亡命政府の調査の希望を無視し、「この事件はナチスの犯行だ」と主張し続けていました。

 それが受け入れられないと知るや、断交しています。


 戦争中にこうしたとんでもない仕打ちを受けていたものの、戦後は共産主義者が国を掌握したため、ポーランドは東側に。

 以降、ソ連の強い影響下に置かれることになります。

(このあたりの終戦後の共産主義・資本主義のせめぎあいは同監督の『灰とダイヤモンド』などで描かれています)


 結局、カティンの森事件の真相が明らかになるには、1985年のゴルバチョフ就任後のグラスノスチを待たなければなりませんでした。

 しかし、2005年にはロシア連邦最高軍事検察庁が「カティンの森事件はジェノサイドには当たらない」との見解を示しています。



 これらの経緯を見ていると、ウクライナからの避難民受け入れで存在感を増しているポーランドの姿勢が理解できる気がしてきます。

 同じようにロシアに翻弄された歴史を有している国同士、どこかに共感の素地があるのではないでしょうか。

 今まさにロシアに翻弄されているウクライナに、手を差し伸べる人が多いのは、苦労した歴史に感じてきた思いがあるからかもしれません。


 ウクライナもポーランドも、数千万人の人口を抱える大国ですが、ロシアの威力の前には思うような抵抗が叶わない面もあります。

 それも含めて痛いほどわかるから、だからこそ傷ついた人たちの役に立ちたい思いがあるのかなと思います。


 日本では、著名人が「ウクライナは降伏すべき」と言い出すなど、お世辞にも共感の素地があるとはいいがたい状況ですが、個人的には少しでも中東欧の事情をご紹介することで、何かの役に立てればと思います。

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