仕舞い忘れた矛先 3


 桜井は掃除中に後輩の日記を見つけた事と感想を打ち明けた。結果、彼女は飛び上がる程に喜び、二人の同棲生活はより心地の良い時間へと変化していった。


「先輩、行ってきます」

「行ってらっしゃい」


 この朝の光景も見慣れた物となっていた。時間を確認する為に付けたテレビには連日の様に野党議員や記者達が殺傷されるニュースが流れていた。

 どの事件も共通して被害者は切断された後、その切り口を炭化させるという、猟奇的な手口が取られていた。連日、世間を騒がせているニュースだが、桜井にはその犯人の目星もついていた。


「(犯人はリーダーだろうなぁ。殺された野党議員の多くは戦隊支援金の予算削減を訴えていた連中だし、記者達はゴシップ誌で『ヒーロー』を批難していた連中だし)」


 爽快感も無ければ、同情も無かった。それよりも気掛かりなのは、リーダーが世直しの様な事を始めた事だった。


「(シュー・アクならまだしも。他の人達は仮にも市井の人間。自棄になったのか、もっと違う目的があるのか)」


 らしくない。とは思ったが、止めようという気も無かった。戦闘をした所で勝てないのは分かっているし、何よりもこの生活を捨てる気も無かった。

 大方の家事を終えて、サブスクで番組を見ていると。ふと、卓上に置かれている弁当箱が目についた


「あ! 忘れている!!」


 彼女の勤務先は分かっていたが、既に辞めた身でもあり。昨今の世論の関係上、行くのは気が引けたが、あの職場で昼休み中に飯を買いに行く時間的余裕があるとも思えなかった。

 今でも、通勤路を使うと心臓が早鐘を打つ。何よりも弁当を届ける間柄を疑われる可能性もあるが、彼女は顔見知りに合わないことを祈りながら。かつての職場へと向かった。


~~


「ふぅ」


 桜井の後輩は溜息を吐いた。今日は、某議員の慰問があるらしいが、彼女には関心の無い事だった。上司が対応してくれるとは言え、フロアの方は自分が見て回らなくてはならないのだが、人手が足りない。


「(若い子がどんどん辞めていくから、負担が)」


 お局の存在や施設長の恫喝等。本当に運営していく気があるのだろうかと言う杜撰な管理体制。彼女をここに繋ぎ止めている物と言えば、仲の良い同僚達とおばあちゃんっ子だったという経歴だけだった。


「(同僚の人達には悪いけれど、転職できる年齢も限られているし。何処かで見切りは付けないと)」


 油断をしていたら20代も後半に差し掛かり、転職の可能性がグッと減る。既に幾つかの転職サイトには登録しているし、働きながらも模索している。引継書の作成もしている。理想や優しさだけでは生活は出来ない。何よりも、今の自分は1人の人間を養っている。彼女のことを考えると、もっと給料も必要だ。

 そんな事を考えていると施設内が騒然としていることに気付いた。例の議員が来たのかと思っていると、慌てた様子で同僚の年配の女性が駆けてきた。


「田畑さん。どうしたんですか?」

「レッドよ。レッドが現れたの!!」


 田畑がスマホの画面を弄ると、そこには施設内で議員の秘書がレッドに切り裂かれている映像が記録されていた。その様子に、後輩が青ざめていると件の議員が悲鳴を上げながら走って来るのが見えた。

 少し遅れて、議員よりも間隔の短い足音を立てながら現れた存在を見て、二人は悲鳴を漏らした。


「助けてくれぇ!」

「逃がすか!!」


 レッドだった。驚異的な身体能力で瞬く間に議員に追いつき、議員を『グリーンスピア』で壁ごと刺し貫いた後。その頭部を『イエローハンマー』で叩き砕いた。

 周囲に頭骨と内容物が飛び散った。その光景を見ていた田畑は失神し、残された彼女は棒立ちになっていた。その凄惨な現場を作り上げたレッドは、棒立ちになっていた彼女に声を掛けた。


「おや? 君はピンクの知り合いだったか? ここで働いていたとは」

「ひっ。な、なんで。こんな事を…」

「理由? この議員は金や選挙権を持っている老人ばかりを優遇して、未来ある若者達を蔑ろにしていた! 俺は既得権益にしがみつき、君達から未来を搾取する輩を許さない!」


 身勝手な理屈だった。人を殺しておいて、後悔も罪悪感も見せようとしない。それ所か達成感すら覚えている彼に対しては、嫌悪感しか湧いて来なかった。

『狂っている』と思ったが、口に出せばどの様な目に遭わされるか察しが付いていたので、口を噤んでいると。レッドが踵を返した。


「そうか。君が居るということは、ここには他の用事も出来た」

「え?」

「なぁ。キミは知っているだろう? ピンクを自殺未遂に追い詰めた犯人を。俺の仲間を傷付けた奴は絶対に許さない。正義の鉄槌を下してやる。さぁ、教えてくれ。犯人は誰だ?」


 文字通り鉄槌を下すのだろう。一瞬、彼女は迷った。犯人は言わずもがな、お局様と施設長だ。自分も疎ましく思っているし、その人物を指名すれば彼が始末してくれるのだろう。


「えっと。えっと…」


 何よりも吐かずにいたら何をされるか分からないという恐怖があった。眼の前の凄惨な死体が、自分の末路を示しているようで強烈な吐き気と目眩になって表れた。


「怖がる必要はない。俺は『悪党』に対して正義の執行を行うだけだ。正直に言って欲しい」


 魅惑的な提案だった。自分を恫喝するあの男と、尊大な態度で皆に煙たがられているババアを始末出来る。皆から嫌われているなら『悪』と呼んでも差し支えがないのではないのだろうか?


「(でも。もしも、その二人が居なくなれば、この施設は? そんなすぐに施設長の代わりが来るかな? 最悪、閉鎖になるかも。そしたら、この施設に預けられているお爺ちゃんお婆ちゃん達は?)」


 良心が訴える反面、こうも考える。渡りに船ではないかと。自主都合に拠る退職ではなく、暴漢が起こした事件でトラウマになり、仕事を辞めざるを得なかったという事情ならば、世間からも同情を集める事も出来るだろう。

 ならば、ここは身の安全の為にも素直に吐くべきだ。そう思った時、口から出した言葉は、彼女自身も想像していなかった物だった。


「し、知らない。私、そんな犯人。知らない! 知ってても言わない!」

「何故だ?」

「貴方のやっているソレは正義なんかじゃない! 気に入らない物に対して喚きたてる子供のワガママだよ!」

「子供のワガママだと?」


 言い放った後。失言であることに気付いた。興奮した様子で武器を構えて迫ってくるレッドに、彼女の恐怖は最高潮に達した。


「ひっ」

「ふざけるな。15年間もお前達を守ってやった、俺の正義が間違いな訳が無いだろう!!」


 手にした得物が振り上げられる。死を覚悟したが、風切り音が聞こえた後、金属音が響いた。見れば、床にはレッドソードが落ちていた。

 気づかぬ内に腰を抜かしていた彼女は、自分が誰かに抱き留められている事に気付いた。見れば、そこには目の前にいる男と色違いのスーツを着た女性が居た。


「その娘に手を出したら許さない」

「先輩!」


 その手には『ピンクウィップ』が握られていた。二人の間に剣呑な雰囲気が漂ったが、先に武器を納めたのはレッドの方だった。


「ちょうどよかった、ピンク。この施設には、お前を其処まで追い込んだ奴が居るんだろう? 『ジャ・アーク』を倒していた時のように。俺達で倒そうじゃないか」

「私はこの娘と生きて行くと決めたのよ。アンタみたいに、正義の奴隷になるつもりはない」

「そうか。残念だよ」


 ピンクの脇をすり抜けて、レッドは去っていった。変身を解除した桜井は後輩を強く抱きしめた。歯の根は嚙み合わず、顔は真っ青で、その全身が小刻みに震えている事に気付いた。


「先輩」

「リーダーや私って、いつも誰かに対してあんな物を向けていたんだ……」


 皆を守ると。平和の為に。と思いながら、振りかざしていた物が自分に向けられた時、初めて彼女はその恐ろしさに気付いた。死の恐怖は元より、敵に対して『倒しても良い』と『死んでもいい』と平然と思っていた事に。


「大丈夫です。先輩は、あんな化物じゃありませんから」


 恐怖で周囲に気を配ることも難しかったが、それでもその言葉だけは掛けねばならないと、振り絞った言葉を咀嚼する様にして。桜井は暫し、彼女を強く抱きしめていた。


~~


 それからもゴク・アクからの依頼は続き、大坊は幾度もの凶行を重ねてきた。議事堂付近には自衛隊と機動隊が詰めかけ、議員達は常に戦々恐々とした日々を送る羽目になった。それは法治国家の『皇』としては考えられない状況だった。


「次のターゲットは誰だ?」

「うむ。部屋に使いを送る。其の者から聞いてくれ」

「分かった」


 何枚もの食器を重ね、大量に食料を貪ったレッドの目は血走っていた。既にここに来るまでの間に大量の依頼をこなし、この国の政治家達はその数を大きく減らしていた。政党のバランスは傾き、諸外国から幾らでも付け入る隙が産まれ、頃合いだと。ゴク・アクは考えた。


「(ククク。よくぞワシが活動しやすい基盤を整えてくれた物だ。お前は用済みだ。感謝するが良い。地獄には悪人は尽きないぞ)」


 笑いを堪えながら、彼は携帯を取り出した。そして幾らかの連絡を入れた後。ホテルの支配人を呼んだ。


「どうかなさいましたか?」

「すまん。今日1日を貸し切りにしてくれんか? 代金はちゃんと払おう」


 ホテルの支配人は小切手の額を見て頷いた。そして、宿泊客達を近くのホテルへ手配し始めたのを見て、ゴク・アクは堪え切れずにくぐもった笑い声を漏らした。


「(ピンクは腑抜けた。残りはレッドさえ始末すれば、この国はワシの物! ククク! 武力以外にもやり方はあるのだ…!)」


 その顔には、レッドと相対した時の善人面等欠片も残っておらず。悪の組織の幹部に相応しい狡猾で獰猛な笑みが浮かべられていた。


~~


「(俺は正義なんだ。15年間も皆を守ってきた。この活動は正しいんだ。だって、15年間正しかったんだから)」


 老人ホームでの襲撃騒ぎから大坊は荒れていた。そのざわめきを抑えるために、今まで以上にゴク・アクからの依頼をこなした。

 クタクタだったスーツは海外の高級ブランドのものに変わった。無精髭と髪も整え、毎日ご馳走にありついてベッドで眠れている。これ以上の充実があるはずがないと言うのに。


「(早く。早く次の悪を…!)」


 焦る気持ちもあったが、食後や普段の疲れも相まって。やがてその意識は落ちていった。人気のなくなったホテル内では、銃火器で身を固めた特殊部隊が大坊の部屋前に居た。


「ターゲットの睡眠を確認。作戦を開始する」

「相手を人間だと思うな」


 ホテルのマスターキーを用いて、解錠した後。グレネードを投げ込み、アサルトライフルによる一斉掃射が行われた。部屋内の反応が無いことを確認し、隊員が生死を確認するために部屋内の探索を始めた時であった。

 その隊員が悲鳴をあげることはなかった。次の瞬間には首が刎ねられ、傷口が炭化した。仲間の死を見た隊員達は冷静に事態の把握に努める。装備越しにターゲットの姿を見た。既に変身は終えていた。


「嬉しいなぁ。ゴク・アク。お前、やっぱり『悪』だったんじゃないか。俺が倒すべき敵のままで居てくれたのか」


 もしも、これがレッドではなく。グリーンや他のメンバーが相手なら、為す術もなくやられていただろう。しかし、彼らが相手にしたのは『エスポワール戦隊のリーダー』だ。

 15年間戦い続けた後も、正義から心を切り離すことが出来ず、常在戦場だった男に生半可な攻撃が通じるはずも無かった。


「殺せ!!」

「そうはいかん! ゴク・アク! 貴様の企み。俺が阻止させて貰う!」


 ホテルの一室。そこでは、在りし日の戦いの続きが行われていた。スーツの下で大坊は狂乱に目を輝かせ、口角を釣り上げながら。かつての必殺技を繰り広げて、目の前の戦闘員達を打倒していた。



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