第23話・断じてデートではありません

 安久利ちゃんには悪いと思うのですけれど、お誘いなら本人がするのが当然でしょう?と、いったん電話を切りました。

 まったく、理津も自分だって女の子のくせしてそういう機微というものに疎くて困ります。あれだけ可能性に溢れた可愛い女の子だっていうのに。まったく。

 大体ですね、わたしに断られたらどうしよう、とか考えているところが余計に腹が立ちます。理津に誘われたらそれこそ天にも昇る気分で二つ返事で「ええ、構いませんよっ!!」って答えるというのに…いえ、ちょっと食いつきが強すぎました。「ええ、構わなくってよ?」くらいにしておきましょう。お姉様としてははしたないところを見せるわけにはいかないのですから。

 そう思いましたので、安久利ちゃんには「理津に直接連絡させてください」と告げて、わたしは自室のベッドの上で正座して電話を待ちます。

 ふふ、向こうでは今も理津がどうやって電話しようか頭を抱えているかと思うと、とても愉快な気分になります。なんだかわたしまで胸が高鳴ってくるというものです、ってどうしてわたしがドキドキするんですか。憧れのお姉さまをどう誘おうか悩んでいる可愛い妹のことを想像して悦に入ってるだけじゃないですか。なんだかこれも随分な話かもしれませんけれど。

 …あ、そういえばホワイトデーの約束ってどうしましょうか…。もちろん理津がわたしを好き、ってことは受け入れられるものではないのですが、いえなんでそう考えただけでわたし顔が火照ってるんですかこれでは理津のことをとやかく言えなくなるじゃないですかそういえば電話かかってきませんね一体なにをぼやぼやしてるんですかあの子はわたしがこれだけ待っているんだから早く電話してきなさいああいえ別に待ってなんかいませんこれはそう業務連絡です親しい姉と妹が連れ立って遊びにいくそれだけのことじゃないですかああでも遅いですねもうあの子も肝心な時には気弱になるんですからもういっそわたしの方からかけてあげるというのが姉らしき心遣いとゆーもの…。


 「あひゃっ?!」


 いろいろ考えていましたら、スマホを握っていた手の中でぶるぶる震える感触。もちろん理津からの着信でした。思わず取り落としかけたスマホを持ち直し、画面を確認。「桐戸 理津」の名前。はふぅ…って、呆けてる場合じゃなくって。もう、こんなときにわたしを待たせるとかなかなか駆け引きをしてきますね、理津も。

 …だったらこちらも駆け引きに走ってみましょうか。簡単に飛びつく女だと思われるのも癪ですからね。

 ふふ、たぁっぷり勿体ぶってから電話にでてあげればいいんです。こう、留守電に切り替わる直前まで…って、そういえばわたし基本どんくさいので留守電になるまでの時間結構長く設定してるんですよね。三十秒くらいでしたでしょうか……まだ十秒、くらいですかね……二十……えいっ。


 『阿野!好きで好きでたまんねーよっ!!』


 「え…」

 『あ…』


 え、ちょっ……い、いきなり何言うですかこの子っ?!繋がるなり愛の告白とか…こくはく、とかぁ……はふん…。


 「…えと、その……」


 ああ…わたし、ダメダメです…理津のいきなりのぼーげんに、お姉さまとしての矜持も自覚も何もかも吹っ飛んでしまってますぅ…。


 『ご、ごめんっ!なかなか出ねーもんだから何て話すか練習してて…』

 「い、いえ…というか、そんなことを言おうとしてたんですか?あなた」

 『いやその、これは何かの間違い、間違いだから今のナシでっ!』

 「………そうですか。別に構いませんけれど」


 なんだか急速に冷静になるわたしのあたま。ですよね、やっぱり理津に対してわたしは冷静沈着、理想のお姉様。そのわたしがクールでなくてどうするというのですか。


 『……ねーさん、なんか怒ってる?』


 怒ってませんってば。なんでわたしが怒らなければいけないんですか。


 「何か用ですか?」

 『う…やっぱなんか怒ってる……その、わりー。いきなりとんでもないこと言ってしまって…』

 「だから別に怒ってません。ですので用があるなら早く言って下さい。わたしこう見えても結構忙しいんですよ」


 試験終わって追試も無かったって自慢してたじゃん、とかいう繰り言が聞こえましたが、聞こえないフリ。ふんだ、わたしこれでも自分の勉強以外にもいろいろ手元不如意なんですからね。家庭教師のバイトですとか最近料理を頑張ってる女の子のサポートですとか。


 『そーいう言い方しなくたっていーじゃん……あんさ、次の日曜…でいーかな?』

 「……なにがです?」


 なんだか誤解があったようで、電話口の理津はしばらくひとりでもにょもにょしてましたが、それでもわたしに言いたいことは、一応口にしてはくれました。

 ただ、やっぱり意味不明です。開口一番、とんでもない爆弾発言をかましてくれた勢いどこやったんですかあなた。言いたいことあるならはっきり仰い。まったくもう。


 『だからそのー………そういうヤツ。いい?』

 「意味分かりませんよ。何がしたいんですか、理津」

 『……分かってくれたっていーじゃん。こっちだって恥ずかしいのガマンしてんだからさー…』

 「………」


 うう…なんだか困った様子の声に絆されてしまいそうです…いつものハキハキした理津も素敵ですけど、こういう理津もなかなか悪くないカモ…あーいやいや、ここはもっと追い込んで理津の素顔を暴く……でなくて、精神的にはわたしがお姉さまだということをきっちり認識してもらわなければっ。


 「あのですね…」

 『だから!でーとして!!お願いねーさんっ!!』

 「……………………あの、ですね……その………あう…」


 ……多分わたしのとーちょーぶからは、湯気の如きナニカが沸き立っていたのだと思います。ぷしゅ~、って。

 だってその……理津が、あの理津がですよ…?とっっっても照れ照れにッ!(想像ですけど)くねくねと身悶えしつつッ!わたしのことを「おねーさんっ!」と呼びながらッ!


 ……でーとして?ね?


 ………………って。そりゃあもうわたしとしては鼻血ブーもんですよっっっ!!……失礼、下品でした。

 いえでもそのとにかくですね、はにかみはにかみ恋い焦がれるわたしに向かって、わたしの耳に心地よいハスキーボイスを少し擦れさせながら「でーとして?」とかってそりゃあもうわたしとしては


 「ええいいですよいつでも構いませんいつ行きますかどこ行きますかっ?!」


 …って言う他無いじゃないですか。

 言った直後「しまった食いつき過ぎましたぁっ?!」って心の底から後悔しましたけど。

 でも理津は、そんなわたしの失敗などには気付きもしない様子で、


 『うん…ありがと、ねーさん』


 とかって。とかって。あーもう、理津かわいいなぁぁぁぁぁぁぁっっ!!……こほん、少々暴走が過ぎました。冷静なお姉さまの仮面をいそいそ、とはめ直して。


 「ふふ、いいですよ。それで理津はどこか行きたいところでもあるんですか?」

 『……なんか今日のねーさん、えらく不安定じゃね?』

 「気のせいですよ。わたしは世界に冠たる理津のお姉さま、砥峰阿野そのひとに他ならないですよ?」

 『意味わかんねーし。まあいいや、別に行きたいとこっつっても特にあるわけでもねーし。行く日だけ決めてさ、そんで当日どこ行くか決めよ?」


 …うん、悪くないです。理津とおでかけ、というだけで不思議と心躍りますけれど、行き先を二人で決めるというのもいい考えです。デー…じゃない、おでかけはそこから始まるのですね。

 あ、でも…。


 「ところで理津、安久利ちゃんを放っておくのも悪いと思うので、一応声をかけて…」

 『安久利はかんけーねーだろ、ねーさん』

 「関係無い、ってことは無いと思うんですが」

 『あーしはね、ねーさん』

 「はあ」


 なんだか断固とした勢いの理津にのまれるように、わたしは電話越しであることにも関わらず思わず背筋を正してしまいました。


 『ねーさんと、デートがしたいの。安久利が一緒じゃデートになんないじゃん…』


 また理津がかわいいことを言ってくれます。語尾が拗ねたようになっているところなんか余計にポイント高いです。

 …そうですね。そんな理津に免じて、今回は安久利ちゃんにはお留守番をお願いして、豪華なお土産で許してもらうことにしましょうか。

 あ、でも。


 「理津?一つだけはっきりさせておきますけれど、デート、じゃないですからね。あくまでも、仲良き姉妹が互いのことを知るためのおでかけ…」

 『別にデートでいーじゃん。あのさ、あーしはそのデート一回で、ねーさんのことあーしがどんだけ好きか、ちゃんと分かってもらうつもりだかんな?』

 「っじ、じゃあそんな感じなので!でわまたっ!!」


 言っておきますが、ここでわたしが電話を急いで切ったのは、電話が繋がるなりとんでもないことを言われたトコからまた同じ事を繰り返したくないからですからね?


 さて、いろいろとドタバタはしましたが、次の日曜の予定は決まりました。

 バレンタインデーとかホワイトデーとか考えなくてもいーことはこの際横に置いといて、かわいい妹との逢瀬…じゃなくて親睦を深める機会を楽しむことにしましょう。




 なおその後、待ち合わせの場所とか時間を全く決めてなかったことに気がつき、またもや電話で十分ほどしまらない時間を過ごしたことは、特筆しておくべきかと思います。



   ・・・・・



 「…………はい、ねーさん…」


 皆さん。

 想像つきますか?

 お昼ごはんをどうしようかと切り出したら、真っっっ赤になって俯きながら、お弁当用サイズのお重の風呂敷包みをそっとバスケットの中から取り出しわたしに差し出す理津の姿、というものを。

 わたしは、この世にこれほど尊いものがあるとは知らなかったのです…。


 「……あの、理津、これもしかして…?」

 「もしかしなくても、今日の、メシ。あーしが作った」


 場所は春うららの公園。今日は気温も高めとあって、噴水の水が涼しげです。

 そんな中、お弁当を差し出した格好のまま俯き、そして潤んだ上目遣いでわたしを見ている理津と。

 その姿の尊みに身を浸し感動しているわたしと。

 あほのような二人は、ただただ立ち尽くして時折通行人の不審者を見るような視線に晒されているのでした。




 汗ばむような陽気の中、桐戸家を午前九時にスタートしたデー…じゃない、外出は、午前中は特に目的もなく街を歩き、といっても近くではご近所さんの目もありますからね。ちゃんと東京の反対側に行きましたよ。

 東京育ちのくせに、理津は浅草に行ったことがない、とのことでしたのでそちら方面へ。若い女の子の二人がデー…ではなくて、一緒に遊びに行くのに浅草というチョイスはどうなんでしょうか、と思わないでもなかったのですけれど。

 でも、薄い亜麻色のフレアスカートに白のブラウス、そこにGジャンを羽織った理津は、活動的ながらも可愛らしさを忘れない、理津に本当に似合ったコーデで、浅草の裏通りのお寺の多い一画に紛れ込むと、不思議とそこに住んでいるみたいにぴったりなのでした…あまりほめ言葉になっていない気がしますけど。


 「褒めんならもっとストレートに言って欲しいんだけどな、ねーさん」


 一歩先を歩いていた理津が、後ろ手のまま振り返ってそう口を尖らせます。

 今日は手ぶらでもなく蓋のついたバスケットなどを持っており、さながら赤毛のアンの世界の趣き、といったところですね。軽く脱色して色が少し薄くなっている理津の髪は、太陽に透かすとちょっと赤っぽく見えるので、余計にそう思います。もっとも、アンと違ってそばかすなど一つもない、完璧な肌でしたけど。


 「そうですね、本当に今日の理津はキレカワイイですよ」

 「……なんだよそれ。ねーさんも時々ボキャなんとかがアホになるよな」

 「それを言うならボキャブラリー、もしくは語彙ですね」

 「意味間違ってねーんなら別にいーじゃんか」


 まったくもって、その通り。照れながら言ってるのでなければなお良かったですよ、とお姉さまっぽく言うと理津はさらにぶんむくれて、わたしを置いていこうとするのでした。照れ隠しにしてもそれはちょっと困ります。


 それから、なんとなく人気の少ないところを選ぶようにでしたけれど、あちこち行ってみました。

 歩いてる最中にする話はとりとめもないことばかりで、学校であったこと、家での会話の内容、お互いの家族の話、好きな食べ物、最近読んだ本のこと。本当に普通のことばかりなのです。

 ですが、そんな会話の中の一言一言にもなんとなく、理津の、今そこにいる女の子としての存在感を覚えて、わたしはそんな些細なことに浮き立つような心持ちになり、本当に今日は一緒に出かけられてよかったな、って思うのでした。


 上野公園を散策してた頃には、結構な距離を歩いていたこともあってわたしは良い感じにお腹も空いていました。


 「理津、そろそろお昼ご飯にしません?」

 「あ、あー………そーだなー…あんさ、ねーさん。なんか考えとかある?」


 考え?ああ、どこで何を食べようか、って話ですか。

 そういえば朝から一緒にいましたけど、その話だけはしてませんでしたね。まあ東京の真ん中にいてお昼を食べる場所に困るなんてこともありませんし、それならどこか美味しそうなお店でも探しましょうか?と話した時でした。


 「えと、そのー、よかったら、だけど………」


 今日は時折、もじもじといつになく控え目に、でもすごく可愛い姿になる理津でしたが、この時はまたすこぶるつきでいじましく見え、わたしは思わず見入ってしまったのです。

 そんなわたしの視線に気付きもせず、今日ずっと手にしていた荷物を見下ろしていた理津でしたが、意を決したようにかごの蓋を開き、中からなにか包みを取り出して、そっとわたしの前に差し出したのです。

 ちなみに、その間ずっと俯いたままでした。


 「…………はい、ねーさん…」


 「……あの、理津、これもしかして…?」

 「もしかしなくても、今日の、メシ。あーしが作った」


 わたし、ちょっとどころじゃなく、唖然。

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