終わり良ければ全てよし

「本当にありがとうございました。お支払いはお礼に伺う際に、近い内に必ず」

 渕上は忠孝に向かいペコペコと繰り返しお辞儀をした。


「我々は我々の仕事をしたまでです。生徒さんがご無事で良かった」

「愛理は私が責任を持って家まで送ります」

「お願いします」

「しかし……伺ってもよろしいですか?」

「どうぞ」

「夜が……昼になったように感じるのですが……」

「大丈夫。その通りです」

「このままなんですか?」

「詳しい理屈は省きますが、今回の怪異は強力でして。こちらも強力な術で対抗せざるを得なかった。なあに一時的なものです。二、三週間の内には元に戻しておきま……元に戻るでしょう」

「はぁ……」

「日が照っていて分かりにくいですが、グリニッジ天文時的には、もう夜も遅い。親御さんも心配されているでしょう。お話はまた、日を改めて」

「分かりました。それではこれで。黒金さん、鈴川さん、本当にありがとうございました!」


 渕上は自分の車に乗り込むと、ジリジリと照る日差しの中を法定速度きっちりの安全運転で去って行った。


「どうすんのよ……これ」

 タエは天を指差して言った。

「すぐ戻しなさいよ。世界中大騒ぎなんじゃないの」

「だろうね」

 忠孝はタエを振り返って笑顔を作った。

「だが、流石の僕も魔力を使い切った。暫く休まないと地球クラスのものはもちろん、ミヤマクワガタ一匹回せない」

「あんたねえ……」

「ご意見は後で伺うよ。除霊はまだ終わってない。アイツは消えてないし夜になればまた結界の綻びから漏れ出すぞ。さっき僕はきっかり180度回したから、現在の日の高さは朝の8時前だ。組合に連絡して合同祭祀の準備をして貰おう。さっきの感じだと大体二百年もの、九十貫目くらいの祖霊だろう。壱岐の羅漢組が出雲から帰ってきてる筈だから坂本さんに連絡して出張って貰ったらいい」

「さっきメールしたわ」

「流石は僕のアシスタント。仕事が早い」

「そりゃどーも」

「しかしあの先生は残念だったな。中々に美男子だったが、既に先約があるようだ」

「どういう意味?」

「無意識にだろうが、彼は彦塚君のことを下の名前で呼んだぞ。二人はそういう仲だろう」

「……だから?」

「強がらなくていい。ハグくらいなら無料で承るが」

「私は誰かと違って! 依頼人をそんな目で見たりしません!」

「なんと不届きな。依頼人に懸想する祓い屋がいるのか?」


 はあ、とタエは溜息をついた。疲れた……昨日から今日に掛けて、なんだかドーッと疲れた。

 そこに徐行運転のタクシーが一台、るるるる、とやって来て止まった。


「タクシー?」

「僕が呼んだんだ」

「は?」

「大きなものを回して少し疲れたのでね、今日は直帰にさせてもらうよ。タエ君も今日はもう上がりでいいから早く帰って休みたまえ」

「下の名前で呼ばないで」


「血筋だな。不機嫌な時の表情がお父上にそっくりだ」

「……父を知っているの?」


 バタン!

 ウィーッと開いたタクシーの窓から忠孝は笑顔を覗かせて手を振った。


「それではご機嫌よう。また事務所で」


 ウィーッと窓を閉めたタクシーは、そのまま走り出して住宅地の角を曲がり、あっという間に見えなくなった。


 一人残されたタエは、もう一度溜息をついた。


「で、結局アンタは誰なのよ?」




*** 完 ***

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こちら黒金忠孝除霊事務所 木船田ヒロマル @hiromaru712

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