第4話 最後の砦の中年女性を養育中

 店長の紹介で入って来た女性は、四十過ぎのやつれはてた、上品とはいえないおばさんだった。

 今時、珍しく煙草の匂いがする。

 店長曰く

「ここだけの話、今度入店してきた呉田さんは、水商売出身だけどまあ、女同志よろしく頼みます」

 店長は、女同志という言葉を強調した。

 それは裏を返せば、男性にはいや一般人には理解されがたいが、女性同志だとまあ、理解するというところまではいかないが、理解できるよういたわってやってくれというひとつの懇願である。


 初日、私は呉田に挨拶をした。

「よろしくお願いします。ハイ」

 急に呉田は、横にあったプラスチック製の箱を振り上げた。

「あんた今、ハイと言ったな。あんたのハイは人の心を傷つけるのよ。

 私があんたに手をかけないと思っているのか。

 あんた、今度ハイと言ってごらん」

 と凄むように言った。

 もしかして被害妄想? DVでも受けていたのだろうか?

 それとも、ドラッグ中毒? 

 相当ヤバそう。しかしこれも社会勉強だな。

 私は持ち前の好奇心が、むくむくと沸いてくるのを感じた。


 呉田は、地下一階のホールの横にある仕込み場で、食材の仕込みをしていた。 

 私は呉田のお手伝いというよりも、もっと正確にいうと尻拭いの荷物運びをする、いや、やらされることになった。

 なぜ、私が呉田と組まされたのか、それは私以外に呉田と接する人物が誰もいなかったからである。

 本来呉田の仕事は、食材の仕込みとそれを一階の調理場に持って行くことだった。

 しかし、呉田は何を勘違いしているのか、食材を一階の調理場に持っていくのが私の仕事であると大きな勘違いをしているようだった。

 このことは、呉田に言っても無駄なので、黙っておくことにした。


 呉田はことあるごとに私にケンカを売ってきた。

「この荷物持って行っていいですか?」

「あんたそんなこともわかんねえの。まあ、あんたは度を越えたバカだから」

 などと見当違いの言いがかりをつけてくる。

 本来、荷物運びは呉田の仕事であるが、呉田は私が呉田のしりぬぐいをしていることに気付いていない。

 本来ならば「私の代わりに荷物運びをしてくれて有難う」の筈なのに。

 呉田は、しつこく私にケンカを売って来た。

 それも一日も欠かさず毎日である。

 

 皆は、呉田を嫌っていた。もはや店長までも呉田を気味悪がり、会話すらもできないほどだった。

 呉田はそのことに気付いていながらも、しつこく私にケンカを売ってくるが、私はもちろん相手にならない。

 呉田は被害妄想だけではなく、攻撃的でもある。

 先に、私に攻撃することで、攻撃されるのを防御しているんだろうか?

 とすると、呉田はDVなどなんらかの被害者であろう。


 呉田は、以前調理の経験があるらしく、カウンター内で餃子を焼いていた。

 まあ、それはまともにこなしていた。

 私はホール周りをしていると、呉田はヤジを飛ばすのだった。

「もっと早くやれ。ほらボヤボヤしてないで」

「間違えかけたな。あほ」

 客はうんざりしたような顔で呉田を眺めているが、関わり合いになりたくないのだろう。無言でうつむいている。

 呉田は私を手招きした。

「あんた『はい』と言うのを辞めてくれないか。あんたの『はい』は叫んでるみたいだ」

 思わず私は「はあ?」と首をかしげ、大笑いした。

 途端に呉田は、私の腕をつかんで引っ張り、ドアに引きずり出そうとした。

 どうやら、私を追い出そうとしているらしい。

 さすがに客から苦情が出た。

「おばはん やめとけ」と客は制止すると、呉田はまるで我に帰ったように、私の手を振り払い、なぜか笑い出した。

 そのとき、ある客が呉田の顔を見て「アッ」と言った。

 その途端、呉田は顔がこわばり、蒼白になった。


 

 



 


 


 

 

 

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