第17話・ガールズ・バレンタイン(後編)

 「あの、桐戸さん?」


 アホらしいことこの上ないどんちゃん騒ぎに翻弄され、疲れ切って帰ろーとしてたあーしは、荷物を片付けて背負ったところで隣の芦原さんに声をかけられた。


 「…ん、なに?」


 このとき多少警戒してしまい、芦原さんを少し怯ませてしまったことは少し申し訳なかったのだけど、あーしにも言いたいことはある。だってさ、結局昼休み終わったあともなーんか妙な視線にさらされてビクビクしてたもん。

 今日一日で何か小さな包みをもってやってくるコの中に芦原さんはいなかったんだけど、まさか、と思って構えてしまったって無理ないじゃんか、と気まずく目を逸らしてしまっても無理ないってもんだと思うんだけど。


 「その……よかったら一緒に帰らない?」


 そして、少し無理してるっぽく、でも明るくそう言われてしまうとなんだかなー…悪いことしたかなって思って、そのお誘いを断ることもできなくてだな。


 「いーよ、別に。時間あったらどっか寄ってく?」

 「う、うん!」


 と、花が咲いたようにぱぁっと笑う芦原さんが、なんかこのコ最近キレイになったよなー、ってフツーに思えてしまうあーしなのだった。


 そーいうことで、なんか校内では少なくない注目を浴びてたよーな気はしたのだけど多分気のせいに違いない。だって並んで歩く芦原さんはまったく気付いてなかったみたいだし。


 「………」


 で、校外に出て周りにオナコーの制服もあまり見当たらないトコまで来てしまえばそんなことも気にならなくなる。

 代わりに、自分から誘ってきたわりには口数の少ない芦原さんが心配にもなってくるとこだけど…。


 「…あんさ」

 「ふゃぃっ?!」


 一人で歩いてるみたいな彼女が、なんだか思い詰めたところでもあるよーに見えて声をかけたら、妙な悲鳴っぽく返事をされてしまった。どしたの、ほんと。


 「なんか心配ごとでもあんの?あーしが相談にのれることだったら聞くけど」

 「う、うん…まあ、心配ごとというか、ね…聞いてもらいたいことがあって…」

 「ふーん。いいよ、あーしで役に立てるなら聞くよ?」

 「ありがとう…やさしいね、桐戸さん」

 「……」


 う、そんなに嬉しそうに、しかも紅潮させた顔で見ないで欲しいんだけどな。こっちまでヘンに緊張してくる。


 「あ、あー、じゃあさ、どっか店でも入る?座って話しよーか」

 「そうね………うん、出来ればあんまりひとのいないところの方がいいと思うんだけど」

 「ひとのいない場所、ねー…」


 下校時間でひとの往来も少なくない街中で難しい注文だったけど、どーすりゃいいんかなあ…まさかウチに連れてくわけにもいかねーし。


 「それなら私の家に来ない?今日は家族の帰りも遅いし」

 「芦原さんがそれでいいならいーけど。お邪魔じゃない?」

 「うん。そんなに遠くないから」


 そういうことになった。ていうかそのチョイスはむしろあーしの方が意味も無く緊張してしまうんだけど、芦原さんの方が少し落ち着いたみたいなので、ガマンすることにした。




 で、遠くない、と言われた以上に芦原さんちは近かった。 

 こっから学校まで歩いて十五分てところだ。今日はカテキョの日でもないから少しくらい遅くなってもいーけど、かーさんが夜勤でこれから出勤するから近いのは助かる。


 「ただいま、って言っても誰もいないけれどね。入って?」

 「ん。お邪魔シマース」


 マンションの五階の部屋に招き入れられる。

 ウチのアパートっぽいのと違って割と新しい、玄関の先が廊下になってる部屋だった。

 別に気後れする理由もないので靴を脱いで上がると、廊下の先にあった居間を抜けた先の、芦原さんの部屋に通される。


 「お茶持ってくるから。ジュースとかの方がいい?」

 「じゃあお茶の方がいーかな」

 「分かった。待っててね」

 「ありがと」


 学校を出た時の緊張した感じなんかまったく無い様子で、芦原さんはにっこり笑って部屋を出て行った。逆にあーしの方が落ち着かないくらいだ。友だちの部屋とかいうと、最近はみゅーとガリィんトコばっかだったし、二人とも趣味のせいか(どっちもテレビとゲーム機が主役の部屋なのだ)とても女の子っぽい部屋とは言えないんで、こーいういかにも、な部屋だから余計にだった。

 別に女の子らしさを強調するよーなものが置いてあったり、やたらとピンク色だったりするわけじゃないけど、なんかこお、匂いとか全体的な空気とかいうかがなー…やっぱガリィの言う通り、あーしのなんか付け焼き刃なんかな、とちょっと落ち込む。

 …そーいえば阿野の家って言ったことなかったけど、やっぱりこういう雰囲気なんだろか、ともーそーじみたことを思った時だった。


 「お待たせ。何もない部屋でしょ?」

 「うっ?!…う、ううん。そんなことねーし。いや、あーしやみゅー達の部屋とだいぶ違うんなー、って感心してた」

 「感心するほどの部屋じゃないと思うけど…はい、どうぞ。座って?」

 「あ、あんがと。いただきます」


 先に床に腰を下ろした芦原さんは、持ってきたお盆をあーしの前に置く。

 まさか立ちっぱなしでお茶を飲むわけにもいかねーんで、一緒に差し出された座布団を受け取って芦原さんの前に腰を下ろした。


 「…いただきます」


 もう一度言って湯飲みを傾ける。まあ熱くてひと息に飲めたりするもんじゃなかったけど、それだけじゃなくてなんだか味も分かんねーくらいにドギマギしてる。女の子の部屋に初めて入った男の子ってこんな気分なんかな、とか妙なことを考えてしまう。


 「……で、相談?って、なに?」


 なもんだから、余裕の無さから性急に聞きこんでしまった。その、正直言うと早いとこ終わらせて帰りたい気分ではあったのだ。


 「……ん、あのね…きょっ、今日!」


 でも芦原さんは、そんなあーしの落ち着きの無さをとがめるよーなこともなく、けど学校で帰りを誘ったときの慌てっぷりがよみがえったかのような上ずった声で言う。


 「その、いっぱい…チョコとか…もらった、よね?」

 「え?」

 「だからその、桐戸さんて人気あるし、おっ、女の子にチョコをあげるってのも変かもしれないけど…でも」

 「いや、もらってない…つーか、受け取ってないよ?」

 「…えっ?!」


 なんで驚かれたのかは分かんないけど、やっぱ芦原さんもみゅーとガリィのトトカルチョにいっちょかみしてたんだろーか。あんまそーいうタイプには見えんのだけど。

 とはいえ別に隠すことでもないから、あーしは朝から起こったことをざっくり話して聞かせてあげる。すると芦原さんは、ホッとしたよーな、なんか警戒でもしてるよーな、そんな複雑な顔になった。


 「で、そーいうことなんだけど。やっぱ芦原さんもそーいう話にキョーミあんの?」

 「興味っていうか…もっ、もちろん興味はあるんだけどねっ?!でもそういうのとはちょっと違って…ええとええと……」

 「ほら、慌てなくても話は聞くから。別に芦原さんが興味あったって怒ったりしねーってば」

 「う、うん………じゃあ」


 と、芦原さんは深呼吸をすると立ち上がり、あーしを案内してくれた時に置いてあった自分の通学鞄を開け、中からキレーな包みを取り出して、またあーしの前に座った。前よりもちょっと距離が詰まってた。

 そんで、しばしその包みを持ってうつむき、何か考えこんでいる風だったけど、顔を上げて言った。とても真剣な顔だった。


 「これっ!受け取ってくださいっ!!」


 差し出された、というよりも突き付けられたという感じの包みを見る。

 これナニ?…とはいくらニブいあーしでも言えなかった。今日一日中振り回されたんだから見当くらいつく。バレンタインのチョコレート、なんだろう。

 …でも。


 「……あの、さ。あーしさっき言ったと思うけど…コレ、受け取れないよ」

 「分かってる。桐戸さんが優しいから誰からのも受け取らなかったって分かってる。でも、それでも私は受け取って欲しいの。これ、私の本気で本気の気持ちだからっ!」

 「え?」

 「好きです、桐戸さんっ!!」


 ほとんど叫ぶよーにそう言い、そしてチョコをあーしの鼻先に突きつけたまま、芦原さんはうつむいてしまった。

 で、なんでか知らないけどあーしは彼女の顔がどんな風になっているのか知ってしまった。

 多分、いつかあーしも似たような表情を浮かべたことがあっただろうから。


 「女の子なのに女の子が好きだとか気持ち悪いとか思われるかもしれないけどっ!私、どうしても自分の気持ちに嘘つけなくて!だから、だから…、受け取ってくれなくてもいいから、私の気持ちを知ってください!お願いしますっ!!」

 「………」


 ……なんつーかさ。

 あーしはさ、阿野と初めて会った時に言ってたことを思い出したんだよね。

 「どうか、お姉様とお呼び下さい」ってヤツ。

 あーしはそれに何て言ったと思う?一字一句覚えてるよ。

 「フツーにキモい。マジ無理」って。

 別に自己弁護するわけじゃねーけど、あン時言ったソレは別に間違ってたとは思ってないよ?道端でぶつかっただけの相手にいきなりソレはおかしーじゃん。

 もっとこう、なー。親しくなってから同じこと言われたんなら「あははおもしれーマジウケルー」くらいに毒は薄まってると思うよ。

 だから、まだあーしに両腕を伸ばして顔も見せられなくなってる芦原さんにもそう言ったっていいじゃん。「気持ちはうれしーけど面白すぎるよー」とかって。


 「………ぐすっ」


 んでも、こっちからも見えるように涙こぼしてさ、鼻も鳴らして、それでもまだ顔を上げられない女の子にそんなこと言えるか?言えねーってば、あーしには。だって、あーしも同じ事を……。


 「……っ?!」


 …、び、びっくりした…あーしいま、何を考えてたんだ!……ってかそーじゃねーだろって。今は芦原さんをどーにかしねーと…いつまでもこんな格好させられねーし…。


 「……芦原さん?」

 「……うん。ごめんなさい、困ったよね?もういいから…今言ったこと忘れて?……そ、それで…忘れていいから、また明日からお友だちとして…いつもみたく私とお話しして……くっ、ください……」

 「そうじゃなくて」


 芦原さんの振るえる両手に掲げられてたチョコの包みを、あーしは受け取る。

 え?と驚いた彼女は、包みの消えた両手を一度ぼーっと見てから、どんな顔をしたらいいのか分からないみたいにくるくる表情を変えていた。こーして見ると面白いコだよね。


 「えっとさ、少し話してもいい?」

 「う、うん……」


 そんなあーしの気持ちが伝わったのか、泣き顔だったものがほんの少し、照れくささを感じさせるかわいー顔になる。

 けど、今から聞こうとしてるのは、ちょっとばかり芦原さんには酷かもしんない。

 きっとさ、後ろめたいとかとても聞かせられないとか思ってるだろーことを、あーしは聞きたいと思って聞き出そうとしてんだからさ。


 「あんさ、女の子を好きになるのって、どんな気持ちなん?」


 んでも、自分の口を止めることはできなかったんだ。

 どうしても聞いておかなくちゃいけないことだって、それは自分のためだって、そう思ったから。


 「………はい?」


 案の定、バカにされたとでも思われたかもしんない。少し…でもなくて、割と傷ついたようにまた泣きそうになる。


 「いやだからそんな困んないでってば!そりゃ…驚いたけど好きって言われるのがイヤとかそんなんじゃなくて、嬉しいけど……なんか、やっぱり…びっくりしたっていうか」

 「…やっぱり困らせてしまった…?」

 「そーじゃないの!気持ちは嬉しいんだけど、その……あう」


 しどろもどろになるあーし。

 だってなー…もしかしたら自分も同じようなことで悩んでるかもしんなくて、でもそれは芦原さんのことじゃないって分かっちゃってるんだもんな。

 ごめんな、って心の中で謝っておいて、あーしはどうにか話を続ける。


 「…あーしもさ、誰かを好きになるって気持ちが最近ちょっと分かりかけてきたんだ。そんで、芦原さんと同じくて、それをちゃんと相手に伝えることできなくてさ」


 …だな。

 あーしは、気持ちに気付いた日に決心したことがあって。

 阿野をあーしに惚れさせる、って。

 でもそれはさー、女のひとを好きになることがどっかうしろめたくって、関係を進めたいって気持ちと責任を阿野に押しつけようとしただけ、だったんだよな。


 「だから、こうして自分から気持ちを伝えてくれる芦原さんをさ、めっちゃ尊敬する。すんげぇって思う。そんで、嫌いじゃないコから好きって言われるのは嬉しいことだって、そう思えるよ。ほんとうに」

 「…っ?!……あっ、あの、じゃあ…」


 息を呑んで、あーしの顔を見る。それはとてもかわいくて、女の子が恋するっていうのはどういうカタチであってもステキなことなんだな、って感じたんだ。

 でも、ね。


 「……ごめん。わたし、好きなひとがいるんだ。年上の女のひとなんだけど」


 だからこそ…っていうのは自分が傷つきたくないためのおためごかし、ってヤツなんだと思う。

 わたしはわたしの意志で、贈られた好意を断ってしまうんだと、勇気を奮って自分に言い聞かせる。


 「わたしを好きって言ってくれた芦原さんだから、ちゃんと、キチンと答えないといけないと思う。だから、聞いて?わたしには好きな人がいます。それは芦原さんじゃない。だから、ごめんなさい。あなたの気持ち、受け取れない」


 そう言って、そして手にしていた包みを返した。


 「………うん」


 わたしの言葉は最後まで通じたのだろうか。

 ぼーっとしてた芦原さんは、泣くでもなく笑うでもなく、差し出された自身の想いのカタチを両手で受け取り、そしてそれがとても大切なもののように、胸に抱いた。


 「…じゃあ、桐戸さんは自分の好きなひとに、伝えることが出来るの?」

 「うん。大丈夫。わたしは自分の好きを否定しなくてもいいって芦原さんに教えてもらったから」

 「……そうなんだ。じゃあ私、自分で自分の恋敵を応援しちゃったんだね」

 「…そっ、そういう言い方は無いと思うよっ?!……その、好きって言われたことは確かに…う、嬉しかったし……」

 「うん。ありがとう…ふふっ、やっぱり桐戸さんは男前だよね。かっこいいよ。女の子を惚れさせる、素敵な女の子だよ?」


 そーいう言い方はないんじゃないだろうか。いくらフラれた恨みがあるからって、もう。


 「…ううん、きっとうまくいくよ。桐戸さん、フラれたからって恨めしくも思えないくらい格好いいもの」

 「……うーん、複雑だけど、保証してもらったと思って……がんばる」

 「うん、がんばれ……女の子…っ………う、うん、ごめ……ごめん…ちょっとひとりにしてくれる……?」


 気が緩んでしまったのか、無理につくっていた笑顔は崩れてこぼれる涙をわたしに隠せそうもなくなり、芦原さんは背中を向けて肩を震わせ始める。

 それを慰める資格は…まあ、ないんだろうな、こういう場合。


 「こっちこそごめんね。じゃあまた明日、学校で」


 だから、明日からの関係を約束して、わたしは立ち上がる。

 返事はなかった。けど、嗚咽をこらえて大きく頷いていたから、明日…は無理でもきっとまた、よく話をする気の合うクラスメイトとして過ごしてはいけると……わたしは願う。




 芦原さんの家を出るとあーしは、スマホを取りだしてすっかりかけ慣れた連絡先に電話をする。

 もちろん、あーしの覚悟ってヤツを見せつけるためだ。


 阿野。ぜってー、あんたをあーしのものにしてやっからなっ!……………ま、まあ今日はもう遅いから、約束だけにして本番は明日にしておこ…。

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