スタッフロール後の話 残された一人は
病室の一室。そこでは入院していた『エスポワールピンク』こと桜井はニュースを見ていた。今朝からテレビでは、『エスポワールレッド』の話題で盛り上がっていた。
「やっぱりね。『エスポワール戦隊』とか『ヒーロー』っていうのは危ない連中やと思っていたんですわ。だって考えてみて下さいよ。アイツらが怪人に向けて放っている必殺技って。その気になれば僕らにも向くわけでしょ?」
番組内では芸人が事件を批難していた。更には彼の発言を補強する様にして、司会も付け加えた。
「えぇ。今回の出来事でも分かるように野党の『ヒーロー予算の削減』は正しかったと言うことですね」
「今回の事件について、SNS等では批判的な意見が寄せられています」
『悪の組織である『ジャ・アーク』を倒したのだから、さっさと『エスポワール戦隊』は日常に戻るべきだった』。
『働いていないということは無職だし、資金を援助する必要もない。そこから就職できなかったのは自己責任』
『何時まで立っても正義のヒーローという立場に甘えた、幼稚な精神性が起こした事件』
「過激な意見が飛び交っていますけれど、僕もそんな風に思いますわ。僕ら芸人の方が社会経験もよっぽど豊富ですからね!」
スタジオが笑いに包まれた時点で桜井はテレビの電源を落とした。自分達が守った世界と人々が、自分達を嘲笑っている。その事実に際限なく不快感がこみ上げて来た。
「……何の為に頑張ってきたのかなぁ」
リストバンドを捲ると、そこには幾重もの自傷跡があった。皆が『エスポワール戦隊』を責める。平和になった世界にお前達の居場所は無いのだと嘲笑っている。
ぼんやりと画面の消えたTVを眺めていると、病室の扉が開かれた。そこには彼女より一回り年下の、何処か少女の風体を残した女性が居た。
「こんにちは先輩。調子の方はどうですか?」
「悪くはないわ」
「そうですか!それなら良かった。あ、先輩の好きなケーキを買って来たんですけれど」
「ありがと」
ケーキと一緒に入っていた、プラスチックのフォークを取ろうとした所で、それは後輩に取られてしまった。
「すいません。こういうのを渡すと隠されたりするかもしれないからって、渡せないんです」
「あぁ。そうだったわね。じゃあ、食べさせてよ」
「はい!」
患者が再度自傷行為に走らないように、そういった可能性がある物は部屋内からは徹底的に排除されていた。ケーキを食べ終えた所で、桜井は溜息を吐き出した。
「会社の方はどう?」
「うーん。ちょっと業務が増えましたけれど、皆も頑張ってくれていますし。なんとかなっています」
「そう。ごめんなさい。私も頑張らないといけないのに」
「先輩は悪くありませんよ! あのお局が頭おかしいんですって! 先輩が可愛いからって、妬んでいるだけですよ!」
「結構言うじゃない」
「先輩のマネです!」
後輩との会話で沈んでいた気持ちが幾分かマシになった。そして、呼吸を整えて。気分を更に落ち着かせた上で桜井は言った。
「で。会社としては、これ以上、元『エスポワールピンク』を雇い続けるつもりはあるのかしら?」
「それは…」
「辛いことを言わすかもしれないけれど。もしも解雇通告を聞くなら、貴方の口から聞きたい」
暫しの間。お互いが無言となり、やがて後輩がその重たい口を開いた。
「話を聞いちゃったんですけれど。休職期間が終われば、そのまま解雇するって…」
「そりゃ、そっかー! だって、元リーダーがあんな事をしでかしたんだもん!」
張り上げた声が虚勢だという事は痛いほどに伝わって来た。あまりにも悲惨な状況に笑うしかないと判断した故だろうという事も察しが付いた。
グリーン、ブルー、イエロー。その他、多数の機動隊員や警察官を殺害して現在も逃亡中の凶悪犯。その男と一緒に活動していた女性が働いているとすれば、風評被害を避けるためにも存在を遠ざけるのは当然の判断と言えた。
「……あの。先輩」
「これからどうしようかな。年齢的には結構アレだけれど。元『エスポワールピンク』ってことで、形振り構わなきゃどうにかなるかな?
「自分のことをそんな風に安売りしないで下さい!!」
後輩からの一喝で桜井は押し黙った。普段は大人しいが、感情的になると彼女も気圧されてしまう程の勢いを発揮できるのが、この後輩の特技とも言えた。
「前にも言いましたけれど。『エスポワールピンク』は、いや『桜井』先輩は私の憧れなんです。中学生の頃、周りと馴染めず挫けそうになっていた私を励ましてくれた…」
今は、自分に向けられるその憧れと優しさが痛かった。ヒーローだった頃は全能感があった。沢山の人達が自分の事をアイドルの様に慕ってくれた。信頼できる仲間達と共に平和を守るという使命感もあった。
それら全てを取り上げられた後に残ったのは整った顔立ちだけだった。仕事はロクに出来ず、人に取り入る術も持たなかった彼女は瞬く間に孤立した。しかし、レッドと違って幸いだったのは。こうして自分のことを慕ってくれる、少し奇異な後輩が居ることだった。
「そうだ。先輩。アパートから出ていくなら、私の家に来ませんか?」
「……穀潰しを増やすだけだけれど。それでも良いの?」
「はい!今度は私が『エスポワールピンク』を助けたいんです!」
目頭が熱くなった。多くの人間は自分達の活躍など、さっさと忘れ去ってしまったが。ちゃんと憶えてくれている人間が居る。その事が堪らなく嬉しかった。
「うーん。それじゃあ、甘えちゃおうかな!」
「はい!」
軽口を叩きながら、これからの薬代やら何やらをどうするかということを相談しながら、面会時間が終えるまで話を続けていた。
~~
自分の居場所はある。その事に安堵を憶えた桜井は、久々に眠りに入っていた。夢の中では楽しかった頃の思い出が反芻されていた。頼りがいのあるレッドと少し皮肉屋のブルー。そして、頭脳派のグリーンとムードメーカーのイエローに混じって。彼らの後を必死に付いて行った事。
それは正しく、彼女にとっての青春であった。その夢から覚めた時、待ち受けていたのは泥の様に淀んだ現実だけだった。
「(なんで私ってこんなに鈍臭いんだろう)」
ヒーローの頃は多少覚束ない所があっても仲間がフォローに回ってくれた。上手く出来た時は褒めてくれた。でも、会社では上手くいかなければ叱られる。上手く行ったとしてもそれは当然のことで、誰も褒めてはくれない。
『エスポワール戦隊』に所属していた時とのギャップで彼女の自尊心は尽く傷付けられ、いつしか人の顔色を伺ってばかりの卑屈な精神になっていた。
「(でも。慕ってくれる子はいるし。もう少しだけ頑張って生きようかな)」
微かでも希望があり続ける限り、それに縋りついて生きよう。そう決意した彼女が、何の気なしに窓の方を見ると。そこにはあり得ない物が張り付いていた。
「おーい!ピンク。俺だ!久しぶりだな!」
其処に居たのは、まさに渦中の人物とも言えるレッドだった。彼は手にしたレッドソードではめ込み式の窓ガラスを溶断し、彼女の病室に上がり込んだ。
殺人鬼が部屋に入って来たというのに、不思議と彼女の心は落ち着いていた。それ所か懐かしさすら覚えていた。
「れ、レッド。どうしてここに?」
「ピンク。聞いてくれ!俺は『シュー・アク』を倒したが、幹部の『ゴク・アク』も『ガイ・アーク』も復活しているそうなんだ!」
その勧誘は即ち、彼が行っている凶行に加担するという事であったが、魅力的に思えた。グズで要領の悪い自分を必要としてくれている。また、レッドに励まされながらも一緒に頑張れるエスポワール戦隊の日々に戻れるかもしれない。
勿論、レッドが犯した犯罪も把握しているが。自分の存在を確実に認めてくれるという条件を前にしては霞んで見えた。
「お前が入院しているってことも知っていた。俺は知っているぞ。お前が頑張り屋だってことも! だから、お前は今の生活に疲れてしまったんだよ。また、一緒に頑張ろう。俺達『エスポワール戦隊』で!」
「……」
もしも、差し出された手を握れば自分も犯罪者の仲間入りだ。しかし、自分という存在を容認してくれるなら。楽しかった、あの青春時代が戻って来るなら。と、その手を握り返そうとした。
「すいません。先輩、忘れ物を…」「あっ」
「む?彼女は?」
「ひっ!?」
レッドを見た瞬間。彼女はその場で腰を抜かした。その瞬間、桜井は現実に引き戻された。今、自分は何を見捨てて夢の中に逃げ込もうとしたのだと。
「邪魔をしたようだ。良い返事を期待しているよ。この電話番号に連絡を掛けてくれれば、何時でも君を迎えに行こう!」
電話番号の書かれた紙を渡すと。彼は、入って来た時と同じようにして窓から出て行った。別れ際に聞いたその声色は、エスポワール戦隊に居た頃とまるで変わらないままだった。
「せ、先輩? 今のは?」
「……ごめん。さっきの同棲の話。無かった事にしてくれる?貴方まで危険に巻き込んじゃうから」
「いえ。諦めません!それに一度顔を見られた以上、何処に居ても一緒ですよ!!」
「なんでそこまでして私に構うの?」
「さっき言った以上の理由はありません。私は先輩の力になりたいんです!」
その言葉に多少の違和感を憶えないこともなかったが、自分を必要としてくれる歓喜 の前では些細なことであった。
その後も治療を続け、退院が出来るようになった頃。彼女は後輩の家に住まうことになった。お互いに役割を決めて、それをこなしてサイクルを送る平和な日常が続いた。
~~
「行ってきまーす!」
「行ってらっしゃい」
後輩の出社を見送った彼女は家事に励んでいた。掃除の為に後輩の部屋に入り、散らかっていた書類を片付けていた時。ふとしたはずみで彼女の机に肘があたってしまった。
その拍子に引き出しが外れてしまい、中身が散乱した。急いでかき集め元の所に戻していくと。1冊のノートが目に止まった。それを手に取り、ページを開いた所で小さな悲鳴が上がった。
「(こ、これ…)」
手にしたノートは後輩の中学生時代から綴られている物の様だった。そこには『エスポワールピンク』の写真が隙間なく詰められており、桜井以外の顔は切り取られていた。時折。ピンクの顔に自分の顔写真を貼り付けたりしていた。どういう事かと思ったが、ノートを最後まで読んでその意図を理解した。
「ピンクを家に招いた。私だけの物。私だけのピンク。私だけの桜井。……か」
憧れは歪んだ愛情へと変わっていったのだろうか?それを判断する術はないが、桜井はそのノートを閉じて、元の形になるようにしまった。そして、久しぶりに心からの笑顔を浮かべた。
「(なんだ。私を必要としてくれているんじゃん)」
思慕が歪んでいるのなら。桜井もまた歪んでいた。社会の荒波で削られすぎた自尊心は、莫大すぎるほどの承認欲求を生み出していた。お互いの愛情の重さと深さ。底が抜けたかのような承認欲求。彼女達はまさにパートナーに相応しい存在だった。
『エスポワールピンク』。その名に相応しく、彼女は未来への希望(エスポワール)を見つけ出した。他者からどう見られているか等をまったく気にしないその様子は、現在もヒーローを続けているレッドと何も変わりが無かった。
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