第2話 一人目のポンコツバイトちゃん
さっそく店長は、若い女の子を紹介した。
ちょっと太り気味でパープルに前髪を染め、両耳に小さなピアスを五か所ずつつけている十五歳の女の子。
名前は克子という。ひょっとしてヤンキー上がりか。しかし、その割には、鋭いところはみじんもなく、むしろのんびり感が漂っている。
定時制高校は中退したという。
「この子は、うちの昔からのお客さんの一人娘。一度店にも来たことあった、元工場長の一人娘だ。今は事情があって別居してるがな」
ああ、そういえば思い出した。
昨年一度だけ来店した、二昔前に倒産したこの近くにあった鋳物工場の工場長だったと名乗る実年男性だ。
チンピラ二人を引き連れ、肩に風を切って来店したときは、なんともいえないアウトロー的な威圧感を感じた。
店長は「やあ、久しぶり。元気にしてた」
と愛想よく挨拶したあと、ひそひそ話が始まったが、店長は顔のひきつりを隠せなか
った。
「まあ、いろいろあったが、お互い頑張って生きような」
「そうだな。あんたも元気でな」のセリフを残し、勘定を済ませたそのとき、チンピラ一人が店長に詰め寄った。
「おい、あんたは、あの人の昔の知り合いだったかしれないが、あの人は今やうちの組の組長さんだ。あんたのような素人に元気でななんて馴れ馴れしく挨拶されたら、示しがつかんのや」
そういってすごまれたあと、店長の顔はなかば蒼白になっていた。
ということは、彼女はいわゆるアウトローの子供というわけ?
昔、著書で読んだけど有名アウトローの子供は、いじめを受けるという。
克子もそのパターンなのかな?
勝手に想像をめぐらすと、店長はフォローするように
「いや、心配ないよ。克子さんは三歳まで俺の知り合い、要するに彼女の父親がアウトローになる前に同居していたが、アウトローになってからは、別居状態が続いている。だから、克子さんは母子家庭で育ったようなものなんだ」
ひとまず安心した。
最初は皿洗いから始まったが、克子は何をするにもスローモーであって間に合わな
い。まあ、この店はランチタイムが非常に忙しいから無理もないが。
食材のありかを教えると、克子はハイハイと素直に答えたものの、本当にわかっているのかと思うほどの、空気の抜けた生返事である。
翌日、私は克子に昨日教えたばかりの食材のありかを聞いてみると、不思議な顔をした。ということは、克子は昨日教えたことを、すっかり丸ごと忘れているのだった。じゃあ、あのハイハイとう返事はなんだったんだろう?
「わからないところがあれば、今のうちに聞いてね」と克子をフォローしたつもりが、返事はない。
そんな日が三日ほど続いた頃、店長からホール周りを教えてやってくれと頼まれた。注文のとり方を教えたが、克子にホール周りが務まるだろうか?
しかし、店長もなぜ克子にホール周りをさせる気になったのだろうか?
はなはだ疑問である。
私の三十分の休憩時間、克子は一人でホール周りをすることになった。
休憩から帰ると、店長を始め他のアルバイトも蒼白な顔をしている。
「克子、何もできないよ。本当に教えてやったの?」
「はい、教えました」
「おかげで、他の子が克子の代理としてホール周りをする羽目になったんだよ。
もっとちゃんと教えてやってね」
私は克子の保護者か? いや、保護者でもそこまで面倒はみない。
それとも、まわりは克子に遠慮し、気を使っているのだろうか?
私は克子にもう一度だけ、ホール周りを教えることにした。
克子にホール周りを教え、尻ぬぐいをするのはこれで五回目である。
克子はいつも悪びれた様子はない。
まあ、十五歳の高校中退者だから、世間の厳しさがわかっていないのだろう。
私はそう思い込み、自分を納得させることにした。
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