スタッフロール後の話 後編
議事堂付近は騒然としていた。警察車が頻りに行き交い、報道陣は舞い込んできたこのセンセーショナルなニュースを声高に読み上げていた。
「議事堂付近は騒然としております。住民の皆さんは外出を控えるようにして下さい」
緊急速報として、どのチャンネルでも何度も放映され、それと同時に監視カメラが捉えた襲撃の映像も流されていた。食堂の一角でその映像を見ていた二人は衝撃に目を見開いていた。
「アレって。リーダー……。だよな?」
「あの剣技、リーダー以外にありえない」
一緒に昼食をとっていた恰幅の良い男性と痩身の男はテレビから流れてくる映像に衝撃を受けていた。
「な、何があったんだ? リーダーは頭がおかしくなっちまったのか?」
「まぁ、それも無理はないって環境に居たからな。リーダーの時間はずっと止まったまんまなんだろう」
「ブルー、それはどういう事だ?」
「リーダーは今でも『エスポワールレッド』をしているって事だよ。俺達は早々に足を洗ったからな」
その言葉にイエローは顔色を変えた。『ジャ・アーク』との戦いが終わった後、彼も就職活動が上手くいかず露頭に迷っていた。そこでシュー・アクに声を掛けられて、彼の企業に入れて貰った。
「しょ、しょうがないだろ!だって、『エスポワール戦隊』は解散したんだぞ!? もうヒーローは必要とされていないんだよ!」
「別に責めちゃいない。リーダーは『エスポワールレッド』を止めていない。それだけだ」
エスポワール戦隊は終わったというのに、彼だけはヒーローを止められずにいた。その事に何とも言えない表情を浮かべた所で、慌ただしい様子で彼らの席に壮年の男性が駆け込んできた。
「おぉ!ここに居たのか!ニュースは見たか!?」
「唐沢司令……。ニュースは見ましたけれど」
「どうします?このままじゃ、俺達の進退にも関わってくるぞ」
「どうするも何も。こんなバカげた事は止めねばならない!お前達、付いて来てくれ!どうせ暇だろう!」
「折角の休みなんだけれどなぁ」
その頭頂は禿げ上がっていたが、心に灯した正義感が錆びついた様子は無かった。唐沢司令官についていく形でブルーとイエローと呼ばれていた男性達も店を出たが、店内に残っていた客達はその様子を見ながら騒めいていた。
「ねぇ、あの人達が。あの殺人鬼の仲間なの?」
「怖いわ」
そんな彼らを見つめる市民達の視線は不安と敵意が入り混じった、嫌悪感溢れた物だった。
~~
警察や機動隊の人海戦術を用いても、レッドは見つけられなかった。変身を解除し、ホームレス仲間から教えて貰った下水道に潜伏されては、見つけるのは困難を極めた。
「(アレだけの人間がシュー・アクの味方をするだなんて。この国はどうなっちまったんだ?)」
レッドは困惑していた。少し前までは、国を挙げて皆が『ジャ・アーク』を批判し、エスポワール戦隊を応援していてくれたはずだ。
だと言うのに、いざ活動を再開してみればその構図は逆転していた。人々は『ジャ・アーク』の首領を持て囃し、レッドに対して怯えていた。
「(クソっ。クソっ!俺は20代の全てをエスポワール戦隊に費やしたっていうのに!)」
悪の組織が活動時間を選ぶ訳がない。人々が働いている間も、寝静まっている間も連中の活動は発生する。故に、彼の心は365日24時間エスポワール戦隊だった。
今までの大坊にとっては『エスポワール戦隊』が全てだった。今更、それ以外の生き方など考えつくはずもなく、社会も許容してくれる訳がなかった。
「(……いや。これも全てシュー・アクの仕業なんだ。グリーンだって操られていた。きっとアイツはもっと大きな戦力を蓄えて俺達との決戦に備えているんだ。その時は『エスポワール戦隊』も再結成されるはずだ)」
グリーンが他界した以上、再び揃うことは永遠にあり得ないが。レッドはシュー・アクが復活した影に自分達の活躍の機会を感じ取っていた。
下水道ですれ違うホームレス達が、大坊の気配に気圧されて道を譲る。その中では、レッドの名にふさわしい真っ赤な情動が滾っていた。
~~
「おや。これは『エスポワール戦隊』の司令官唐沢さんとイエロー君とブルーじゃないですか。貴方達も私の命を狙いに来たんですか?」
「そ、そんな訳ないじゃないですか!もしも、何かあっても俺が身を張って守りますよ!」
シュー・アクとの会合を果たした一同であったが、イエローは卑屈に平身低頭をしている有様だった。その中で、唐沢司令だけは毅然としていた。
「そ、それよりも相談したい事があるんだ」
「奇遇ですね。私も考えていたんですよ。その提案は一つ『レッド』を始末しませんか?」
「始末って。リーダーを!?」
「はい。イエロー君。彼が生きている限り、君たちは『国会議員を襲った男の仲間』と言うレッテルを貼られます。それを払拭する方法は一つ」
「リーダーを始末するって訳か。なるほど。自分の身の安全を守りつつ、俺達の名誉を守る為にも手を組むしか無いと」
先程、食堂から出て来る際に人々から受けた、自分達に対する嫌悪感を隠そうともしない視線を思い出していた。
「その通りです。恐らく、仲間があんな事件を起こした以上。ブルー君のアルバイトの内定も取り消しになるでしょう。もしも、レッドを始末した暁には私が関係する会社に雇って上げましょう」
「ちょっと待ってくれ!私は、始末の提案なんてしに来たつもりはないぞ!」
「ほぅ。では、どういった提案を?」
「彼と話がしたい。私が矢面に立てば、彼もいきなり攻撃をするということは無いはずだ」
「唐沢司令!それは無茶だぜ!アイツ。グリーンのことをぶっ殺していたじゃないか!」
「だが、試してみる価値はあるな。俺はアイツの寝床を知っている。アイツは携帯を持っていないから、そこで書き置きを残しておこう」
「無駄だとは思いますがね」
シュー・アクはその様子を蔑みながら見ており、イエローとブルーもまた期待はしていなかったが、唐沢だけは必死な形相を浮かべていた。
そして、出来上がった書面をブルーが受け取り、レッドの寝床としている車の中に放り込んできた。
~~
夕方頃。下水道を通って自分の車に戻ってきた大坊は、車が撤去されていない事を確認した後、運転席のシートに置かれている紙を手にとった。そこには見慣れた司令の筆跡と共に指定の場所へと来て欲しいと言う旨が書かれていた。
残った僅かなガソリンを用いて車を動かし、指定の場所へと向かうと。そこには見慣れた顔が居た。
「大坊君。久しぶりだね」
「お久しぶりです。司令官。それよりも聞いて下さい。シュー・アクの奴が復活していたんです。今こそ、エスポワール戦隊の皆に声を掛けて再結集をしないと!」
1年ぶりに見た司令官の声色は変わらず優しい物であり、その雰囲気を懐かしく思った彼は、思わず現役の頃と変わらぬ抑揚で話しかけていた。すると、彼は諭すように言った。
「いや。エスポワール戦隊の戦いは終わったんだ。悪の組織『ジャ・アーク』も崩壊した。彼も誰かに危害を加えている訳ではない」
「唐沢司令?何を言っているんですか。奴は『ジャアーク』の幹部で、俺達は『エスポワール戦隊』ですよ!? 奴らと戦わなくてどうするんですか!?」
唐沢司令の返事に大坊は失望を露にしながら叫んでいた。しかし、それでも根気強く。彼は生徒に話す教師の様に話を続けた。
「それは皆が考えていかなければならないことだ。ブルー君だってバイト先を見つけた。イエロー君だって働いている」
「考えなければならない? 30歳を過ぎて、職歴に何も書けない俺を何処の会社が雇ってくれるんですか?コンビニのバイトだって警備員のバイトだって雇って貰えなかったんですよ?」
大坊の手は震えていた。何時もならば、この義憤を汲み取り作戦を組み立ててくれていた司令が自分のことを懐柔しようとしてくる事に怒りと悲しみを覚えていた。
「大丈夫だ。少し失敗して気が滅入っているだけだ。30を過ぎてもバイトで働いている人間なんて大勢いる。ワシだって、今は市役所で働いている」
「俺はその『大勢』の中に入れなかったんですよ!最初に中小企業に面接を受けに行った時も人事の奴に説教を食らった!バイトの面接の時も苦笑いをされた!今まで、皆の平和を守ってきたのに、必要がなくなればこの仕打ちだ!俺達がこの世界を守ったって言うのに!!」
「……そうやって。皆、耐え忍んで働いているんだ」
「何で我慢しないといけないんですか!? エスポワール戦隊に居た頃は違った! 何時だって怪人や戦闘員が目の前に居た! そいつらを倒せばよかった! 信頼できる仲間も支えてくれるスタッフ達も居た! でも『ジャ・アーク』が失くなったら、皆離れていった! そして、さっさと新しい生活に馴染んでいった! でも、俺やピンクは馴染めなかった!」
大坊は大声を張り上げた。その目には涙を浮かべていた。たった、1年の間で輝いていた生活は侮蔑と嘲笑に満ちたものになり、その中で受けた仕打ちは彼の自尊心をズタボロに傷付けていた。
「俺達は巨悪に対抗することで皆に希望と勇気を分け与えた!でも、皆は俺達に希望と勇気を分け与えてはくれなかった!俺達は差し出すだけ差し出したら用済みだっていうのか!俺は15年間ずっと『エスポワールレッド』として生きてきたんだ!今更どうやって『大坊乱太郎』に戻れって言うんですか!?」
「これから取り戻していけばいい!」
「戻れるが無いだろう! 誰が俺を必要としている!? 俺達の人生はスタッフロールで締め括られちゃいない。いや、まだ終わってすらいない!」
興奮した彼が唐沢司令官に掴み掛ろうとした所で、二人の間に銃撃が放たれた。放たれた方を見ると、そこにはかつての仲間がいた。
「いや。終わったんだよ」
真っ青の強化外骨格(ヒーロースーツ)を装着して二丁拳銃を構えている姿と目に眩しい黄色のスーツを装着して、重量級のハンマーを装着した姿は。かつて共に戦った仲間のそれであったが、今では自分に矛先を向けていた。
「今のお前はヒーローでも何でも無い。ただの殺人鬼だ!」
「畜生!罠だったのか!やっぱり、皆も操られているのか!」
そこからの装着はまさに一瞬だった。体内から浮かび上がったガジェットを用いて変身するまでの所作は5秒にも満たなかった。
「俺が皆の目を覚ましてやる!」
抜き放ったレッドソードは夕焼けの光を吸収して燦然と輝いていた。かつて肩を並べた者同士が再び矛を交える様子を、近くのドローンカメラが撮影していた。
~~
「ハハハ!!!!」
レッド達の同士討ちをドローンの中継越しに見ていた、シュー・アクは遂に堪えきれずに高笑いを上げた。悪の組織は人々を虐げていたが、同時にヒーロー達に価値を生み出していたと言う皮肉を嘲笑わずには居られなかったのだ。
「父の攻め方は古臭く、非効率的だったのだ。やはり私の方が正しかったようだ」
宿敵の同士討ちを気持ちよく眺めていたシュー・アクは、空いたグラスにワインを注いだ。血の様に真っ赤な液体が幸福感と共に臓腑に染み渡った。
「(後は弱ったやつを私が叩けばいい。そうして、この国を拠点にして世界を支配してやろう)」
これからのサクセスストーリーを夢想していると、中継映像が突如として途切れた。機材を弄ってみるが再度映る様子はなかった。
そして、邸宅の周囲の様子がおかしい事に気付いた。住民達が叫び声を上げながら逃げ惑っている。ただならぬ様子に彼は冷や汗を流した。表に出て、車のエンジンを掛けてガレージを開いた所にソイツは居た。
「シュー・アクめ! 俺がいる限り、お前の悪事は見過ごさんぞ!!」
先程まで、ここから遠く離れた場所で同士討ちをしていたはずの男が居た。手にしたレッドソードは返り血で汚れており、スーツの表面には同色の体液が付着していた。
何よりも恐ろしいのはその声色で。1年前から何も変わらないヒーロー然としたものだった。シュー・アクも慌てて怪人態に変形しようとしたが。それよりも早くにレッドが動いた。
「レッドソード!」
変身するよりも先にボンネットごと首を刎ねられた。その刀身に迸っていた炎は、彼が乗ろうとしていた車のガソリンに引火して爆発を引き起こした。
「正義は勝つ!俺達エスポワール戦隊の勝利だ!!」
車の爆発に巻き込まれて、シュー・アクの豪邸が炎上していく。周囲にはパトカーや機動隊の装甲車両。更には自衛隊までもが駆けつけていた。そして、その中から拡声器越しの声が飛ぶ。
「投降しろ!君は囲まれている!一体何が目的だ!」
「何が目的って?それは…」
何かに引火したのか豪邸はもう一度爆発を起こした。そのエフェクトを背景にして、レッドは決めポーズを付けて名乗りを上げた。
「俺はエスポワール戦隊のリーダー!エスポワールレッド!皆の平和と正義を守る男だ!!」
そう言うと。彼は背後の灼熱をレッドソードに吸収させながら、暴徒鎮圧用の装備に身を固めた集団へと突っ込んで行った。彼の正義は始まったばかりである。
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