第24話・重箱ふたつに込めた何か
タコさんウィンナーに卵焼き。
ウィンナーは少しコショウを効かせてピリッとした味に。
代わりに卵焼きは少し甘めに仕上げてみた。みりんを入れるのは阿野に教わったやり方で、安久利には「かーさんのより美味しい!」と評価が高く、代わりにかーさんは少し落ち込んでたけど。
定番もいいけど少し変化球を、と選んだのはアジの竜田揚げだ。阿野に料理を教わるまでは唐揚げと竜田揚げの区別もつかなかったあーしだったけど、たっぷり仕込まれたおかげで食材によって使い分けるくらいはお手の物だ。味付けはいろいろ考えたけれど、アジが新鮮で身も締まったいいものだったので、酒と醤油とショウガで軽く下味つけたものを揚げただけにした。味見をさせた安久利には大好評だった。よしよし。
野菜なんかは彩りを考えてプチトマトを入れた。他には、生の野菜なんかは入れられるモンじゃねーから、冷凍のグリーンピースをバターでソテーしたものを少しだけ。ただ、弁当にバター使うと冷めた時に匂いが気になるから安物のバター使えないんだよな。なので今回は、なんかかーさんがお土産でもらってきたという、北海道だかのお高めのバターを遠慮無く使わせてもらった。いー感じにできたと思う。
おにぎりは俵型のちーさいものをいくつも作る。梅干しは定番として、かーさんが作ってあった牛肉の大和煮を使わせてもらった。ほんとは全部自分で作りたかったんだけど、これ阿野がウチでメシ食った時に一度も出してないから、あーしが作ったと言い張ってもバレないはず。ちょっと情けない。
おかずと一緒に食べることを考えて、何も入ってないおにぎりもつくった。これには安久利が熱心にプッシュしてたのりたまのふりかけをかけて、真ん中部分に海苔を巻く。見た目も華やかでとてもいー具合になる。
合計九個のおにぎりとおかずを弁当用の二つセットの重箱につめ、ナントカ染めとかいう小振りの風呂敷で包んだ。これでできあがり。余ったおかずは安久利の昼飯に置いて行く。
うん、我ながらがんばった。阿野に教えてもらったことを思い出しながら、いっしょうけんめい作った。
だから、喜んでくれるといいな……。
・・・・・
どんな反応をされるのか怖くて、あーしは阿野の顔を見られなかった。
呆れられたらどーしようか。まだまだ修行の足りない、至らない教え子の作ったべんとーなんか食えるかー…とまでは言われないだろうけど、あーしみてーなガサツな女がひとりで作った弁当で喜んでもらえるのだろーか。
だいじょうぶ、きっとだいじょうぶと、朝からずっと言い聞かせてきて、安久利にも太鼓判?を押してもらった弁当だから。喜んでくれるはず。なんだけど。
……その、間が保たないんで、はやく受け取ってくんねーかなー、と顔を上げて阿野を見たらば。
「なんで泣いてるのっ?!」
化粧が崩れることも構わず(といってもともと薄化粧だったけど)ぽろぽろ涙をこぼしてた。
「あーもー、なにやってのねーさんは…ほら、そっち行って腰おろそーか?」
「は、はい…ぐしゅっ」
仕方なく肩をだくよーにして、噴水の近くにあったベンチに連れて行く。水の側だから空気もひんやりして、今日なんかじゃ肌寒いくらいだった。
「ほら、あっついお茶でよかったらいる?ねーさん」
「あ、はい…いただきまず…」
そうしてどーにか体を落ち着かせると、最後に使ったのが安久利の小学校の遠足の時だった水筒から、ほうじ茶を水筒の蓋のカップに注いで渡してやる。阿野はときどきしゃくりあげながら両手で持ったカップを口元で傾けていた。けっこー熱いまんま入れておいたから熱くないのか、ちょっと心配だ。
「おいしーですぅ…」
でも阿野は、一口お茶をすすると、まだくしゃっとしてた顔で安心したように笑っていた。子供みてーだなー、と思う。
「ん、ならいいけど。でもなんで突然泣き出したりしたのさ。そんなにあーしがべんと作ってきたのがショックだった?」
「ショックだと言えばショックなんですが…」
「うわひでー。べんとー見せてすぐそれ言われてたらきっとそのまま回れ右して家に逃げ帰ってたわ」
「いえ、そうじゃなくてっ!……ショックというか、びっくりというか、理津がひとりでお弁当作ってきたと思うとちょっと感慨深いものがこみ上げてきてですね…あ、ありがとうございました」
猫舌じゃないのは知ってたけど、まだ充分冷め切ってもいないお茶を空にした阿野は、コップをあーしに渡しながらそういった。つか感慨深いて何なの。
「別に弁当くらい今までだって作ったことあったし。ガッコーに持ってくやつだけど。だからそこまで驚くことでもねーと思うんだけどなー」
「わたしにはそんなこと一度も言わなかったじゃないですか。でもきっと理津のことだから、このお弁当はいろいろと…今日のこととか、わたしがどんな顔して食べるかなとか、そんなこと考えながら作ってくれたと思うんです」
「………まあ」
「そしたら、ですね。理津がんばったんだなあ、って。嬉しくなって。こう、胸の中からこみあげてきて、どうしようもなくなって泣いちゃいました」
で、あはは、とほんわか笑っていた。
「泣くよーなことなのかなー。けどそれくらいで泣いちゃうんなら、中見て実際食べたら…すげーぞー?」
「ふふ、それは楽しみですね。じゃあ…せっかくですから、もう少し落ち着いた場所で食べませんか?」
別にここでもいいとは思ったけれど、確かに人が多くてなんだか気にはなる。
阿野の言った通り、あーしらは少し歩いて木陰とかそんな感じの場所を探すことにしたのだけれど。
「日曜の上野公園でひとのいない場所なんかあるけねーって」
「ですねえ。でもお腹空きましたし、ここにしましょう?」
そろそろ桜のつぼみもほころぶころとあって、人出はそこそこ多い。結局最初に腰掛けた場所で弁当を拡げることになった。
「ふむふむ…いいじゃないですか。とても美味しそうですよ、理津」
「食ってみたらもっと驚くぞ?さあさあどーぞ、ねーさん」
「はい。いただきます」
おかずのお重の端から箸を伸ばす阿野。反応が楽しみでもあり怖くもあり、あーしはそんな阿野の手先や口元から目を離せなかったりしたのだが、阿野の方は…まあきっとそれには気付いていて知らん顔してたんだろーな。あーしのハラハラしてるとこが面白くて、とかそんな感じで。
「……んっ、これは…ふふ、ちゃんと教えた通りに作ってあって、とても上手に出来てるじゃないですか」
「そっち、そっち。ねーさんその竜田揚げも食ってみて」
「はいはい。あ、その前におにぎりいただきますね。…む、これももしかして理津か?」
「大和煮の方?それは残念ながらかーさんの作り置き。でもいいっしょ?」
「はい。わたしの家で出てくるものとは結構違いますね。でもわたしはこちらの方が好きです。今度作り方教えてもらいましょうか」
「それより竜田揚げ、そっち早く食ってみてってば」
「ええ、頂きますね……わぁ…」
弁当箱の中で蒸らされて、さっくりとした歯触りはとっくに消えてた竜田揚げだけど、最初の一口だけで阿野は目を丸くしていた。
「……うん、これは…とてもいい塩梅ですね。鰺もいいものを選んでます。やるじゃないですか理津」
「へへん、それ一番の自信作だし」
「でもこちらのグリーンピースも良い香りです。わたし、グリーンピースってあまり好きじゃなかったんですけれど、これなら好きになれそうですね」
「うんうん、料理人冥利に尽きる、ってやつだなーそれは」
あーしの作ったものを次々と口にして、どれもこれも美味しいって喜んでくれる阿野は心の底からそう思っているみたいで、お重の中身が三分の二くらいになるまで箸が全然止まらなかったのだ。
「ん、理津?わたしばかり食べてたら無くなってしまいますよ。あなたもどうぞ」
「あー…うん、まあ食べるけど。でも阿野が喜んで食べてるとこ見てたらもう、お腹いっぱいになりそー」
「お腹はいっぱいにならないと思いますけど。それを言うなら胸が一杯、じゃないんですか」
「どっちでもいーよ。がんばって作ってよかったなあ、ってことなんだから」
「なんですかそれは、もう…」
困ったように笑う阿野。
あーしは、そんな顔でもこっちに向けてくれるだけで、なんだかお腹の上のあたりがぎゅってなるような感じがして、これってやっぱりお腹いっぱいってことだよなー、って思って。
「いくら美味しいからってわたし一人では全部食べきれませんよ…あ、でもこのお味ならなんとかなるかも…いえいえいくらなんでも全部食べたらカロリーの心配が…でもでも…」
けど、本気で考え始めた阿野の体重が心配だったから、ゆっくりと、本当にゆっくりと、阿野の顔をじいっと見ながらあーしもごしょーばんにあずかった。自分で作った弁当だけど。
「……ふふ」
そんで、目が合う度に、そんなに見るなとかいう文句なんか言わずに優しく笑ってくれる阿野のことを見て、やっぱり自分はこのひとが好きなんだなって、そっちの気持ちの方で、お腹いっぱいになったと思うんだ。
たっぷり時間をかけたお昼ごはんのあと、せっかく上野に来たんだからと動物園に入った。
春休みの日曜日、となればそれはもう人だかりだ。誰に見られてるのかも分かんないし、かといってこのまんまの距離でいるのももどかしくなって、あーしは並んでた阿野の手を、つい、きゅって握ってしまった。
「理津?………うん、いいですよ」
阿野はさすがに驚いたよーにあーしの顔を見てたけど、その時あーしはどんな顔をしてたのか、にっこりと、けどどっか陰のある笑顔になって、あーしのしたいようにさせてくれた。動物園を出るまで、そのままだった。
「今日は楽しかったです。理津がよければまた遊びに来ましょう?」
でも今度は安久利ちゃんも一緒に来たいですけどね、って少し慌てて付け加える阿野から、あーしはなんだか切なくなって目を離せなくなっていた。
三月ももう半ば。夕方は日に日に遅くなっていくから、そろそろ帰らないと晩メシの支度が遅れるな、って時間になっても、まだ夕焼け空のまんまだった。
あーしと阿野は、家も近く。だから帰り道も大体一緒。これから電車に乗って、途中で分かれて、あーしは自分んちでかーさんの作ったメシ食って。
そんで風呂入って寝て明日は…まあ、学校はもう休みに入ってるから、みゅーとかガリィとどっかに出かけでもすっかなー…阿野は、まあ声をかければまた一緒に遊んでくれたりするんだろうけど、阿野にだって付き合いはあるだろーし。
そいで、何日か経てば、もうホワイトデー、だ。
バレンタインデーの翌々日に、阿野に突き付けたあーしのチョコは、その日に返事と一緒になって、ナニカがかえってくる。それがどーいうものかは…まあ想像もつかねーんだけど。
やること全部やったかな。
これで、阿野からどんな答えがもどってきても納得できるくらい、やれることやったのかな。
じゃあ帰りましょうか、と先に振り返った阿野の背中を見つめる。
そのままあーしの前から遠ざかって、そのままなんとなく会ったり会わなくなったりして、そんであーしは学校を卒業して働き始めて、いつの間にか、顔を合わせたら「わぁ、久しぶり!最近どうしてる?」みたいなことを言い合う関係になるんだろうか。
…そんなの、やだな。
「阿野!」
気がついたら、去りかけていた阿野の右手を取って、そう叫んでいた。
デートだって意気込んで、朝早くに起きてがんばって弁当つくって、確かに楽しかったけど結局それはいつも通りの時間だったから、このまま終わらせていいとは思わなかった。
だってあーしは…わたしは、阿野のことが好きだって、ちゃんと分かってもらうために今日この一日を過ごそうって決めていたんだから。
「どうしたんです?そろそろ帰らないと遅くなりますよ」
「いや、それはいーんで。ウチには遅れるって電話しとくから。で、さ。どっかでもう少し、話しない?」
「それは……」
一瞬、振り返った阿野の顔が苦しそうに歪んだ、ように見えた。
それを見て、阿野は阿野なりに今日のことを考えて、期することも避けたいこともあったんだろうな、って思えた。
じゃあ、わたしと同じだ。わたしがこのまま終えたくない、って思うわたしと同じことを、阿野も考えている。
「お願い、阿野」
「……わかりました。いいですよ」
もう一度、顔を苦しそうにしながら今度は、こちらから顔を背けてそう言っていた。
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