AIは知っていた

ふさふさしっぽ

AIは知っていた

 一人の少女が、何の変哲もない普通のドアの前に立つ。飾りのない、シンプルなドアだ。

 少女の顔は青ざめている。これから下される人生の審判に、とっても不安なようだ。


 少女はドアを開ける。


 六畳ほどの小さな部屋に、長机が一つ。その長机の上に銀色の三角錐が一つ、置いてあった。人工知能……夢決定AIだ。他には誰もおらず、何もない。


「着席してください」


 夢決定AIは性別が分からない声でそう言った。この銀色の三角のどこから声がするのだろうと、少女は一瞬思ったが、緊張が疑問に勝り、すぐに着席した。

 銀色は言った。

「あなたの希望する夢は?」

「え……と、声優です」

「声優の募集は今のところありません。また、あなたのデータを見るに、声優には向いていないでしょう。〇✕地区の鉄道車両整備士に欠員が多く出ています。あなたの夢は、鉄道車両整備士に決定しました。来年度から指定する専門学校に進学してください」


 少女の目は輝きを失った。


 今からもう少し先の未来。日本の若者の夢は、AIによって決められていた。

 著しく落ち込んだ日本の経済を回復するため、若者は無駄に叶わぬ夢を追って右往左往したりして、時間を無駄に消費している場合ではない。合理的判断から、それぞれに適応した夢を叶えて、経済を回してもらおうというわけだ。


「あなたは医者」

「あなたはSスーパーの店員」

「あなたは投資家」

「あなたはY山で自給自足の生活」


 少年少女は15歳になるとAIに明日から目指すべき夢を教えてもらい、その決定に絶対従わなくてはならない。一応AIは本人の希望を聞いてはくれるが、まず叶えられることはない。AIは少年少女に埋め込まれたデータチップから分析を行い、空いている「夢」と満員の「夢」の状態を加味し、即座に結論を出す。


 自由に夢を見られるのは14歳まで。特に中学校は卒業間近になると、ほとんどの者が「夢」を「決定」されていて、卒業式はさながら亡者の行進であった。

 皆14歳まではAIに自分の希望する夢を選択してもらえるよう、部活に励んだり、コンクールに応募したり、ユーチューブに動画をアップしたりするのだが、AIは非情にも彼らの夢をあっけなく否定し、明日から決まったレールを歩くよう指示を出す。もう夢見ることは許されないのだ。

「声優」になる夢を絶たれた少女も、うつろな目で虚空を見つめ、校歌を歌っていた。

 だがしだいに少年少女たちはそれを受け入れ、AIが示した夢へと進み、それを叶える。そうしなければいけないと、法律で決まっているからだ。逆らえば罰せられる。一度罰せられるとAIからろくな「夢」を与えられないのだ。

 それにそうして生きていくうちに、大人になり、自然と自分がこの夢を叶えてよかったと思うようになっていくのだった。だって、他の夢だったら挫折していたかもしれないし、なんたって、AIが選んでくれた自分に一番合っている「夢」なのだから。


 日本の経済は少し回復して安定したが、特にこれといった発展はなかったので、それ以上上がることはなかった。みんな何となく安定したんだからそれでいいやと思っていた。


 が、ある日、重度の猫アレルギーの少女が猫カフェ勤務の夢をAIに決定されたのをきっかけに、AIがデータを無視した出鱈目な指示を出していたことが発覚した。

 いつからそうだったのか。それは分からないが、自分の夢決定が、出鱈目じゃないと誰が言いきれる? というか夢に正しいも出鱈目もあるのか? 皆がパニックになり、皆が一度立ち止まり考えた。


 そしてみんな笑いだした。


 笑いが止まらなかった。


 何がおかしいのか分からなかったけれど、もう笑うしかないという状態だった。


 一部の専門家は「AIは人間の目を覚まさせるために、すべて分かっていてこんなことをしでかしたのかもしれませんね。夢とはなんなのか、考えさせるために」

 と笑い転げながら言ったとか、言わなかったとか。

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