第7話 咲子は足引っ張り専門なのだろうか?

 元無名アイドルの咲子が入店してから一か月過ぎた。

 咲子は、仕事はまともにこなしているが、それにしても野田チーフを始めとする男性に対する馴れ馴れしい行動が目立ちすぎる。

 野田チーフが着替えている時、部屋に入っていき「いいじゃない。野田さんのパンツ姿なんて見慣れてるわ」

 前かがみになったとき「いいじゃん。私の胸、拝みたいんでしょう」なんて言い出しす始末である。ひょっとしてグラビアアイドル志願だったのだろうか?

 無名アイドルのなかには、写真集を発売させるとか、歌手としてデビューさせるとかという名目にひっかかり、騙されて承諾書に決定打となるサインをしてしまい、断わると違約金二千万円必要であり、親まで請求にいくぞ、大学に迎えにいくぞなどと脅され、だまされてAVに出演するケースも少なからず存在するというが、もしかして咲子もそのパターンなのだろうか? 

 もっとも、現在は国会でだまされているのがわかった時点で、メールや電話で断るともう違約金など必要なくなるというが・・・


 ある日、咲子は調理場でまわりの目を盗んで餃子の皿をこっそり隠し、なんと手づかみでパクパクとほおばり始めた。

 私はもちろん「辞めた方がいいですよ」と咲子に注意した。

 咲子は、私の注意など全く受け入れないといった様子で

「いいじゃない。一個食べる?」なんて言い出す始末だ。

 人の注意を聞かない、いや聞く気すらもない。ひょっとして人の意見に耳を傾ける学習能力に欠けているのだろうか?

 これは、発達障害の典型的パターンというのを聞いたことがある。

 そういった部分が誤解され「人の言うことを聞かない生意気で態度の悪い奴」というスティグマ(烙印)を押されるのだという。

 しかし、咲子はきっとお腹がすいているのだろう。

 もしかして、家に帰っても満足に食事を与えてもらっていないかもしれない。


 翌日、また咲子は調理場から、まわりの目を盗み今度はチャーシューを手づかみで食べ始めた。私が止めたらこの前と同じように

「いいじゃない。一枚食べる?」と言い出す始末である。

 まったく私の手に負えそうにもない。


 ある日の夜、咲子と二人でホール周りをすることになった。

 料理の皿とスープを片手ずつ取ろうとしたとき、親指のつま先にヌルリとした感触がして、私は床にすべってあとずさりし、両手の皿を落としそうになった。

 ふと下をみると、調理台の前に敷いているマットが1mほどずらされているのだ。

 幸い、お客さんには一滴もかからなかったが、そばにいるお客さんは明らかに迷惑そうな表情を浮かべたので、私は「申し訳ございません」と平謝りに謝罪せざると得なかった。

 そしてまた、調理の野田チーフに頭を下げ、料理とスープを作り直してもらった。

 これで私は、お客さんと野田チーフというふたつの違った立場の人に頭を下げて回ったのだった。マットの位置がずらされたという事実が8割方、原因である。

 しかし、私は、朝の掃除のとき、いつも調理台の前にマットを敷くことにしているのに、誰かの故意の仕業だろうか?

 考えたくないことだが、咲子の仕業なのだろうか?


 

 

 

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