仕舞い忘れた矛先 1
シュー・アク議員が襲撃され殺害されたニュースが報道されてから数週間。当初騒がれていたその前代未聞のニュースも、やがて日々の喧騒の中に埋もれていった。人々の中に『ヒーロー』という物に対する脅威を確実に刻み込みながら。
~~
「クックック。待っていたぞ。レッド…」
「くっ。『ゴク・アク』め!やはり、お前も復活していたか!」
到底、人が寄ってこない様な廃工場。そこには、得物を握ったレッドを前にしても、不敵な笑みを浮かべながら悠然と構えている恰幅の良い男が居た。
「『シュー・アク』の話を聞いたぞ。中々に痛快だったじゃないか」
「仲間をやられたというのに。その余裕……。お前のそういった所も変わっていないようだな!」
「あぁ。変わらんさ。しかし、レッドよ。お前は随分変わったようじゃないか」
「黙れ!俺は何も変わっちゃいない!この心は常に仲間達と共にある!」
腰から抜き放った『ブルーガン』の引き金を引いた。銃弾は『ゴク・アク』の顔を掠めて、その背後にあった壁にめり込んだ。頬から流れ出た血を拭いながらも、なお余裕を崩さずにいた。
「誤解を与えてしまったよう。お前を囲む環境は随分と変わってしまった」
「何を言う! そうやって、言葉を弄して俺を惑わすつもりか!」
「強がらんでも良い。……ワシはな。これでも、お前に同情しておるのだよ」
『イエローハンマー』と『グリーンスピア』を両手に構えたレッドは、その言葉にピタリと動きを止めた。
「同情だと?」
「あぁ。そうさ。お前達はワシらの侵略を防ぐために命懸けの戦いを繰り返してきた。そんなヒーロー達に対する仕打ちが、コレとはあんまりじゃないか!」
「な、なんだと?」
「確かに。お前らは、ワシらの野望を阻む憎き仇敵だった!だが、同時に尊敬もしていた! 唯一、ワシらに対抗する『勇気』ある人間として!」
世間の誰もが自分達の経歴を振り返ること無く。現状を『自己責任』と片付ける中で、かつての敵は自らのことを『勇気ある人間』と評してくれたのだ。予想していなかった称賛と理解を前に、彼は狼狽えた。
「そうだ。俺達は、お前達に唯一対抗できるヒーローなんだ!」
「だと言うのに、人々の振る舞いは何だ!? ワシらでさえ、貴様達には敬意を抱いていたというのに、守られた人間達はお前達を疎むばかり! おかしいではないか!!」
その一喝にレッドは思わず後退ってしまった。その気迫は、かつて対峙していた時から全く衰えを見せていなかった。
そして、同時にかつての仇敵が健在である事と……自分達に変わらぬ尊敬の情念を抱いていることを嬉しく思っている自分が居た。
「武器を構えろ。ゴク・アク!お前が復活したというのなら、俺はお前を倒す!!」
「ワシもそうしたいのは山々だが。まだ死ぬ訳にはいかんのだ」
「何故だ?」
「『シュー・アク』はこの国を支配することしか考えておらんかったが。ワシは、この国を良くしたいと思っている」
「良くしたいだと? 何故、そんな事を思うんだ?」
「コレがワシに示せる矜持だと思ったからだ。もう、世界征服等という大層な野望を抱くだけの戦力はないからな」
自嘲気味に『ゴク・アク』は呟いた。もしも、この言葉を発したのがシュー・アクであれば、レッドは一目散に斬り掛かっていただろう。しかし、先程までの会話で交わされた会話の中で見せた彼の尊敬が、レッドに攻撃をさせることを躊躇わせていた。
「どうだ。ホテルも取ってある。積もる話もあるだろう。一緒に来てくれないか?」
クッと親指を指した先には、車が停まっていた。レッドは暫し考えた後、彼の提案に乗ってホテルへと向かうことにした。
~~
ホテルに到着した大坊を待ち受けていたのは卑劣な待ち伏せや罠でもなく、温かい食事と疲労に染まった全身を受け止めてくれるベッドだった。一緒にレストランで食事を取りながら、彼は今までの経緯を語った。
「それは、辛かっただろう」
「俺達が守った世界に俺達の居場所はなかった。俺達が守った人は俺達を守ってくれなかった」
「お前も人々の醜さを知っただろう。奴らは弱者を騙り、お前達の様なヒーローを利用するだけ利用して、放り捨てるのだ」
「それなら、俺達は何の為に戦ってきたんだ!?」
「平和の為だ。『ジャ・アーク』が滅びた時、お前達の役目は終わったんだよ」
「じゃあ、俺はこれからどう生きればいい!?」
大坊は以前にも問いかけた事がある議題を再び持ち出した。その時は現実的な提案を出されただけに終わったが、ゴク・アクの回答は違った。
「ワシの為に生きてはくれんか?」
「お前の為に?」
「お前のその力。埋もれさせ、疎まれるにはあまりにも惜しい。ワシならば存分に使ってやれる」
「嘘だ。アンタは俺を騙そうとしているんだ!」
その提案に頷いてしまいそうになったが、彼の中に残っているヒーローとしての執着心がその提案を跳ね除けた。しかし、ゴク・アクはそれすらも想定内だったようで、畳み掛けるように言った。
「だったら。ワシに騙されてくれんか?」
「……え?」
「正直者の市民や社会はお前達をどうした?お前を疎んで、除け者にした。ワシの様に温かい馳走を用意してくれたか?ふかふかなベッドで眠らせてくれたか?」
「……どっちもしてくれなかった」
「だろう? ワシはお前を騙してしまうかもしれん。ただ、お前を尊敬している事は本当だ。もし、力を貸してくれるなら、温かい飯も食わせてやろう。クタクタのスーツも買い替えてやろう。雨風を凌げる部屋を手配してやろう」
ゴク・アクからの提案は魅力的だった。自分を見捨てた国を変える。自分を見捨てた国がこれ以上悪くなったとしても、自分の待遇はそれほど変わらないだろう。
ひょっとしたら、自分達の戦いで本当に心を入れ替えて、この国を良くしようと改心してくれたのかもしれない。何よりも、心身共に疲弊しきった大坊にとって、この報酬はあまりにも魅力的だった。
「何をさせるつもりだ?」
「直ぐに分かるさ。何、お前にしか出来んことだよ。今日は久々の再会と食事を楽しもうじゃないか」
大坊は久々に誰かから施された事に感謝し、涙を浮かべながら次々と運ばれてくる馳走を貪った。クタクタのスーツを脱いでシャワーを浴び、シャンプーで髪を洗った。積もりに積もった脂で全く泡は立たず、体を拭いたタオルには垢がベッタリと付いていた。
そして、用意されたカーディガンに袖を通してベッドに寝転がると瞬く間に眠りへと落ちた。寝心地は良く、空腹でないこと。明日に不安を覚えないこと。寒さに震える必要がないこと。それらの安心が、レッドを深い眠りへと導いた。
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