第3話 養育係はもう御免こうむります

 ある日店長から、忙しいランチタイムの時間帯に克子は、一人でホール周りをするよう命じられた。

 克子はやはりというか予想通り失敗し、客に注文とは違った料理を出して、客からは叱責された。

 でも私はコックに頭を下げて、客からの注文の料理をつくるよう依頼した。

「もっとちゃんとしてよね。私はあなたに何回も教えたでしょう」

 彼女は殊勝に「すみませんでした」と言った。

 今度からは、まともに仕事をしてくれるだろうという一抹の希望が生まれた。


 翌日、克子は珍しく遅刻してきた。

 遅刻だけはしないところが、克子の長所だと思っていたら、その期待感はもろくも崩れ落ちていくようだった。

 信じられないことが起こった。

 克子は、なんとヤンキーのうんこ座りをし、激辛ポテトチップの袋を開けて、ポリポリと食べ始めたのだった。

 仕事中に何やってんだと怒鳴りたいところを、なんとかこらえた。

 やっぱり、克子はこの仕事に向いていないのだろう。克子には荷が重すぎたに違いない。

 

 克子はその後、私に「二百円貸して下さい」

「何に使うの? 電車賃が足りないの?」

 信じられない言葉が返ってきた。

「ポテトチップ代。あれ、食べだしたら辞められなくなりました」

 まあ、ポテトチップに限らず激辛ものは、人によってはヤミツキになるというのを聞いたことがあるが、それにしてもその代金を私にねだるとは・・・

 ジョーシキというものが欠けている、いや、もう常識の次元が違うのだろうか?

 ポテトチップ代をねだるとは、克子は小遣いも与えられていないのだろうか?

 仕事ができないのを、激辛ポテトチップの刺激で紛らわしているのだろうか?

 私には理解し難い。不思議なこまったちゃんでしかない。

 私は克子のためを思い、親心から発言した。

「今からでも、定時制高校に通学し直した方がいいよ」


 ある日、克子は無断欠勤した。

 翌日、聞いてみると克子は、悪い仲間を付き合いだしたらしい。

 だいたい、人を悪に陥れるのは、最初はポテトチップなど軽いお菓子をおごってやるという。

 一つの袋のポテトチップを二人で分け合って、食べることで連帯感を見出すのである。悪党も誰かれ無しに、ひっかけるわけではない。

 たいてい、地方出身の孤独な人か、克子のように行き場のない若者が利用される。


 克子は、将来どうなるのだろう。

 翌日、なんと元工場長、現アウトロー組長がお忍びで一人で店に現れ、店長を呼び出した。

「克子にはこう伝えてくれ。悪い仲間とだけは付き合うなと約束してくれ。

 もし約束を破ったら、この俺が承知しないぞ」

 やはり、素人とは違う凄みのある目つきであり、言葉に威圧感が感じられる。

 店長は即座に「言質げんちしました」と言った。

 言質とは、後の証拠になる言葉という意味であるが、やはりアウトロー組長は、いくら克子と三歳以降別居していたといっても克子の将来が心配だったのだろう。


 翌日、克子から電話があり

「今まで、短い間でしたが有難うございました。これからは、休学中だった高校に通

うことにします」






と紋切り型の挨拶をした。

 多分、父親の差し金だったにちがいない。

 

 私は内心ほっとしたが、一応店長に伝えた。

「私は克子さんに再三にわたり、仕事を教えましたが、結局養育することができませんでした」

 店長は、納得したようにうなづいた。

「無理ないよ。我が子でも養育するのは難しいのに、ましてや他人を養育するなんて至難の業だけど、あんたはよくやってくれた。

 この次もまた、頼むよ」

 ギョエーッ、この次はどんな女性が入店してくるのだろうか?

「次はね、元水商売の女性だよ」

 店長は、平然として答えたが、水商売と一口にいっても、上は銀座の高級バーから、下見りゃきりがないほど底辺も存在する。

 銀座の高級バーだと、私も学ぶことは多いけど、水商売の底辺というと・・・

 私は思わず身震いしたが、好奇心半分で、世間を知るための滅多にないチャンスだと自分を納得させた。

 

 

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