スマホ宗教に入信するには

ちびまるフォイ

全知全能の神スマホ

一番古い記憶は両親と山に登ったときだった。

頂上には鳥居があり、祭壇の上にはスマホが置かれていた。


「さあ、あなたも頭を下げなさい」


「え? ええ? スマホでしょ?」


「なにいっているの!! 全知全能の神よ!! 崇めなさい!!」


祭壇に置かれたスマホの前にひざまずいて頭を下げた。

両親はスマホに畏敬や感謝の念を読み上げて、食べ物やお金を捧げた。


「ねえ、お母さん。なんでスマホなんか祀ってるの?」


その帰り道、なんとなしに聞いたその一言で母親はブチ切れた。


「私達の生活を見守り、生み出して支えてくださっている

 おおいなるスマホ神を"なんか"ですって!?

 どうしてそんなことが言えるの!? 人間社会の毒に侵されたのよ!!」


その後は分厚いスマホ教典で何度もぶっ叩かられた。


両親が怒るからという理由で小さい頃は従っていたが、

成長するにつれ自分の家族が「スマホ教」に入信していることを知った。


あらゆる面で便利なツールであるスマホを神と崇め奉るカルト宗教。


知り合いも友達も、私の周りの人間はすべてスマホ教の入信者なので

これがおかしいなどとは思わなかった。


スマホ教によれば絶対にして唯一の神であるスマホの価値を疑うことは、

心に穢れがある悪しき人間であるということらしい。


生まれたときはみなスマホに対して絶対の忠誠を誓い、

揺るぎないその価値を信じるのだという。意味わからない。


今となっては文句や不満を訴えることもなく、

表面だけスマホ教にしたがいつつも心ではバカバカしさを感じながら

今日も布教活動に余念のない熱心な信者のふりを続けていた。


「こんにちは。あなたは神を信じますか。

 私達の生活を支えているスマホを敬うことで、

 あなたの悪しき心は救われ、魂のクラウド天国へとアップロードされるでしょう」


こんなやばめのスマホ教に入信する人もおらず、

一軒一軒に布教活動をしては嫌な顔をされて追い返された。


バディとなる同い年の友達に声をかけた。


「はあ、喉乾いた……ちょっと休憩しよっか」


「うん」


近くの公園で一休みしていると、スマホ教の友達がぽつりとうちあけた。


「実は私、充電の儀の巫女に選ばれたの」


「そうなんだ。おめでとう」


他の入信者から浮かないようにしているだけの

にわか信者の自分には知らない儀式だった。


布教を終えて家に戻り、なんとなく気になったのでスマホ宗教の聖書を開いた。


「えっと充電の儀……充電の儀……あった」


読んで内容を頭に落とし込むまで時間がかかった。

書いてあることがあまりに信じられなかった。


充電の儀とはスマホに命を注ぎ込むこと。

はやい話が生贄だった。


これから人身御供として命を捧げる友達を私は雑に「おめでとう」なんて言ってしまった。


「と、とめないと!!」


慌ててスマホが祀られている神殿へと急いだ。

友達はすでに生贄装束に身を包んで、体を水で清めていた。

手にはポータブル充電器と鋭いナイフが握られている。


「待って!!」


自分の命を捧げようとする友達に叫んだ。

私の声に気づいた友達は驚いていた。


「どうしてここにいるの……?」


「そんなことどうだっていい!

 たかだか充電するだけで、なんで生贄にならなくちゃいけないの! おかしいよ!」


「私達の生活を作り支えてくださっているスマホ神様に、

 充電ケーブルを差し込んで命を吹き込ませていただける。

 それは神様と心身合一することなの。

 肉体は電子の海に還るだけで私が消えるわけじゃない」


「ひとっつもわかんないよ!!」


友達の目にはなにひとつ疑いの光もなかった。

自分の命を捨てることに対する恐怖もない。


これ以上どんな言葉をかけても届かないだろう。


私の視線は友達ではなく祀られているスマホへと向けられた。


「こんなもの!! スマホなんかがあるからーー!!」


祭壇のスマホを手に取り、地面に叩きつけようと振りかぶったとき。

ブブブとスマホが揺れ始めた。


びっくりして手を離すと、落ちたスマホの画面が光り始める。


「ああ……なんて運がいいの……! 誕生の儀が見れるなんて!」


光を放つスマホの液晶からは人間の手がのびるところから始まり、

人間がスマホの画面から生まれてきた。


「うそ……こんなことって……」


スマホから生まれた人間は、神の分身であるスマホを覗き込みながら歩いていった。


「ね? わかったでしょう? 私達はすべてスマホから生み出された。

 私の命はもとの本流へと戻るだけでけして失われるわけじゃないわ。

 スマホの中の大いなる命の円環に加わるだけなの」


友達は充電の儀の前に貴重なものを見れたと涙を流した。


私はこれまで懐疑的だった自分がとても恥ずかしくなった。

こんなにも尊大で敬うべきスマホ神をあまつさえ一度壊そうとしていたなんて。


これもきっと人間社会に毒されたことで母なるスマホへの忠誠が穢されていたのだろう。

罪滅ぼしと魂の浄化をし、またスマホから生まれたときのように清らかな存在にならなくては。


私は誰よりも熱心な信者になることを、友達の遺体の前で誓った。

そして今日も聖書を手に民家を回る。




「こんにちは。あなたも大いなる神を信じませんか?」

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