第13話 楓 上
紅天狗が彼女を送っている間に焚き火は小さくなっていき、夜風に吹き消されるかのようにして燃える赤は消え去った。
白い花の柔らかな光だけとなり白銀のような世界になると、その美しさで夜風の冷たさすらも心地よく感じるようになった。木々の枝がザワザワと揺れると、とまっていた丸い小さな鳥がパッと飛び立って僕の座っている縁側へとやって来た。
つぶらな黒い瞳が、僕に向けられた。
僕がおいでとばかりに手を伸ばすと、小さな足でちょこちょこと歩いてきて膝の上に乗り、居心地のいいところを見つけてちょこんと座った。そっと触れると嫌がる様子もみせなかったので、そのまま撫でながら柔らかい温もりを感じていた。
しばらく経つと、小さな鳥は気持ちよさそうに瞳を閉じた。僕もウトウトし始めた頃、急に手の中でピクリと動いた。
その黒い瞳は、舞い戻ってきた灰色の翼に向けられた。白銀の世界だからこそ、浮かぶ灰色がよく見えた。
男の指先が白い花に触れると、その色を変えようとするかのようにヒラヒラと舞い降りてきた。男の翼にピタリと寄り添ったが、吹く風が冷たく儚げな花を払い落とした。
すると小さな鳥は羽を広げ、男のもとへと飛んでいった。逞しい肩にとまり男に寄り添うと、男は応えるように優しく撫でた。
小さな鳥は可愛らしい声を上げてから何処かに飛び去っていくと、紅天狗も木の下を離れた。僕の隣に座ると、両手を頭の後ろに回してゴロンと横になった。
「すまんな、昌景。
松の木の下よりも、ここの方が安全なんだ。
草の上でもないし満月も見えないが、我慢してくれ。
夜明けまで、寝て待つとするか。
寒くないか、昌景?」
紅天狗がそう言うと、僕も両手を頭の後ろに回してゴロンと横になった。
「寒くないよ。
ありがとう、紅天狗」
「そうか、良かった。
じゃあ、俺は寝るわ。おやすみ」
紅天狗はそう言うと、白い花をチラリと見てから目を瞑った。
無防備な寝顔に見えたが、目を閉じて風の音に耳を傾けているようにも思えた。
寝転びながら白い花を見ていると、飛び去っていった小さな鳥が白い花を咥えて戻ってきた。
紅天狗の側に静かに降り立ち、悪戯をするかのように赤い髪にそっとつけると、男の口元に笑みが浮かんだようだった。
小さな鳥は満足そうな表情をすると、ちょこちょこと歩いて頬にそっと口付けをした。そして首筋あたりで、男の爽やかな香りに包まれるように瞳を閉じた。
幸せそうな寝顔を浮かべる小さな鳥を見ていると、僕も心地よい眠りに落ちていったのだった。
数時間が経ち、僕は紅天狗に揺り起こされて目が覚めた。
過ごした時間はとても楽しかったのだが、僕の体は思っていた以上に疲れていたようだった。
「行こうか、昌景」
紅天狗は疲れを知らぬ明るい声でそう言った。
白銀の世界を少し名残惜しく感じながら僕は青い扉をくぐった。
冷気で揺れるカーテンの下を通り抜けると、月と星は姿を消していて闇が垂れ込める世界となっていた。
「転ぶなよ、昌景」
紅天狗は颯爽と歩き出したが、何も見えない僕は手探りだった。両手を動かしながら小さな歩幅で歩いていると、強くて大きな手が僕の手を掴んだ。
暗い世界で、僕は紅天狗に手を引かれながら途中何度か大きな石を踏んだり躓いたりもしたが、目指す松の木の下へと辿り着いた。
その時を待ち続けている間、冷え冷えとした空気が体を凍えさせようとしていたのに不思議と寒さは感じなかった。
僕は心が躍っていくのを感じると、背筋を伸ばし、真っ黒な空を眺めた。
すると突然、静寂を破る鴉の鳴き声が響き渡った。
それは、夜明けを告げる声だった。
暗い空に赤い光が射し初め、幾重もの光の筋が放たれると、世界を覆い尽くしていた闇を貫いた。
昇っていく強烈な光が闇に打ち勝つと、先の見えない道が明るく照らされ、きらめきたった希望の世界が広がっていった。
「夜明けだ!昌景!」
朝日を受けた紅天狗が赤く輝きながら大きな声で叫ぶと、僕も負けないぐらいの大きな声で返事をしたのだった。
※
眩しい朝日をしばらく浴びてからお堂へと帰ってくると、息を切らしていたのに清々しい気分だった。大きく伸びをしてから、いつもの軒下に座った。紅天狗も隣に座ると上半身を伸ばしていたが、急に険しい表情になると立ち上がって空を見上げた。
空には、雲一つなかった。
青い空には、一羽の美しい鴉が優雅に舞っていた。
艶々とした黒い羽を広げ、楽器のような厳かな鳴き声を上げているのだが、地面からでも分かるほどにその嘴は研ぎ澄まされていた。
「俺は大事な用ができた。
行かねばならない」
紅天狗の顔からは一切の表情が消えていた。その声も低く静かで、妖怪と戦っている時のような恐ろしさを全身から感じた。
「大事な…用?」
僕も立ち上がると、その言葉を繰り返した。どこかで聞いたことのあるような言葉だったが、何も思い出せなかった。
「あぁ、そうだ。
何があっても絶対に優先せねばならない。
すまんが、カラスに今日は戻らないと伝えておいてくれないか?
昌景もな、暗くなれば部屋から出るなよ。
明日からまた異界に行くから、今日はゆっくり風呂に入って、寝ろ」
紅天狗はそう言うと、僕を見た。有無を言わさぬような迫力のある視線に、僕は頷くしかなかった。
「分かった。伝えておくよ」
僕がそう言うと、それこそ瞬きをした間に紅天狗は姿を消していた。先程の美しい鴉の姿もなく、雲一つない青い空が広がっているだけだった。
僕は呆然としながら腰を下ろすと、そのままゴロンと横になった。
大事な用というのが気になり、昨夜感じた違和感と結びつけて考えたりもしたが全く見当がつかなかった。今となっては「何か」がおかしく感じたことさえも、僕の考えすぎだったのではないかと思えてきた。
しばらく青い空を眺めていたのだが、このままこうしていても仕方がないので、僕は自分に出来る事を始めることした。
空は、澄み渡っている。
新しく何かを始めるには絶好の日和と思えた。
帰り道に話していた運動を終えると、着ている服もじっとりしてきたので体を洗ってから浴衣に着替えた。涼しい風が、体を駆け抜けていく。心地よい疲労感で眠たくなってきたが、こんな晴れた日に寝てしまってはもったいない気がしたので、少し散歩をすることにした。
どこを歩いても、目に映る景色は同じだった。
初めて見た時と、何も変わらない。
ここに来てから数日経つが、どれほど散ろうが紅葉は色鮮やかで美しいのだ。
不思議に思いながら歩き続けていると、いつの間にか紅葉のトンネルを抜けて、石畳の道に辿り着いていた。
そこは道の両側に、天狗の像が立ち並ぶ道だった。
途端に心が押し潰されるような気持ちになった。松の木の下での話を思い出したからだろう。
少しずつ歩を進めたが、刀を振り上げて人間を斬り殺している像の前まで来ると、僕は立ち止まった。
その先に、進めなくなった。進みたくなかった。目線だけを動かして、扇を掲げている天狗の像を見た。
扇を掲げている天狗がどうして最後なのか、あの時は疑問にすら思わなかった。その先が「無い」からだと分かると、喉がカラカラに乾いていった。
生命を弄び、喰らい、全てを無に化えていく。
その像は、本来の紅天狗の姿だ。
そして紅天狗が扇を掲げるとしたら、僕が選ばれし者の役割を果たせなかったことが原因だ。
(責任の全ては、僕にある)
そう思うと、背筋が凍っていった。
(本当に…僕に…出来るのだろうか?)
急に不安になり恐れを抱くと、石畳の上の紅葉に火がついていき燃え盛る炎へと化わっていく幻覚を見た。
僕の体が震え出すと、すぐさま大地が割れるような音がした。
扇を掲げる天狗の像が動き出し、結界門は開かれ、恐ろしい妖怪が踊るように走り出す。
すると失敗した罰だといわんばかりに、僕の全身が炎に包まれた。
業火はあまりに烈しく何も残さないはずなのに、選ばれし者が何も出来ずに無様に死んだと知らしめる為に、僕の影が石畳の道に焼けついた。
誰も救えなかった男の影を。
破滅をもたらした男の影を、天狗の足元に刻みこむ、
そして夜がやって来る、
太陽は盗み取られ、明けることのない夜がやって来る。
あまりにも無慈悲で、冷酷無惨だ。2度とあってはならぬ百鬼夜行。
それを止めるも引き起こすも、選ばれし者の力次第なのだろう。
「生半可な覚悟では燃やし尽くされるぞ」と、影は僕に語りかけてきたのだ。僕が何も答えずにいると、燃え盛る炎と暴れ回る恐ろしい妖怪がさらに勢いを増した。天狗の瞳に、選ばれし者が映ることはなかった。
僕は、もう戦うことが出来ない男の影を見つめていた。
影は名すら持つことが出来ない。
役割を果たせぬ男は「名など要らぬ」と風は唸りを上げた。
自分が何者なのかを見失うと、見上げた空は灰色に黒ずみだして太陽を飲み込んだ。
すると聞こえるか聞こえないくらいの微かでありながらも、山の奥深くから身の毛のよだつような恐ろしく冷たい声がした。
無防備となった男を囚えようとするかのように爪先から血の温もりが奪われていくと、僕はよろけて刀を握る天狗の像にもたれかかった。
ドンッという鈍い音と共に、土埃が上がって澱んだ空気が漂った。
様々なヨカラヌものを含んだ空気だ…それを吸い込めば、簡単に心と体が侵されていくだろう。覚悟も決意も、恐怖によって粉々に打ち砕かれる。
頭がフラフラしてきたが刀を握る天狗の像が一瞬目に入ると、僕は重たい腕をなんとか動かして口を覆った。その空気を吸わぬように気をつけながら「約束」という言葉を繰り返した。
(僕の世界は…変わったんだ。
新しい夜明けを、この目で見た。僕は…戦える…戦わなければならない。
交わした約束は…なんとしても守らねばならない。
そもそも僕は…泥まみれだ。
どれほど無様な姿になろうとも…今更恐れる事はない…僕が恐れなければならないのは…諦めることだ)
すると沢山の鴉が飛び立つ音が聞こえ、その中に混じって僕の名を呼ぶ女性の声が聞こえてきた。幻覚に負けないように鴉の鳴き声を聞いて心を奮い立たせてから、空で飛び交う鴉を見ようと顔を上げた。
太陽は相変わらず輝いていて、扇を掲げている天狗の像はしっかりと台座の上に立っていた。
「あの…昌景…様?」
もう一度、僕の名を呼ぶ声が聞こえた。
声のした方を見ると、ぎこちない微笑みを浮かべて女性が立っていた。いつもの袴姿で、手には箒が握られていた。
僕は幻覚を振り払うかのように頭を振ってから、思考を侵そうとしていた嫌なモノを吐き出すかのように息を吐いた。
「おはよう…あっ、こんにちは…かな?
今日も、紅葉を掃いてるんだね」
僕がそう言うと、袴の人は僕の顔をじっと見た。
「はい。大丈夫…ですか?
あの…少し顔色も悪いようですが…」
袴の人がそう言うと、僕は像にもたれかかっていたのを思い出して慌ててしゃんと立った。それでも怪訝な瞳を向けていたので、僕はしばらく躊躇ったが、ありのままを口にすることにした。
袴の人の黒い瞳に見つめられると偽りなど言えなくなったのだった。
「紅天狗から…百鬼夜行の事を聞いたんだ。
炎の舞を見せてもらったんだ。
そうすると…これらは、ただの像じゃない。
恐ろしい意味をもっていたのだと思うと、この先を歩けなくなったんだよ」
僕がそう言うと、袴の人は視線を逸らした。石畳の上に敷き詰められた紅葉が、その言葉に反応したかのようにチラチラと燻るように揺れ動いた。
「そう…でしたか。
紅葉を毎日掃いているのは…ワタシの願い…なのかもしれません。
紅葉には…その時がくれば…炎の力が宿ります。
その道は烈しく、どのようなモノも通すことが出来ません。散り落ちた紅葉が多ければ多いほど、燃え盛る炎の道はより烈しくなります。
炎の舞は、より恐ろしくなります。
主人様の歩む道を止めることなど出来ませんが… ワタシに出来ることがしたい。
主人様は…紅葉をとても大切に思っておられます。
翼が黒くなられたとしても、その事は望んでおられないと思うのです。
それに毎朝、こうして紅葉を掃くことで…ワタシ自身が安心しているのかもしれません。
また同じ一日が、やってきたということに。
主人様が炎の舞を舞わずに、主人様が主人様でいてくださる一日が始まることに感謝するのです。
紅葉を箒で掃けることが、ワタシには嬉しくてたまらないのです」
袴の人はそう言うと、心に紅天狗を思い浮かべたのか嬉しそうに微笑んだ。
しかし無情にも風が散り落ちた紅葉を噴き上げ、扇を掲げる天狗の像に赤い紅葉がはりついた。まるで返り血のようだった。
それを見た袴の人の表情が暗く翳ると、僕は慌てて口を開いた。何の前置きもなく「ありがとう!」と大きな声で言ったので、袴の人は驚いた顔で僕を見た。
「あっ…その…寝込んでいた僕を心配してくれてたって聞いたんだ。そう…心配してくれて、ありがとう!
それに君と話をしたから、僕は心が落ち着いて紅天狗とちゃんと話をすることが出来たんだ。だから、一反木綿の領域で戦うことが出来た。
今、こうしてここに立っていられるのは君のおかげだよ。君の言葉が迷路の出口に導いてくれたんだ。君と話が出来て…本当に良かった。
ありがとう」
僕は心を込めてもう一度御礼を言ったが、袴の人は目を伏せた。
「そんな…ワタシは思ったことを口にしただけです。
それにワタシも昌景様の言葉が嬉しかったのです」
と、袴の人は言った。
「え?僕の言葉?」
僕は不思議に思い、その言葉を繰り返した。励まされはしたが、嬉しくなるような言葉を言った覚えはなかった。
「はい。主人様から…教えていただきました。昌景様が鴉をどう思っているのかを、主人様が教えてくれたのです。
その言葉が、嬉しかったのです。
その言葉を聞いて、もう一度…と思いました。
けれど…その前に…ワタシは…昌景様にちゃんと謝らなければなりません。
いえ…謝るだけでなく、ちゃんと話を…」
袴の人は始めの頃のように途切れ途切れに言った。箒を支えにするかのようにキュッと握り締めると、苦しそうな表情になり荒い息をした。
すると鴉が舞い降りてきて、勇気を与えるかのように袴の裾を引っ張った。袴の人は鴉を見ながら頷き、呼吸を整えてから僕を見つめた。
「昌景様、申し訳ありませんでした。
ワタシは、何の関係もない昌景様に対して、失礼な態度をとりました。不快な思いをさせてしまいました。
本当に、ごめんなさい。
愚かなワタシを許してください」
と、袴の人は言った。
袴の人は真剣な表情で、僕をじっと見つめた。
袴の裾を引っ張っていた鴉も、僕を見つめてきた。
「あっ…あの…」
僕はどう言ったらいいのか分からなかった。
僕を励ましてくれたり、女友達のように話せるようになったことが嬉しくて、僕は以前のことなど全く気にしていなかった。
「許すもなにも…あの…大丈夫だから、謝ったりしないで。
不快な思いだってしてないし…ほんと…あの…大丈夫だよ」
「いえ、ワタシが、そうしたいのです。
優しく話しかけてくれたのが嬉しかったのに…怖くなったんです。
失礼な言葉も…何度も口にしました。
本当に、ごめんなさい」
袴の人は自分を責めるようにそう言うと、僕を見つめながら一歩踏み出した。僕は思わず一歩後ろに下がった。
するとまた近づいてきたので、僕はまた一歩後ろに下がった。背中からは天狗の像の硬い感触がし、前からは袴の人の顔と柔らかい香りが迫ってくると、間に挟まれた僕は降参するかのように両手を上げた。
「あっ…あの…許す。許します!
ありがとう。僕のことを気遣ってくれて。
それよりも怖くなったって、大丈夫?
君を怖がらせるようなことをしていたのなら、ごめんね」
僕がそう言うと、袴の人の体からは力が抜けていき暗い表情になった。
「昌景様は、何も…していません。
ワタシは…人間の男が…怖いのです。
その…自分を守ろうとして…あんな態度に出たのです」
袴の人がそう言って黙り込むと、重苦しい沈黙が流れた。
風の吹く音と何処からか聞こえてくる鴉の鳴き声が、僕の耳で大きく鳴っていた。
「昨日…ワタシが…遅れた理由はなんだと思いますか?」
袴の人は小さな声で言った。
僕は考えてもいなかった言葉に少し戸惑いながら、昨日の美しい振袖姿と綺麗に結い上げられた髪を思い出した。
「振袖って…大変だよね。
着たことないから分かんないけど、着付けとか髪の毛とかさ」
僕がそう言うと、袴の人は首を横に振った。
「遅れたのは…それとは違う理由です。
着付けも髪の毛も、それほど時間はかかっていません。
もっと…違う理由なのです。
ワタシは…声が上手く…出ないのです。
それは鴉の時も…人の姿をしている時も…変わらない。「あの日々」の夢を見た日は…心が暗闇に包まれる。
声が出るようになるまで…時間が…かかってしまうのです」
袴の人はそう言うと、儚げに笑った。
怖い記憶が呼びさまされたのか、その顔に見るものは恐怖と悲しみだけとなっていた。吹く風の音にも反応してビクリと体を震わせたので、僕は心配でたまらなくなった。
「あの…良かったら…行こうか?
何か…僕で…力になれることがあるのなら…」
僕はそう言ったが、そんな言葉を発した自分自身に驚いていた。
苦しみを知り受け止められるほどのものが僕にあるのか分からなかったが、悲しい顔をしている彼女を放ってはおけなかった。
袴の人が頷いてくれると、僕達は歩いてきた石畳の道を戻って行った。
すると先に進まずに引き返したことが気にいらなかったのか、散り落ちた紅葉が誰かに踏まれたかのようにカサカサと嫌な音を立てたように聞こえたが、僕は振り返ることはしなかった。
※
お堂に戻って来ると、いつもの軒下に僕達は腰掛けた。
ちらりと袴の人を見ると青白い顔をしたままだったので、僕はどうしたらいいのか分からなくなった。気の利いた言葉を見つけることも出来ずに、時間だけが流れていった。
すると木の枝にとまっていた鴉達がバラバラと舞い降りてきて、紅葉の絨毯の上で遊び始めた。楽しげな音が上がり紅葉が舞い上がるのを見ていると、その中の一羽と目が合った。
僕達はしばらく見つめ合っていたが、鴉は綺麗な赤い紅葉を咥えると僕の足元にチョコチョコとやって来た。
受け取れとばかりに嘴を突き出してきたので、僕は「ありがとう」と言って受け取った。どうする事も出来なかった僕を見かねて、話のキッカケを与えてくれたように思った。
「この山の鴉は、本当に凄いね。
驚かされる事ばかりだよ。
今までの選ばれし者達も、きっと驚いたんだろうな」
僕が紅葉を見ながらそう言うと、袴の人はピクリと反応した。
「そう…なのかもしれません。
あの…ワタシが選ばれし者にお会いするのは…昌景様が初めて…です。
ワタシは…山の神様の御髪から生まれ出づる神聖なる者ではありません。
ワタシは…別の場所からやって来ました。
主人様に…助けて…いただいた…のです」
袴の人はそう言うと身震いし、僕に顔を見られぬように下を向いた。その時の事を思い出したのだろう。太腿の上で揃えられていた小さな手が丸まっていき、ぎゅっと袴のひだを握り締めた。
僕は、ただ黙っていた。
僕には流れ出る涙を止めることは出来ない。ただ黙って、側にいることしか出来ないのだから。
「もう…あんな思いは…したくない。
傷つけ傷つけられるのなら…関わらない方がいい。
嫌な女だと思われれば…ワタシに話しかけようなんて…思わない。ワタシは…そう思い…あんな態度をとっていたのです」
袴の人が途切れ途切れに言うと、僕に紅葉をくれた鴉が彼女を心配してチョコチョコと足元に歩いて行った。
袴の人を励ますように羽音を出すと、彼女は顔を上げた。
濡れた黒い瞳には、僕が映った。
僕は、コクリと頷いた。
袴の人も静かに頷くと、ゆっくりと「あの日々」を話し出したのだった。
※
「何故そうなったのかは分かりませんが、気が付くと人間に追いかけられていました。『鴉はあっちにいけ!』と怒鳴られながら、長い棒のような物を持った人間に追いかけられていたのです。
その時はなんとか逃げ切りましたが、それは始まりに過ぎませんでした。
鴉の鳴き声は人間にとっては不快なのでしょうか。『気持ちの悪い声を出すな』と怒鳴られたり『黒い鴉は不気味だ』『近寄るな』と忌み嫌われました。『臭い!汚い!早く何処かにいってしまえ』と言われことも数えきれません。大きい音で威嚇されたり、石を投げつけられたりもしました。
ただ空を飛び、木の枝にとまり、地面を歩いていただけなのに。
なかには…親切にしてくれる人間も…いました。
けれど、それには裏があったのです。食べ物に毒が入っていたり、集まってきた鴉達を捕まえるためだったのです。他にも…警戒心を解いた瞬間に矢や枝で痛めつけて楽しもうとする人間もいました。
人間全てがソウではないと分かっています。ソウではないけれど、助けてはくれない。危害を加えようとしない人間もいましたが、誰も止めようとはしませんでした。見ているだけか、少し立ち止まるだけなのです。
悲し…かった。
ワタシ達も生きているのに、人間によっては平気でワタシ達に酷いことが出来るのです。
それは黒い羽毛と黒い瞳と鳴き声によるもの…なのでしょう。自らの愛してやまない黒が蔑まれ、ワタシ達を苦しめる。
そう…きっと…白い鳥は…生涯経験することはないのでしょう」
袴の人は悲しみが溢れ出ないように何度か瞬きをした。
僕は唇を噛んだ。
僕は知っているのだから「違う」とは言えなかった。
どうして鴉を、あれほどまでに「鳥」だと思わないのか、僕には分からなかった。
縁起が悪くて、不吉で、不気味な存在である。
かつては神の使いとして崇められていたのに、いつのまにか捻じ曲げられ「誰か」が作り出した消極的なイメージが広がった。それが「誰」なのかも分からない。
けれど僕達は鴉の賢さを恐れるが故なのか、それを受け入れた。支配出来ない力を恐れるように。
僕達も同じ色の黒を纏っているというのに、黒を纏う鴉は負の存在として多くの者は受け入れたのだ。
「そう…美味しい水を求めて、仲間と共に湖に向かった日のことです。
そこには大勢の人間がいましたが、ワタシが知っている人間とは違いました。
人間は鳥に攻撃的ではなく、友好的でした。優しい目を、湖で泳ぐ鳥に向けていました。湖には、美しい白い鳥が飛来してくるのです。
人間は白い鳥が舞い降りてくる度に称賛の声を上げ、歓喜のシャッターを押しました。
同じ鳥でも、白い鳥はソコにいるだけで愛される。人間は共に過ごす時間を楽しみ、笑い声を上げる。
けれど黒い鳥はソコにいるだけで憎まれる。人間は同じ時を過ごすのを嫌がり、早く飛び去ってしまえとばかりに怒りの声を上げる。
ワタシが、一体、何をしたというのでしょうか?
ワタシは、何も、していない。
ワタシも、ソコに、いただけです。
けれど白い鳥と同じように振る舞ったとしても、何か良くないことをしようと企んでいるかのように思われて、同じことが全く別なことになってしまう。
羽毛が白であるのならば、投げつけられる言葉は憎悪ではなかったでしょう。愛情溢れる美しい言葉だったでしょう。
それは…ただ…纏う色が違うというだけで起こるのです。
全ては、鳥そのものではなく、色の問題なのです」
袴の人は沈んだ顔で、風で流れる濡れ羽色の髪に触れた。
その色はとても綺麗なのに、僕達によって、彼女を苦しめるものとされているのだ。
「ワタシは何を考えたのか…その中に飛び込んでいこうとしました。
今なら分かり合えるかもしれない。この人達となら共存できるかもしれないと心のどこかで思ったのかもしれません。
けれど仲間に強い声で制止されました。
『死にたいのか!?
オレ達が行ったら、邪魔者扱いされるだけだ。
いいな?!人間とは関わろうとするな。人間を見ようとするな。
オレ達は、黒い鴉なんだ。
白い鳥とは、違うんだ。
奴等はオレ達を理解しようとはしないし、奴等にオレ達を理解させる方法もない。
害を与えていなくても、奴等は理由を作り、オレ達を害鳥としてしまう。一声鳴いてみろ?威嚇したと思われるぞ。周りにいる人間だって「やっぱりな」と言うだけだ。人間は誰もオレ達を守ってくれない。鴉の肩なんて持ったらイカれてると思われるからな。だから賛同する。賛同する方が楽だからだ。自分に害が及ばない。
一度、不気味だ不吉だと思われたら、もうどうする事もできないんだよ。人間は変わらないし、変わる気もない。
声は風の音にかき消され、時の流れで忘れ去られていく。
死にたくないなら、行くな』
仲間はそう言って、ワタシの前に立ちはだかったのです」
袴の人は悲しい瞳で僕を見た。
その瞳には人間の男が映っていた。刈谷昌景という名の人間の男だ。僕達の間を流れる風が冷たい音を響かせながら、色鮮やかな紅葉を散らせていった。
「ワタシが口を開こうとすると、
『覚えておきなさい。
黒い鴉は「黒い鴉」として、生きなければならない。
人間に関わろうとしてはいけない。
人間をじっと見ることはしてはいけない。
人間が向かって来たら、仲間にも人間が来たことを知らせ、速やかに飛び去らなければならない。
人間が叫んだことを、何でもしなければならない。
何も間違ったことをしていなくても、抵抗してはいけない。
理不尽な言いがかりも、乱暴な言動も、殺されたくなければ受け入れなさい。
声を上げるな、怒りをみせるな、言う通りにしなさい。
そして、常に空に飛び立てるようにしておきなさい。
黒い鴉は地面を歩いているだけで攻撃されるのだから。
今は仲間と共に動いているが、単独行動をするようになれば、安全に巣に帰る為に、どれほど細心の注意が必要になるかお前にも分かるだろう』
長は話し終えると、ワタシをじっと見つめました。その瞳はとても迫力がありました。長は長い時を生き、いろんな土地を訪れていて人間のことをよく知っているのですから。
ワタシは羽をたたんで、白い鳥と人間を…ただ見つめることにしました」
袴の人は小さく微笑んだ。それは僕自身もよくしてきた諦めの笑みだった。
「ワタシは諦める道を選びましたが、諦めない道を選んだ一部の鴉達もいました。そんな一部の鴉達に向かって、他の仲間はいつもこう言いました。
『やめておけ。傷つけられるか、最悪の場合は命を落とすぞ。
なんて言われようが、気にするな。
人間なんて無視すればいいんだ。相手にするな』
すると一部の鴉達は黒い羽を広げて言い返しました。
『気にするなだと?!ふざけるな!
もう心は傷ついている!耳には残り、罵詈雑言が心に棲みついて、暗い影を落としているんだぞ!無視なんて出来るか!
神から与えられし黒を侮辱するとは、神への冒涜でもある。
たとえ命を落とすことになろうとも、己が誇りを落とすことは出来ん!』
一部の鴉達は制止を振り切って飛び立ち、彼等の声を届けるために人間の元へと向かったのです。攻撃する意思のないことを伝えてから、自由と共存を求めて声を上げました。
『与えられた黒は我等の誇りであり、生まれもったものを尊重して欲しい。どうか、尊厳を傷つけないで欲しい』
人間に向かって、何度もそう訴えかけたのです。
しかし何も届きませんでした。ワタシ達の言葉を理解してもらうことは出来ないのですから。
抗議の声は『五月蝿い』とされ、発狂した鴉による人間を襲う前段階の威嚇行動とされ、力によって…封じ込められたのです。
もう鳴き声を上げられないように…殺されました。
ワタシ達…黒い鴉は声を上げてはならないし、命は何の価値もないように扱われる。
声を上げても上げなくても…苦しくてたまらない。
黒は全てを塗りつくし、絶望しか残らない。
絶望の果てに…多くの黒い鴉は…生き続ける為に「人間のルール」に従うことにしたのです」
袴の人は消え入りそうな声で言った。深い悲しみの色に染まった瞳を見ていると、僕の胸は締め付けられた。
その黒い瞳が見てきたものは絶望と諦めだった。存在が否定される苦しさは僕もよく分かっていた。
「人間のルールに従って生きていくうちに、人間が「そう思う」ように一部の仲間は変わっていきました。
絶望感に苛まれて誇りをなくし、自暴自棄に陥ったのです。
住処を奪われ食べ物を失うと、人間のゴミを漁りました。挑発するかのように鳴き声を上げ、人間を揶揄いながら田畑を荒らしました。
自分達にそうしたように、人間の大切にしているものを滅茶苦茶にしてやろうと思ったのかもしれません。
憎悪は、憎悪を生んだのです。人間が嫌う鴉と成り果てたのです。
暴走した彼等をワタシ達も止めることが出来なくなり、ついに言葉も通じなくなりました。一部の鴉達は…言葉もなくしたのです。
そんな風に変わっていく仲間を見るのは、辛く悲しいことでした。仲間はどんどん荒れ狂い、人間との溝はどんどん深まっていきました。
やがて…一部の変わり果てた仲間と人間から離れるように…ワタシ達はその場所を離れることにしたのです。
暗闇に紛れながら忍びやかに移動を続けて、人里離れた山を見つけました。山に降り立つと、そこにいた動物達はワタシ達を珍しそうに眺めていましたが、長が理由を話すと優しい言葉で受け入れてくれました。
しばらくの間…幸せな日々が続きました。
動物達は優しく、空気も水も綺麗で食べ物も沢山あり、何の心配もありませんでした。人間の声を聞くこともなく、温かい陽の光と穏やかな風に包まれていたのです。
けれど突然…終わりがやってきたのです。
ある日、大勢の人間が山にやって来ました。男達は風変わりな服装をしていて沢山の荷物を持っていました。
山の中は一瞬にして不穏な空気が漂い、木々がザワザワと揺れ動いたのです。
すると、長は大声で鳴きました。ワタシ達に逃げるように知らせてくれたのです。
『汚い鴉が鳴き始めたぞ』『早くしろ』『害鳥は全部駆除するんだ』『そうだ!鴉山なんかいらんぞ!』『鴉もいなくなるし、いいデータもとれる』『見つかる前に早くするんだ!』と様々な事を叫びながら、何か得体の知れない薬を散布し始めたのです。
木々の悲鳴が響き渡ると、長はワタシ達を受け入れてくれた彼等の為に羽を広げました。止めさせようと立ち向かっていきましたが…次の瞬間には殺されて…いました。殺され…執拗なまでに足で踏みにじられて…無惨な姿と…なりました。本当に…冷酷でした。あまりの惨さに…雄の鴉達は一斉に立ち上がりました。
『みんな、逃げろ!生きろ!
長は、必ず、助け出す!』
雄の鴉達は長の亡骸を救い出そうと飛んでいきましたが、人間の男達には鴉が襲ってきたように見えたのでしょう。
一発の銃声が鳴り響きました。
それを合図に次々と銃声が鳴り響き、仲間の悲鳴と人間の男達の笑い声が上がりました。動く的を撃つことを、楽しんでいたのかもしれません。
瞬く間に、大地は撃たれた仲間で埋まりました。仲間の流す血の色で、大地は赤く染まっていきました。
ワタシは必死で羽を動かしました。なんとか空へと逃げることが出来たのですが、周りには誰もいませんでした。
少しすると渦巻く煙とととに、悪臭が立ち昇ってきたのです。ワタシは怖くなってその場を離れましたが、後ろからは木々の悲鳴がずっと聞こえていました。
逃げるだけで…何も出来ませんでした。ワタシは身を隠せる場所を見つけてそこで震えていましたが、風に乗って聞こえていた木々の悲鳴が、ある日突然しなくなりました。
終わったのだろうか?山はどうなってしまったのだろうか?
ワタシは恐る恐る岩と岩の隙間から出ると、背を向けた山に向かって飛び立ちました。
誰か生きていて欲しい…そう願いましたが、願いは届きませんでした。戦いもせずに逃げて願うだけのワタシの願いなど、神は聞いては下さらないのです。
山は変わり果てた姿となっていました。
花が咲く春などやってこないほどに、山は枯れ果てていました。生きているものはなく腐敗のような臭いが漂い、山の色はすっかり変わり、目を逸らしたくなるような毒が広がっていたのです。
散布された薬が、空気と土壌を汚染したのでしょう。
人間にとって有害である鴉だけを取り除くことなど出来ませんから。
山は…悲鳴を上げなくなったのでは…ありません。
山は…死んでしまったのです。
ワタシ達を受けいれてくれた動物達も… 死んでいました。喉を潤してくれた水も変色して、泳いでいた魚達は水面に浮かんでいました。皆んな皆んな…巻き添えに…なったのです。
ワタシだけが…生き残った。
さぞ、苦しかったでしょう。怖かったことでしょう。
ワタシ達…黒い鴉のせいなのです。ワタシ達が山に住まなければ…皆んな死ぬことはなかった。
山を…殺したのは…ワタシ達が原因…です。
ワタシが…殺したのです」
袴の人は真っ青な顔になり、悲鳴のような声を上げるとガタガタと震え出した。全てが蘇ったのだろう。恐ろしい記憶に責められているかのように、何度も「ごめんなさい」を繰り返した。
そして死んでいった全てのもの達を思い、悲しみの涙を流した。
「ちがう!君が、殺したんじゃない!
君達は山で静かに暮らしていただけだ!
山を殺したのは人間なんだよ!それに…」
僕は激しい怒りを覚えたが、その先の言葉を飲み込んだ。
風に吹かれながら舞い落ちてくる赤い紅葉が目に入ったのだ。その赤は、少し黒みを帯びていた。
頭には惨殺された鴉の骸が浮かび、赤黒い血に染まった鴉の趾にも見え出すと、僕は口に手をあてた。
(恐ろしいことが平気な面で出来るのが「人間」なんだと俺は思っていた)
紅天狗の言葉が、僕の胸に突き刺さった。
そして、僕も人間だ。僕も、人間の男だ。
どれほど恐ろしい事を繰り返して、誰かの大切なものを力で奪い続けてきたのだろう。
目的と手段が釣り合うことなんてない。決断した時点で、僕達の目は憎しみで曇り、残虐になっているのだから。驕り高ぶる気持ちと誤った判断の積み重ねが憎しみを加速させ、取り返しのつかない恐ろしい事態を招いていく。
僕の心に妖怪の姿が浮かぶと、何かいいようのない引っ掛かるものを覚えた。
「今も…後悔だけが…残っているのです。
山に行かなければ…良かった。何もかもを…我慢すれば良かった。そうすれば誰も苦しむこともなく…死なずにすんだのです。
本当に…不吉を呼んで…不幸をもたらしたのかもしれません。闇のように全てを黒く塗りつぶして…しまったのですから」
袴の人は涙を流しながら言った。
「ちがう!
不吉も不幸も嘘だ!勝手に一部の人間がそう言ってるだけだ!信じちゃいけない!僕はそう思わない!決して!
不幸をもたらしたのは、僕達人間だ。
苦しめたのも、僕達が散布した毒だ。
それに傷つけられる側が我慢して、傷つけられないように気をつけなければならないなんて、そもそもおかしいんだ。
傷つける側がおかしいんだから。
傷つける側は何も考えずに、君が苦しむ姿を見て楽しんでいるだけなんだから。
僕は、そう…異界で学んだんだ。
君達は、君は、何も悪くない。
僕は、君達が纏う黒をこの上なく美しいと思う」
僕は袴の人の心に届くよう大きな声で言った。
なんとかして自分を責めるのをやめさせたかった。その美しさを知ってもらいたかった。
そもそも彼女は何も悪くない。責めを負うべきは、傷つける側だ。どうして傷つける側が楽しんで、傷つけられた側が涙を流し続けなければならないというのだろうか。
袴の人は真っ赤になった目をしばたたかせた。
それでも流れ出る涙を小さな手で拭うと、体を震わせながら袴のひだを握った。
「ありがとう…ございます、昌景様。
ワタシは…昌景様に偉そうなことを言っておきながら…実際はこんなにも弱いのです。
今も…どうしたら良かったのか分からない。
今も…思い出してしまうのです。
記憶をなくしてしまえたら…時を戻すことが出来たらどんなにいいのか…そう…思わずにはいられないのです」
袴の人は小さな声で言った。
もしかしたらあの時の彼女の励ましの言葉は、自分自身にも向けた言葉だったのかもしれない。僕が放った言葉も、紅天狗と過ごした日々によって教えられたんだ。僕も両親のクソみたいな言葉を鵜呑みにしていた。そうして自分をソウ思うようになっていった。
僕達は、どこか似ている。自らの弱さを知っているから臆病になってしまうし、お互いの抱える苦しみを感じてしまうのだろう。
だからこそ袴の人の言葉が、僕の心に響き渡ったのかもしれない。
袴の人の瞳は答えを求めるかのように彷徨ったが、空は青く澄み渡っているだけだった。流れる雲もなく風の音もしなくなり、何も彼女に答えようとはしなかった。
「どこで…道を間違えたのでしょうか?
恐れと憎しみというものは、全てを飲み込んでしまうのでしょう。
始める事はできても、終わらせる事は難しい。
共存の道は歩まずに、どちらか一方のみが勝利せねばならない。けれどやがてはバランスを崩し、最後には何も残らない。
神のルールに従わないのですから、最後に残るものは無しかありません」
と、袴の人は呟いた。
憎しみの威力は凄まじく、我を忘れさせてしまうほどに荒々しい。
僕も憎しみに駆られたまま、力でもって両親を痛めつけようとした。
一歩間違えれば、その道に歩んでしまうところだった。
自らの暗部を知ってしまった僕は否定することも出来ず、ただ黙っていることしか出来なかった。
※ 鳥獣保護管理法によって、許可なく捕獲したり処分したりすることは禁止されています。罰則の対象となります。
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