仕舞い忘れた矛先 2
「今や与党もその地盤を揺るがされています。再び、我々の時代が来ようとしているんですね」
「その為には国の時勢を分かっている有権者に協力して貰わねばならない。我が政党が与党になった暁には、削られていた事業費にしっかりとした補填を行わねばならない。その時は、君達に頑張って貰いたい」
「はい。わが社の社員一同。先生の心に応えさせて貰います」
都内某所の料亭。そこでは、某野党議員とゼネコン関係者の密談が行われていた。マスコミによって与党の失策――特に支援していた戦隊から殺人鬼が出た事――が次々と報道され、国民の信頼は揺らいでいた。
「それにしても先生の一喝は見事でした。『ヒーロー支援費』の削減に関する言及は、まさにその通りだと思います」
「うむ。既に『ジャ・アーク』も壊滅した。国民の血税を無駄にされる可能性は少しでも潰さねばならない」
「まさにその通りです。先日のニュースでは『エスポワールレッド』が議員を殺害していました。あれ以上支援を続けていたら、どうなっていた事か」
「シュー・アク君を始めとした犠牲者達の事を思うと心が苦しくなるよ。その事に関しても、しっかりと責任を追及せねばならない」
高級料理に舌鼓を打ちながら、議員は笑みを浮かべた。また一つ、現政権に瑕疵が出来た。糾弾できる材料は幾らあっても少なくはない。虎視眈々と狙っていたチャンスが目の前までやって来ている。
それらを掴み取る光景を夢想していると。廊下から慌ただしい音が聞こえ、悲鳴が上がった。何事かと思い、会話を中断すると。その答えは、切り裂かれた障子の向こう側から現れた。
「やぁ。搾り取った血税で随分豪遊しているじゃないか」
「え?」
瞬間。関係者の男の頭が飛んだ。その切断面は『レッドソード』の熱により一瞬で炭化した為、血が噴き出すことは無かった。
議員の男は困惑した。目の前には、今、まさに話題にしていたレッドが居た。彼は関係者の男の死体を蹴飛ばしながら、興奮に打ち震えながら。前向上を述べる様にして言い放った。
「『ジャ・アーク』が滅びても悪は滅びない!この国に寄生して、人々の血税を搾取する悪党め!俺がいる限り好きにはさせないぞ!」
「助け…」
慌てて部屋から逃げ出そうとしたが、それは容易に阻止された。胸倉を掴まれ、壁に叩きつけられ、レッドソードの切っ先を突き付けられながら。底冷えするような声を浴びせられた。
「なぁ、守られた平和から俺達を排除する気分はどうだ?善意を足蹴にして自己責任論を押し付ける自分が聡明だと思ったか?」
「し、知らん! 私は国民の為に不必要な予算の削減を提案しただけだ! それに役目を終えたのなら、次の目的や生き方を見つけるべきだ!それをせずに困窮したのは君達自身が選んだ道だろう!?」
「最期まで俺達のせいか? じゃあ、お前がこれから死ぬのも。俺に対する備えをしていなかった『自己責任』だよな?」
切っ先を向けていたレッドソードの刃を首元に押し当てて、鋸挽きの様にして動かしていく。議員は激しく抵抗するが、万力の様に込められた力は決して逃がす事を許さなかった。
押し進める刃が肉を掻き分けると同時に切断面を焼き焦がしていく。血と肉が蒸発する不快な臭いを部屋内に充満させながら、切り離した首級を掲げてレッドは高らかに宣言した。
「正義は勝つ!」
レッドは高らかに笑いながら、二人の首を拾い上げて、現場を後にした。そして、翌日。二人の首級は議事堂前にゴミの様に打ち捨てられていた。
~~
「実に不幸なニュースだった。まさか、我が国を支える議員があんな事件に巻き込まれるとは」
大坊が泊まっているホテルのレストラン。そこで、レッドはゴク・アクと共にディナーを取っていた。努めて平静を保っているが、悪と定めた標的を駆逐できた達成感は隠しきれずに、唇の端を釣り上げていた。
「不慮の事故でしたね。ついでに、今回被害にあった議員と癒着していた某所との関係も顕になった。と、週刊誌では小さく報道されていますが」
「尊い人命の喪失の前では、そういった事実は小さく扱われる物だ。今回の国会で追求の材料になるかもしれんがな」
運ばれてきた牛フィレ肉のソテーに舌鼓を打ちながら、口中に残った脂分をワインで流し込む。臓腑に染み渡る美味に加えて、今の自分が必要とされているという充足感もある。運ばれてくる料理よりも先に、彼は催促した。
「で。次の『悪』は誰だ?」
「次の『悪』はこの男だ」
机の上に置かれた写真には、これまた野党議員が映し出されていた。SNSでは『老後に安心できる国作りを!』と言う謳い文句が有名な議員だった。
「なんで悪なんですかね?」
「この議員は、選挙権や金を持っている老人ばかりを優遇している。その証拠に保育所への支援費を削り、企業には積極的に非正規雇用を促し、この国を支えている若者達を苦しめているんだ」
「それは許せませんね」
「だろう?君が正義の裁きを続けることで、彼らも自らの罪を自覚し、考えを改めるかもしれない。『君』が改心させてくれた、この私のようにね」
自分の起こした行動を主語にされると、この上ない多幸感に包まれる。『自分』のおかげ。『自分』が居たから彼は改心した。その肯定は、彼に行動を起こさせるには十分すぎる言葉だった
「で。彼らは何処に?」
「近日中に人ホームの慰問に訪れるそうだ。日程は分かっているから、その日に待機していて欲しい」
口頭でその時間を伝えられた大坊は自分の部屋へと戻った。そして、テレビを付けてみれば。先日の事件が報道されていた。
怪人ではなく人を殺した。と言うのに、大坊の中では嫌悪感も罪悪感も湧いてこなかった。彼が打倒するべきだと考えているのは『悪』であり、今回倒した悪が偶々『人間』だったと言うだけの話で、そこには怪人も悪の組織も大した差は無かった。
「(悪ってなんだ?)」
しかし、彼は考える。『悪』とはどういう事だろうか?ゴク・アクが悪と決めつけているだけではないだろうか。それを言えば『ジャ・アーク』だって本当に『悪』だったかどうかなんて分からない。
彼らだって非合法なことはしていたが、そこまでしないと変わらないこの国や世界のことを憂いての行動だったのかもしれない。認めたくはないが、その行動に助けられていた者達も居たかもしれない。
「(……実は本当は『正義』も『悪』も存在しないんじゃ?)」
偶々、大衆を先導するのに取り扱いやすいイデオロギーが『正義』と『悪』と言う二元論だったに過ぎないのかもしれない。
それならば、自分達は一体何者なのだろうか? 勧善懲悪劇の様なヒーローからはかけ離れた、ただの暴力装置だったのではないのだろうか。と、其処まで考えて、頭を振った。
「(いや。正義はある。困窮している多くの人達を助ける善行を正義と言わずして。何という?俺達が『ジャ・アーク』を退けて、皆から称賛と応援を向けられていたように)」
この15年間。執行してきた『正義』に間違いはなかった。ならば、これからも『正義』はあり続けるはずだ。ゴク・アクの話を思い出す。
これから未来を担っていく若者達の芽を潰さんとする老人達と権力や既に築かれた地盤や権力を前に涙を飲むしか無い若者達。どちらに味方すべきかは一目瞭然だ。
「やってやる。やってやるぞ、皆。俺を守ってくれ」
机の上に、かつて共に戦った仲間達が使っていた武器を広げ、それらをメンテナンスし始めた。戦闘員や怪人達に向けていたはずの矛先を人間に向ける事になったとしても、誰も彼を宥める事は無かった。
~~数日後のとある日~~
数日前に事件が起きた場所とは別にある某高級料亭。そこで、ゴク・アクはスーツを着た青年と対面していた。見る者が見れば、青年が身に着けている物がどれだけの高級品であるか。そして、それらを嫌味なく着こなす彼の社会的地位も察することができただろう。
「それで。今のお前は、哀れなヒーロー様を騙してヒットマンにしている訳か」
「ククク。哀れだなんてとんでもない。ワシ程の慈善家はおらんよ。なんせ、暴力しか取り柄のない男の面倒を見てやっているからな。『ガイ・アーク』。お前の方はどうなんだ?」
「絶好調だ。今は、地元の方で麻薬カルテルのTOPに立っている。お前が大物政治家になった暁には、特別価格で譲ってやるぜ?」
「よしてくれ。ワシはこの国を清く健全に運営していきたい。私欲にまみれたら、シュー・アクの様に狩られるかもしれんからな」
そのジョークに二人は頻りに笑った。かつての仲間が手に掛けられた事より、自分達を苦しめて来たヒーローの現状があまりにも愉快だった。
「レッドか。懐かしい名前だ。エスポワール戦隊に居た時は、散々煮え湯を飲まされた相手だってのに。今じゃ、あのザマか」
「奴ら『ヒーロー』なぞ、事が起こってしか動けない。事後対応ばかりなグズの集まり。おまけに善意でなんでも解決できると思っている白痴と来た」
「人に言われてしか動けない上、自分の目的を持っていないから簡単に路頭に迷うんだよ。その点で言えば、しっかり目標を与えてやったアンタはまさに慈善家だな!」
二人が上げた笑いには多分に嘲笑が含まれていた。燦然と輝き、ジャ・アークを破滅へと追い込んだヒーローの現在は、傷つけられていた彼らの自尊心を存分に満たしてくれた。
「よせよせ。照れるではないか!」
「コレがドラマなら1年位放送して、目的を終えたら。次のヒーローを用意すりゃ良いんだろうけれど」
「まぁまぁ。その力を捨てるのは惜しいからな。ワシが劇場版をプロデュースしてやっているのさ」
「大したエンターテイナーだぜ、アンタ。日本に来たついでに、アンタの所に寄った甲斐があったもんだ!」
「あぁ。ワシもお前の華やかな現状を知れて嬉しいよ。ちなみに、何の用で寄っていたんだ? 取引か?」
「取引もあるんだが。俺の部下に『剣狼』が居ただろ?あいつのことを拾いに来たんだが。どうにも見つからねぇ」
「復活する時期がワシらと違うのかもな。まぁ、他の怪人達が復活したのを見たことは無いが」
「それならそれで構わねぇ。それに。今、復活したら。お前の所のヒーロー様に退治されちまうからな!」
「その時は『改心した相手に手を伸ばすのも正義』とでも言って丸め込んでやろう。安心しろ、見つけたら知らせてやる。何故なら、ワシはかつての敵にまで手を伸ばす慈善家だからな」
「違いねぇ。ま、俺らはあんな風にならない様に邁進しようぜ。レッドみたいに落ちぶれない為にもな!」
料亭で高級料理を楽しみながら、二人は思い出話に耽っていた。……ヒーローとヴィラン。人々に支持される者達と批判される者達でありながら、その立場の華やかさは全くの逆と言っても良かった。
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