4.遺書にならなければと思う

「地底人とお認めになっちゃことでちゅ」

「はい」

「ちょれで、まだお時間よろちいでちゅか」

「ええ、かまいませんけれど」

「どこか落ちちゅくちょこで、くわちく話ちてもらえまちゅか」

「わかりました」


 このようにして、地上で初めて言葉を交わした人、それも飛び切り綺麗な女の子に、今はないはずの地底人の尻尾をつかまれてしまった。この笑顔がとても可愛らしい小芥子のような子に、地底人について、あれこれと説明しなければならないようだ。

 その子がオレっちに背を向け、ゆっくりと歩き出す。まるで「逃げようとちても無駄でちゅ」とその小さな背中で囁くかのように。

 覚悟を決めたオレっちも、手にだらりと持っていた三味線を固く握り直して、彼女の後に続く。


 雨はもう止んでいる。空が暗くなってきている。少しばかり冷えてきたかな。雨合羽を着たままだったから、寒くはないけれど。

 おっと、さっきの新曲。実は三番まであるのだ。

 歌う暇はないけれど、詩だけは残そう。ちなみに、一番はビニール傘、二番はビニール合羽、三番はビニールタオルのたたき売りだ。ビニール傘が高いのは、金属が高いから。それとビニールタオルなんて、誰も買わないだろうか。


 いちまい、五十塩ごじゅえん

 にまいも、五十ごじゅえーん

 さんまい、ごっじぇーん

 せやったら、たぶん

 さんまい、買うぜよ


 これがオレっちの遺書にならなければ、良いのだけど……。


 喫茶店と呼ばれている所で、二時間くらい話した。と云っても、オレっちだけが地底人について、ひとりでしゃべっていたのだけれど。

 あ、説明するのが遅れていた。例の女の子の名前は、豊巨とよのきょ苺粉いちこと云うそうだ。寿司国と天麩羅国とを統一して、寿司天麩羅国にした偉い人の娘さんだったのだ。オレっちは失礼のないように振る舞えたのか、少しだけ不安だった。

 それと、オレっちの命運だけど、この通り無事だ。寿司天麩羅国は、地底にあるオレっちたちの最中もなか国と友好な関係を築きたいとのこと。良かった良かった。これなら胸を張って兄様に報告できると安堵できた。

 その夜はそれで別れたのだけど、翌日の午後三時にその喫茶店まできて欲しいとお願いされた。もちろん、オレっちは喜んでお受けした。

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