第22話・しちてんばっとー、恋心

 「デートに誘おうと思う」


 そう言った時の二人の顔は、「何を言い出すんだこのバカ」とでも言いたげだった。


 「誘えばいーじゃん。いちいちうちらに断ることでもなかろ?それより今日の数学はさっぱりだったんだけど、ガリィはどうよ」

 「いつも通りだな。もしかしてみゅーはヤマ外したか?」

 「外したもなにもおめーのヤマじゃねーか。外したんならガリィも巻き添えだと思うんだけど」

 「残念ながらヤマなんか必要ないしなー。満遍なく勉強してりゃ必要ないだろ?」

 「…これだから優等生サマはよぅ…」

 「みゅーに比べりゃ大概のヤツは優等生じゃん。塾講師のカレシに教えてもらったんじゃねえのか?」

 「ガリィお前な?カレシと二人きりで同じ部屋にいて勉強なんかはかどると思うか?」

 「そのカレシだよっ!」

 「お、おう」

 「なんだよリズ。禁じられた恋を諦めてカレシが欲しいってンならいくらでも紹介…」


 期末試験も今日で終わり、開放感と明日からの休みに何をするかー、とかって話で教室は賑わっていて、あーしとみゅーとガリィのいつもの三人組もその中にいる。

 そしてあーしは、頭を抱えてた。


 …実のところ、安久利が設定した延長戦、みてーな期間の間中、あーしは阿野に何か出来たわけでもなかった。

 だった当たり前だろーが。阿野はウチにきても勉強の話しかしねーし、料理も…と思ったのにあーしには課題を押しつけておいて、自分ひとりで全部やっちまうし。

 隙を突いて何かしよーと思っても、その度に「課題は終わりましたか?」と妙に冷静な顔と声で言うんだもん。あと安久利も隣にいるんじゃ露骨な真似もできやしねーし。アイツ、あーしの背中蹴飛ばすよーなこと言いながら邪魔にしかなってねー。


 まあそんな忍耐の日々も今日で終わりだ。期限となるホワイトデーに向けて何か逆転できるような手段が欲しくて相談してみたのだが、みゅーもガリィも実に付き合いが悪かった。


 「いやそうは言うてもさ。妹の家庭教師の年上の女を口説くアドバイスしろ、ってもな、うちと立場違いすぎて言えることなんかねーっての」

 「だな。しかもみゅーと違ってコッチはオトコの気配も無しとくる」


 ちなみに阿野のことは二人にも話してある。

 最初こそ「えー…」とか軽く引いたよーなことを言ってたが、あーしが真剣だと知ると笑いものにするよーなこともなく、いい友だちを持ったものだと感動したものだが、実際には役に立たない友だちだった。


 「んなこと言うてもな。何を答えりゃいいんだよ」

 「だからさー、デートに誘うとかどういうタイミングが一番喜ばれると思うのさ」

 「リズが一端のオトメみたいなことを言ってる…」

 「だなあ。あんさ、そーいうところを見せてやればけっこー簡単に落ちてくれんじゃね?」

 「と言ってもなあ…」


 それでオチてくれりゃ苦労しねーっての。大体、慣れないスカートはいてみたりちょっとばかり化粧してみても全然気にした素振りもねーんだもん。やってもムダな気がして、今じゃすっかり元通りだし。

 教室の隅っこで、「はあ…」とおっきなため息をつく。なんかもー、面倒な女に惚れたもんだよなあ、あーしも。


 「……」

 「………あんさ、リズ」


 そんなあーしを見かねてか、二人は一度顔を見合わせてから、話を続けた。


 「別に難しく考えなくてもいんじゃねーの?こお、どっか遊びにいこーぜー、ってノリでい誘えばいーじゃん。試験も終わって時間もあんだしさ」

 「それが出来れば苦労しねーっつーの。だからみゅー頼むっ!なんか良い感じのアドバイスくれっ!!」

 「今のリズに何言っても無駄な気がするけどな…」

 「だな」


 やっぱり役に立たない二人だった。




 「それは言い過ぎなんじゃないかな…」


 役立たずの二人に「もうつきあってらんねー」と打ち捨てられてたそがれてたあーしは、芦原さんに声をかけられて帰り途を一緒にしてた。

 なんつーか、あんなことがあった割には芦原さんもサバサバしたもんで、あーしにコクってそれをあーしが断った、という事実も受け入れた上で、こーして普通に友だち付き合いしてくれている。ありがたい話だと思う。


 「…つってもさー、こっちゃ本当に困ってんだってば。なのにアイツら親身になるってことをしてくんねーんだもん」

 「そうなのかなあ。戸狩さんも佐久良さんも、ちゃんと桐戸さんの話を聞いてくれてたみたいに見えたけれど」

 「…まー、話は聞いてくれたよ、確かに。でもなー…あーしなんかよりよっぽど経験ほーふだろうににさあ、みゅーなんか特にもったいぶりがたってもー」

 「け、経験豊富とか言っちゃうと誤解を招きそうだけどね…」


 気のせいか、並んで歩いてた芦原さんとの距離が、半歩の半分くらい開いてるよーな気がする。うーむ、確かにジョシコーセーが経験豊富とか言っちゃうと意味深だけどさ、んでもみゅーのヤツ、手を繋いでどーのこーのとかこないだキ…キスしかけたとか、そんなことばっか自慢げに言うんだもんよー。あーしに比べりゃ達人みてーなもんだろーがー。


 「なんだか話には聞いてた通り、佐久良さんてけっこー奥手なのね…」

 「奥手?どゆ意味……ってあーそーか。確かにああ見えてみゅーも身持ちかてーっつーかビビりだしな。本人は遊び好きのつもりでいっから危なっかしいけ

ど、って、聞いてた通り?てっきり芦原さんてうちらのこと悪く見てると思ってたんだけど」

 「それは私に失礼だと思う。悪く見てたら桐戸さんのこと好きになったりしないし」

 「あ…あーいやそれは、なんちゅーか………ごめん」

 「いえいえ、どういたしまして」


 ヘンなとこをつついてしまって恐縮するあーしに、芦原さんはすんげー屈託もなくころころと笑ってた。

 本心がどうかは別として、あーしとああいうことになってしまってもざーとらしく距離を置いたり、逆に妙に近すぎたりしないで気持ちの良い間柄を自然に作ってくれるのは、ほんとこのコのすげーとこだと思う。阿野とのことが無ければそのまんまそーいう関係になってしまってたかもなあ、と可笑しく思えるあーしも大概なんだけど。


 「…で、よければ私が相談にのろうか?佐久良さんみたいな『けーけんほーふ』でもなんでもないけど」

 「あ、そいじゃお願い、ってなんかわりーけども…」

 「ううん。気後れしながら私にそんな話振ってくるとか、相当切羽詰まってるなあ、って思うから、あんまり邪険にも出来ないしね」

 「あう…お手柔らかにオネガイシマス…」

 「ふふっ、心得ました」


 やーらかく笑う芦原さんが、どっか阿野と重なって見えたりする。

 なんかやべーなー。これでも一途な女のつもりなんでふらつくなんてことあり得ねーけども、このコあーしのこと好きって言ってくれたんだよなあ…阿野がどうしても頷いてくんなかったらこのコに乗り換えよーかなぁ…。


 「といってもね。直接話が出来ないなら…って、どうしたの?なんだかポーッとして」

 「あ、あー…うん、そのなんてーか、自分がどれだけだらしない人間か思い知ってたとこ」

 「…意味分かんないんだけど」


 別に分かんなくていいよ、分かったら軽蔑されるし、とサイテーな考えを振り払うように両の頬をぺちぺち叩いて、で教えてくれっかな?と先を聞く体勢になる。


 「といってもね、直接誘うのが難しいならLINEでもメールでもいいんじゃない?ってだけ。桐戸さん、そのひとと顔を合わせると言葉が出ないとかそういう状態なんじゃないのかな。なら文字だけなら伝えることも出来ると思うんだけど」


 そりゃあーしだってそれくらいは考えたけど。

 でもその、また断られたらどーしようとか考えて、ぜったい阿野のハートをキャッチ出来る書き方できねーかなー、とかぐるぐるしてるうちに時間だけが経ってるっつぅか…。


 「その…文面とかなんかいい感じの、ない?真っ正直に書いたらドン引きされそうで…」

 「どん引きされそうなこと考えてるの?私にはそっちの方がびっくりなんだけど…」

 「だってさー…」


 だってさー…ウチにいる時は安久利とあーしが並んで、差し向かいに阿野がいて、なんかいーにおいとかあーしのことをドキドキさせる仕草とか、そんなんにあてられて結構、ね…?で、堪えきれなくなって声かけようとすると、なんかうまい具合に外してくれんだもんなー。「あ、そこ間違ってますよ理津」とか言って。

 そーいうことが続いてガマンばっかしてる時に、言いたいこととか書きたいこととかまんまぶつけたら、自分が何やらかすかそーぞーもつかねーんだもんよ。


 …ってなことを言ったら、芦原さんも流石に呆れてしまう…と思いきや、前を向いて何か考え事をしてる風だった。

 考えてみりゃみゅーもガリィも見放す前はそーいう顔をしてたよーな気がする。あいつら相手だとワガママも勝手も言えるから考えもしなかったけど、たしかにあーしもテンパってムチャクチャ言ってたかもな、と少し反省なんかしてみたりした。がっくし。


 「…私はそういう桐戸さんの気持ちは分からないでもないけど」

 「え」


 でも反省した甲斐があったのか、真剣な顔で前を向いたまま、芦原さんは拍子抜けするようなことを言う。


 「私だって、女の子相手に告白したい、なんて思った時はものすごく悩んだもの。結局我慢出来なくってそのまま言っちゃったんだけど。でもね、気持ちは分かっても桐戸さんの方がずっと頑張ってるって思う」

 「…そうなん?」

 「うん。だって桐戸さんは一度告白してイエスって言われなかったのに諦めてないんだもの。私は…脈無いかなあ、って諦めちゃったけど、だから余計に桐戸さんはすごいって思うよ?」

 「……そうなん、かなあ…」


 芦原さんは励ましてくれてるのかもしれないけど、あーしはかえって自分の情けなさを突き付けられたみてーで、背中を丸めてしょぼくれてしまう。

 するとそんな背中がぼんっと叩かれて、あーしは「わっ?!」と声をあげ、前方につんのめってしまった。


 「元気出して!あなたは私の出来なかったことをやろうとしてるんだから」

 「う、うん」


 隣を歩く芦原さんは、あーしを力付けるように朗らかな笑顔だったけど、なんとなくその奥に寂しさっつーか哀しさっつーか、そーいうもんが見てとれてしまったのはあーしの思い込みなんだろうか。

 けど、あーしに好きだと言って、でもあーしにそれは受け入れられないと言われて、そんでひとりで泣いてたコにこんなことさせてしまってるんだから、とことんひどいヤツだと自分でも思う。その上、自分がさせてもらえなかったことをやろうとしてるというあーしの背中を、こーして叩いてくれる。


 「…だな」


 こーまでされて奮い立たないってんでは、何て言うんだこんな時…ああそう、女がすたる、ってヤツだっけ。どっかで聞いた気がする。


 「ごめん、二度も辛いことさせてしまったね」

 「…そういうところよ、桐戸さんの」

 「へ?」


 この際、今だけの空元気でもいいやとニカッと笑ってやったらまた戸惑い顔の芦原さん。


 「だから……その、また私が本気になってしまいそうな顔見せるのやめて?そういう顔はその、桐戸さんの好きなひとに向けてあげてよ。ね?」

 「別にそーいうつもりじゃねーんだけど…」


 言われた言葉の意味はよく分かんなかった。

 でもまあ、どういうカタチであってもだな、追っかけていこう、追いついてやろうって気にはなったんだ。


 「どうしても気後れがあるっていうのなら、妹さんから話してもらえばいいんじゃないかな?」


 っていう、肝心なところで腰が引けてしまうあーしを見透かしたよーなことを言われたことに関しては、えらく不本意だったけど。



   ・・・・・



 「うん、ええよ?」


 とはゆーものの、だな。

 やっぱ最初の心配っつーか要するに自分が何やらかすか分かんねーのはなんともならんかった。ので、芦原さんの提案にはのっかって、阿野を誘うことを安久利に代わってもらうことを頼んだら、拍子抜けとはこーいうことだ、とばかりにあっさりオーケーされた。


 「だってねーちんに任せとったら来年になるもんな。たぶん、せんせもそこまで待ってはくれんと思うよ?愛想尽かされんうちに決着つけとこ、ってんなら手伝うし」

 「そこまでケチョンケチョンに言うか、妹」


 おめーだってあーしと同じ立場になりゃ分かるぞ、一度断られた相手にアプローチすんのってめっちゃ難しいんだからな、と言いたいところだったが。

 実のトコ、安久利はカレシとどうだったのかと細かいことを聞いたら「なんか向こうがコクってきて悪くないと思ったから付き合うことにした」とかふざけたことを言ってたのできっとあーしの気持ちなんか分かるはずがない。くそー、阿野のことがあってからずうっと、姉の立場ってモンがねーよ。


 「電話でいーか?あといつにする?どこに行く?」

 「んー、ホワイトデー当日にデートして逆転する自信なんかねーから、その前の日曜でいいや。どこ行くかとかは…なんかいいとこねーか?」

 「妹にデートの予定立てさせるとかサイアクだな、ねーちんは。それくらい自分で悩め」

 「……」


 ぐぅの音も出なかった。


 「あーもしもしせんせ?安久利ですー。あんね、うちのねーちんがね?」


 そしてショックで言葉も出ないうちに、安久利はさくさくと阿野に電話をしていた。

 今日はかーさん割と早く帰って来るはずだから、その前に済ませてしまいたいトコだけど。


 「…うい、らじゃ。んじゃ」


 で、二言三言言葉を交わしたくらいで、安久利はスマホを降ろす。


 「…なんて言ってた?」

 「ねーちんが直接言ってこい、だってさ。もっともな話だ」

 「うん、もっともな話だ…じゃねーよ!おめーは何のために電話したんだオイ!」

 「ねーちんもさ、そろそろ覚悟決めれ?本人に誘われたんでなけりゃ嬉しさも半減てもんだ」

 「………」


 あーしに比べてはるかに「けーけんほーふ」な妹サマのご助言だった。返す言葉もねーよ、ったく。

 仕方なくあーしは自分のスマホで阿野にかける。


 「ほいじゃ邪魔モンは引っ込んどくなー?」


 自分の部屋に向かう安久利を背中で見送りながら、耳元でコール音を聞く。

 自分の方からあーしに電話しろ、っつった割にはそりゃねーだろ、と思いつつ繋がったらなんて言おうか考える。

 …が、まったく言葉が出てこない。いやちょっとまて、いくらなんでも何も言うことがない、とかありえねーだろ!例えばだな、「よー久しぶりー」…なわけあるか。昨日勉強みてもらったばかりだろーが。

 それじゃあ、「どっか遊びにいかね?」…とーとつ過ぎるわ。いやそりゃ最終的にはそれを言わないといけないんだが、だからといっていきなりそれはねーよ。

 だったら…「勉強見てくれてありがとな。お陰でいい点とれそーだわ」……って、ウソを言えるかっつーの。実のトコ、阿野のことが気になって勉強に身が入ってなかったんだし。

 あーもー、全然わかんねー。こうなったら思ってることそのまんま言うのが一番だということで…「阿野!好きで好きでたまんねーよっ!!」


 『え…』

 「あ…」


 …しまった……口に出してたところにサイアクのタイミングでなんか繋がってしまったぁ……。


 『…えと、その……』


 気まずいっ!生まれてから二番目くらいのレベルでめちゃくちゃ気まずいっ!!

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