2.纏り縫いされし夢

朝が近づく度に五月蠅い油蝉の声と太陽が夢心地を蝕む。


「暑……」


散らかったタオルケットを手にたぐり寄せ、顔に被せば陽の光は少しは抑えれど、耳に近づく聲は蝉だけではなく雀の囀りも起きろと告げる。寝ぼけた脳がそれに合わせてアラームを鳴らすように思い出した。


「そうだ、昨日のやつ……」


ぼっと目が覚め、鼻は焼きたてのパンにバターが溶けた匂うからに美味しそうな空気が涼やかに通る。近くで誰か美味しそうな食事を作っているな……と思いながら少し脱げたパジャマを何処行くわけでも無く直しながら洗面台に向かい蛇口を捻り冷水をその夢に浴びる。昨日の夜は現実かどうかを確かめるためにも。そして涼やかに垂れる顔面で干した場所を確認すると――そこに「狐娘の皮」は無かった。


「夢だったか……」


実は自分はそういう願望があった。何かそういうアイテムを着ると自分以外のモノになってしまう……そういうのを妄想しすぎたのだろう、でも現実だったらなあ……と思うと現実が憂鬱になるのですっとやめ、まずは軽く下着と夢を洗濯物のかごに昨日のビジネスの服とともに放り込んだ。


「ふう。しかしこんな美味しそうな匂いがすると寝直しするにはお腹が減る……」


さっきからこんもりと漂うバターの匂いが強い。まるで自分の部屋で焼かれているように。その後さらに強く感じるのはウィンナーを焼く油の音と焼かれる肉の匂い。そこで気がついた。これは自分の部屋で焼かれているような強い美味しそうな匂いじゃない。自分の部屋で焼かれているのだ。ぱっと干したところを見ると確かにそこに昨日の夢はない。やめてくれ、朝からホラーなんて……持って帰ったから呪われた?恐怖で寝直すための眠気は冷や汗に変わり、寝具のある部屋――キッチン方向を振り向きたくない。誰?誰が焼いてる……?まさかこの……?でもこのままずっと洗面台で同じ方向を向いてるわけにもいかない。そっと、そーーっと振り向くとそこに……『居た』。


「お、おはよーう!」


白い髪の上に白い三角耳、大きな尻尾のもふもふな尻尾をした少女。流石に裸ではなく、大きなファスナーが朝日に光り、奥に戦慄する自分の顔を照らす。可愛い。可愛いけどこの少女には中身が無買ったことを知っている。


「な、中はだだだだだだだ誰ですか……?!」

「昨日は本当にありがとうございました!……中は今は居ない、と言いたいけどその様子だとちょっと怖いよね……」


しょうがないな、という顔をする桃色の瞳、そして口調からわかるのはその皮本人。「おのれよくも穢しおって」とか恨み節ではなく、ありがとうの一言でまずは落ち着く……復讐ではない。いや、復讐ならそんな二人分の朝食を作ったりしていないだろう。少し安堵したところをさらに落ち着かせるためか、小さな手をくいっと招く。


「ささ、ご飯もできているのでまずは卓を囲んでお互いのお話しませんか?」


狐だから実は嘘で、とり殺されないかも考えたがもうそれは持ち帰った天罰だと思い、ゆっくり、ゆっくりとその方向へと進んだ。その笑顔が歪まないうちに。


――


「私の名前は茉莉(まつり)と言います。本当はちょっと難しいけどまぁそこまで偉いわけじゃないしこう気安く呼んで貰えると嬉しいかな」


その声からも少女。もしも一緒に歩いていたら警察に事情聴取されそうだ。そして身長に合わない大きな胸は本当に大きな胸。服は完全にファスナーが閉まりきらず、その上部分をさらけ出している。とても目のやりばに困るので額を無心で見ている。


「多分もう私の身体の事知ってるんだと思うけど、ちょっと『こういう』狐だから回りから嫌われちゃってて、ついに神力切れて声も身体も動けなくなっちゃって……あのままだと多分ゴミとして川に流されちゃっていたと思う……命の恩人ですね!」


そう言われると照れて手が止まる。それを隠すためにもちっとしたパンを押し込むと、茉莉は笑う。


「そんなに照れなくても!でもまだ神社に帰れる状態じゃないからちょっと居候させてもらっても大丈夫かな?」

「げふっ?!」


バターの匂い染み付いてむせる。ロリ巨乳狐娘と突然同居生活。突然すぎて理解が追いついていない。昔鶴を助けたら鶴が機織りにやってきたとか、そういう昔話は聞けどもいざ自分に帰ってくるとなると頭が真っ白になる。慌てて飲み込んで明らかに人じゃない、その願いを無碍にすると次こそ罰があたる。


「ふぅ……ま、まぁ大丈夫ですけど……」

「ありがとうございます!勿論ただ居座るだけではなく、お仕事しますので!」


そういうと少しにやつく茉莉。冷や汗が少し垂れるも、残りのパンの耳の角を食べて仕舞えばご飯はおしまい。


「恩返しとはいっても、こんな私を持って帰ったっていうことは多分……気になってるますよね……?背中♪」

そう言いながら茉莉は背中を指す。無かったはずのチョーカーが正面から堂々と言われてどうしようもなくなっている自分を写す。

「……はい、疚しい思いでした。ごめんなさい」


素直に陳謝する。私はそういう趣味です。そう言うと頭を撫でる幼女の手。頭を上げると、にこやかに手を広げて自分の元へ、いや自分の中へとおいで、と言わんばかりの包容力のある顔が映る。


「素直でよろしい♪だったら……ちょっと、『私』を着てみませんか?」

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