第19話・姉妹以上?恋人未満?(後編)

 おーけいわたし。ときにおちつけ。

 理津は、わたしが、好き。うん、分かった。好き、ね?

 える・おー…じゃなくて、あい・けい・いー。L・I・K・E。ライク。うん、なにも問題なーい。だってわたしも好きですもの。


 「ちげーし。ライクじゃなくて、ラブの方」

 「あ、あら?なんで分かったんです?」

 「阿野の考えてくることくれーわかる。どんだけあーしが阿野のこと見てたと思ってんの」


 そう男前にキッパリ言われると、なんて切り替えしたらいいのかさっぱり分からなくなります。

 わたしはひざの上のチョコレートが急に重みを増したように思えて、思わずぎゅぅっと握りしめ…ると潰れてしまいそうだったので、肩の力を抜いて存在を手の中で確かめるにとどめます。うう、それでも充分重い…。


 というかですね。わたし男の人から告白されたこととか無いのです。だからこんな時どうすればいいのか全然分からなくて。

 理津だって何か言ってくれればいいんですけど、静かにわたしを見つめてるだけです。わたしが何を言うのかを待つように。


 「………そ、その…なんで、です?」

 「なんで、って?何が?」

 「だから…どうしてわたしなんです?理津ならきっと、素敵な男の子と結ばれて当然だと思う…んですけど…」

 「好きになるのに理由とかいる?」

 「いりますよ!だって…あの、お、女同士…じゃないですかぁ……好きとか、そういうのってあんまりよくないって…おも、う……んですけど」


 きっとこう言えば怒るんじゃないかな、って根拠無く思ったのですけれど、予想に反して理津はにっこりと笑っていました。


 「うん。あーしもそう思ってた。自分の方からコクるのに抵抗あったから、阿野の方からあーしを好きにならせようと思って、そうしてた」


 あ…それで最近妙に、その、わたしを混乱させる言動してたんですね…。正直言ってとても女の子っぽくなって、むしろわたしとしては安心してたんですが。


 「でもそれは卑怯だと思った。あのさ、阿野。あーし、昨日同級生にコクられた。マジで。そんで、その子がとてもステキだな、って思った。同じ女のあーしのこと好きになって、いっしょうけんめい考えて悩んで、それでも止めらんなくてチョコと一緒に泣きながらコクってくれた。だから、あーしも自分が好きなひとに好きって言うのがダメなことじゃない、って気づいた。だから今日、来てもらってこーしてる」


 理津は冷静でした。

 取り乱して、わたしにかわいい妹分をなぐさめる役なんかやらせてくれそうもないのです。

 ひとりの女の子として恋したことを、真っ直ぐにぶつけていました。わたしに。


 「…まだ聞きたいこと、ある?」

 「……そりゃあありますよ…理津が、そこまで思い詰めて真剣になるほどの理由がわたしにあるとは思えませんもの」

 「阿野は」


 卑下したつもりはありませんけれど、今の理津が本気の本気で好きになってしまうほどのものがわたしにあるとは、思えないんです。

 でも。


 「とてもヘンなこと言ったりしたりするけど、片親のあーしや安久利のことを、同情だとかウザイこと思わずに接してくれた。言ったらなんだけどさ、あーしがこーいうナリで突っぱってたのって、そーいう目とかにムカついてたのもあんだよね。片親の可哀想な家の子だね、がんばってね、って、悪気は無いんだろーけどそれに合わせてしまったらあーしがあーしじゃなくなる気がしたんだ。でも、阿野は」


 理津は、少し身を乗り出し顔を寄せてきます。その瞳から目をそらせず、でもなんだか気圧されて…いえ、わたしの勝手を糾弾されてるような気もして、両手を後ろについて仰け反ってしまうわたしです。


 「初めて会った時から、あーしのナリだけ見て、自分の好きを押しつけてきた。最初はムカついたけど、あーしのことだけを好きになってくれた」

 「あ、あのぅ…良いこと風に言ってますけど、それってナンパとかしてくる男の人とかと同じなんじゃ…?理津の外だけ見て声かけてくる男性って結構いた…でしょう?」

 「そりゃまあね。んでもアイツら、ギャルっぽい見かけからして簡単にヤレそーとか軽そうとか、そういう風にあーしのこと決めつけてんだもん。阿野とは違うよ」

 「え……で、でもわたしだって理津のこと決めつけてたことに違いはなくて…この子はとても素敵な女の子になれるはずだって決めつけて、それでそうすることでわたしも一人前の『お姉様』になれるって思ったから…」

 「でもね」


 また、ずずいと体を寄せてきます。腰を浮かせて両手を前につき、身を乗り出さんばかりでした。


 「阿野はさ、あーしの中身とか可能性とかそういうのを見てくれたんだよね?ただぶつかって顔が会っただけで。それって一目惚れだよね?」

 「な、なーんかちょっと違うよーなー…」

 「違わない。阿野はわたしに一目惚れして、わたしは近くでわたしたちを見てくれるひとの、ほんわかして優しくて、ときどき大ボケするけどそこがまたかわいくって、それで時々ハッとするくらいに綺麗で、わたしがどんなに雑に扱ってしまっても、仕方ないですね、って笑って受け入れてくれて、そんなひとがね、近くにいたから、好きになった。これおかしくないよね?絶対恋だよね?」

 「ちょっ、ちょお待ちストップストップ!理津あなたキャラがブレてますよっ!さっきから一人称が『あーし』になったり『わたし』になったりめちゃくちゃじゃないですかっ!!」

 「…阿野はどっちがいい?阿野のして欲しい方にするよ?」

 「だからわたしに合わせてキャラ作らなくてもいーですってばっ!わたし理津がそこまでするほどの価値がある女じゃないですよぅっ!」

 「ある。阿野は、あーしが心も体も人生も全部捧げていいくらいのひとだから」


 なっ、なんてことを言うのですかこのコわっ?!間違って外でそんな台詞言ったら戦争起きますからねっ!

 もう急接近と言う他無い距離です。わたしの視界は理津の真剣な顔でいっぱいです。

 両手の平を理津に向けてまてまてと言うても聞いてくれそーにありません。なんかこのまま押し倒されそうな勢いです。押し倒す……あう。こ、こんな男前に迫られたら逆らえそうにありません…。

 でもでもとにかくですね、思い込みとかもあるかもですけど、勢いに任せて突っ走ったらなんだかいろいろ顔向け出来ないひとがいっぱい出来そうなんですよっ。まずは落ち着け理津…の前にわたしが落ち着け。


 「阿野。キスしていい?」


 な、なんか直接的かつ衝動的な振る舞いに、理津の目が血走ってきたよーな…でもここで身の危険を覚えるようでは、まだわたしは理津に気を許し…じゃないですね、理津はわたしに許してない何かがあるんだと思います。心も体も許してしまいそーな理津ですけれど、今どーにかなったらきっと、二人とも後で思い切り後悔してしまうんじゃないか。そんな気がします。

 それは同性だとかそういうことじゃなく…いえ、それもありますけど、理津はまだわたしの全部見てないんです。わたしが見せてないのもありますけど、やっぱりわたしに理津のような女の子が好きになってくれるようなところ、無いですよ。

 きっと幻滅してしまうだろうな、って思いました。それで理津がわたしから離れていってしまうかも、って思うと鼻の奥がツンとします。

 でも、それでも、言っておかないといけないのでしょう。わたしが、他人を利用することでしか自分を保てない、酷い人間だってことは。


 「……理津。あのですね。聞いてください」

 「やだ」


 なんでですか。ここはその、わたしの告解で理津が…まあわたしを許したり許さなかったりして物語が感動的に展開する場面なのに。


 「だって、阿野がわたしの聞きたくない話しそうだから」

 「でも聞いてもらえないと、わたしは理津をどう思ったらいいのか分からなくなるんです。酷い話だとは思いますけど…ありきたりといえばありきたりな話ですから、まずは聞いて下さい。ね?」

 「………そしたら、わたしは阿野を好きになってもいい?」

 「いいも悪いもないです。理津がわたしを好きと言ってくれること自体はイヤじゃないです」

 「嬉しい?」

 「…どちらかといえば、まあ嬉しいと思いますけど」

 「じゃあ今のままでいいじゃん」

 「理津?自分の都合と欲望だけを優先させないでください。あなたがどういうつもりなのか分かりませんけれど、目的がすっかりとっちらかってるじゃないですか」

 「阿野が手に入ればそれでいい」

 「あなた怖いですよ。ええとですね、理津。わたしがお姉さんぶるのはあなたには面白くないのかもしれませんけど、あなたとはちょっと違った人生を、数年早く過ごしてきた人間としてそれはダメ、と言います。だから聞きなさい。聞いてあなたが出した結論なら、それがどんなものであってもわたしは無下にしません。それだけは約束します」

 「恋人になってくれる?」

 「無下にしない、ってだけです。結論を急がないでください」


 まったく。思い切って乗り越えてしまったらなんかテンション上がってるだけなんですから、今のあなたは。ギャル的なキャラがすっかり崩壊してしまってる理津を落ち着かせ、そういえば喉が渇いたな、と思いつつ、でも唇をひと舐めしてわたしは、話を始めました。




 …と言いましても、昔話としてはごくごくありふれたものです。

 高等部に進学したわたしは、人間関係に馴染めずに半分引きこもりのようなことになってました。

 一応、学校には行ってました。行って、毎日保健室に通っていました。

 勉強は、幸いにもそういう心境の子供にも寛大な学校でしたし、わたしも勉学への意欲だけはありましたから、教室に顔を出さないだけでテストは他の皆と同じものを受けて、成績だって悪いものじゃあなかった、どころかトップを争うくらいではあったんです。

 でも、それがかえって良くなかった。ほとんど顔を見せない子が成績上位にいる。なんだあいつは、って空気にでもなっていたのでしょう。

 わたしはそんな雰囲気を過敏に感じ取り、ますます教室からは足が遠のき、お昼休みなんかは名前も顔も覚えていないクラスメイトから後ろ指を指されているんじゃないか、って妙な妄想に塗れてもいました。


 うちの学校は、確かに大学までの一貫教育を旨としていますけれど、中学から高校への段階で外部受験を受けて外の高校に進学する子もおり、逆に外の中学から普通に受験して高等部に入ってくる子もいるのです。

 わたしにとって不幸だったのは…いえ、結局自分のせいなので不幸も何もないですね。ともかく、中学の頃に仲の良かった子たちはほぼ全員、外部受験で他の高校に進学し、代わりに外の中学から進学してきた子が多く、そんな外部組は一つのクラスに集められて、わたしもそこに組み入れられました。実にクラスメイトの半分以上が、外部受験組だったのです。

 兄が二人おり、そのしたの末娘として甘やかされてきたわたしには、そんな変化でさえも受け入れ難かったんでしょうね。

 最初の頃こそ会話らしきものもあったのですけど、距離感をうまく見つけられずに気付いていたら結構、孤立してしまってました。


 そうですね、一年の夏休みが明けた頃でしょうか?

 わたしは自分の環境を変えてみたくて、少し離れた大学部のキャンパスにちょくちょく顔を出すようにしてました。同じ学校内という扱いでしたので、保健室でなくても出席は認められて、それ幸いと結構入り浸ってたものです。

 それで、その大学部の図書館でひとり知り合いが出来ました。葛葉葵さん、っていうわたしから見ても大人の女性です。

 葛葉さんはですね、すっかりひねくれてたわたしの話もにこにこ笑って聞いてくれる優しい方でした。お陰で、いろんなことが分かったんです。わたしの心の安定のために、他人との繋がりが要るのだって。

 わたしはですね、理津。結局、ひとりでも大丈夫、って強がってみたって自分以外の誰かと結ぶことでしか成長が出来ないらしいんですよ。

 それも、手を引いて導いて、一緒に成長出来るひとでないと。葛葉さん、図書館の司書が本業なんですけど、カウンセラーの資格も持っていてですね、わたしのことをそういう風に解いてくださったんです。

 …それで、エスものの小説とかを薦めていただいて、わたし結構はまりました。面白かったというのもあるんですが、お姉様と妹という、近くてけれど決して一つに溶け合ってはしまわない、個と個の交わりの関係が、すごく眩しかったんです。

 だから、わたしは誰かのお姉さまになりたかった。わたしが手を引いて、そしてその子が成長していけて、それだからわたし自身も成長したって自覚出来る。


 理津、あなたはわたしにとって理想の妹だったんです。

 斜っぽいけれど投げやりでもなく、世に倦んだわけでもなく、いっしょうけんめいに暮らしていて、何かきっかけがあることでとても素敵な女の子になれるって。


 だからね、理津。

 わたしはあなたを、自分の成長のために利用しようとしてたんですよ。そんなあなたが恋い焦がれていい存在じゃない。

 姉と妹は恋に落ちてはいけない。溶け合って一つになってしまったら、世の中に胸を張れなくなってしまいます。二人は別の人間で、恋人にはなれない。

 だからわたしは、あなたが好きと言ってくれても、その手をとったりしてはいけないんです。

 ごめんなさい、気持ちは嬉しいですけど、わたしはあなたの恋人にはなれません。




 ……でもこんなわたしでなかったら、あなたの言葉や仕草に翻弄されて、でもいつどんなときでもその存在を忘れられない、素敵な恋ができたかもしれませんね。


 だから、ごめんなさい。理津。

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