第16話・ガールズ・バレンタイン(前編)

 去年も同じことがあったから余計に思うのかもしんねーんだけど。


 「…なんで女子高のバレンタインでこんなに盛り上がれんのか、さっぱりわかんねー」


 登校時から校内どころか通学路までどっか浮っついた空気でいっぱいで、しかもその色があーしにはピンクに見えたもんだ。しょーじき言って同じ空気吸ってるだけで胸焼けがする。

 しかも、それは朝だけで済むのかと思っていたら、休み時間の度に妙な熱気が増してゆき、昼休みになった今は昼飯も食わねーで校内大騒ぎ…ってほどでもなく、実際は半数くらいが騒いでるだけなんだろーけど、まあチョコを誰に渡しただの渡されただの…おめーら義理チョコだか友チョコだかで騒ぎすぎだろーが。


 「…と他人事みたく言ってるリズなんだけどな、実は校内チョコゲッターのトトカルチョでダントツのトップだったって知ってた?」

 「………はあ?なんだよそれ」


 教室の自分の机の上に片膝を立てて腰掛けた体勢のまま、あーしは隣にいたガリィのふざけた発言に不興そのもの、っつー顔を向ける。


 「だからさ、校内で誰が一番チョコもらえっか、っつー予想で賭けしてんの。先週くらいからずっと盛り上がってたんだけどさ。知らなかった?」

 「………」


 知らなかった、というより知ってたら首謀者探して締め上げてるとこだろーが、それ。


 「今からでも締め上げるか?コレみゅーが胴元の企画だけど」

 「あんのやろーのしわざかぁぁぁぁぁぁっっ!!」


 あーしは思わず絶叫して教室中の注目を集める羽目になる。どーりで今日はあーしと目を合わせようとしないわけだ。

 まあそういうわけで、朝からあっちこっちで声をかけられていたあーしは、昼飯の調達をみゅーに強制的に押しつけて、こーして教室で待っているわけなのだが。


 「この調子じゃ帰ってくるかあやしーもんだな、みゅーのヤツ」

 「だろーね……んー、やっぱおかしいなあ」

 「何がだよ」


 さっきからガリィのヤツは、スマホとメモ帳と電卓(電子辞書のオマケ機能のだが)の三つを取っ替え引っ替えしつつ、ずっと手元に見入ってる。こちらをチラリとも見ようとしない。熱心に何をやってんだかコイツは。


 「あー、チョコ獲得した数の集計。あたしとみゅーの他に実行委員が五人ほどいてだね、校内で聞き込みしてる結果を集計してんの」

 「おめーらと同等のアホが他に五人もいるのか…ヒマ人の多い学校だな」

 「事前調査でいっちゃんチョコもらえそうな優勝候補が何を仰るのやら」

 「別に頼んだわけじゃねーんだけどなあ…なんでそんなことになったんだか」


 下駄箱にチョコを入れる、なんて古典的な真似をするヤツはいねーけど(というか下駄箱には鍵がかかるようになってる)、出会い頭にあれやこれや差し出されるのに辟易してたあーしは、休み時間の度にあちこち逃げ回っていたのだ。なので余計に腹が減っている。


 「ま、人気投票みたいなもんだと思って諦めればいんじゃねー?いやそれよりさーリズ。おめーチョコいくつもらった?」

 「ん?なんだよやぶからぼーに。ぷらいばしーの侵害、ってやつだろそれ」

 「いやさ、おめーにチョコ渡せたってヤツが一人もいなくてさ。朝から散々お声掛かりしてんだろ?」

 「…だってそりゃおめー」


 ここで口ごもったのには理由がある。

 実は去年まではお気楽に「ラッキー菓子が増えたー安久利に持って帰ってやろー」くらいのつもりで受け取っていられたのだが…迂闊にバレンタインのチョコとか受け取らん方がいーよーな気がしてだな、今年は。

 いやそれもこれも、こないだみゅーが物騒なことを言っていたせいなのだ。中にはガチの本気の女子もいるんじゃねーか、って。

 それをほいほいとおちゅーげんみたいな態度で受け取ってたらわりーだろーし、かといって投票みてーなチョコにまでいちいち気をつかってるのも疲れるし。


 そーいうわけなので、今年は「ありがと。わりーけど気持ちだけもらっとくさ。ほら、一人だけ受け取ったら他の子にもわりーし」っつって、全員に受け取りを辞退していたのだった。


 …てなことを言いってやると、ガリィは心の底から呆れたっつーか疲れたっつーか、ってツラをさらしてた。


 「…まあ言いたいことはいくつかあるけどさ。一つマズいのはなー…リズが受け取ってねーと、得票がゼロってことになって結果が乱れんだよなー…」

 「なんだよ、ギャンブルに波乱はつきものなんじゃねーの?」

 「いや、今回胴元がみゅーで企画があたしだから。八百長を疑われかねんの、この展開は」


 んなもん知ったことか。

 なんだか手元に届けられる可能性がえらく低くなった昼飯を待って、あーしは立てた膝にあごをのせる。この格好しとくとお腹が鳴らないのだ。

 そんなあーしのことを横目でチラと見たガリィは、まだ文句のありそーな視線だ。


 「…なんだよ。言いたいことあんなら言えばいいじゃん」

 「んー?そうだなー…まあ相変わらず男前で、また来年が大変そうだな、こりゃ、と思ったとこ」

 「何が?」

 「そーいうさ、チョコくれーで気遣い見せる男気が、だよ。まーたのぼせあがるファンが増えるんじゃねーの。下級生層に」

 「知るかンなこと。つーか上級生とか下級生とかあんの?」

 「リズのキャラ的には同級生のおとなしめなコと下級生の守ってほしーコにウケがいんだけどさ」


 聞くんじゃなかった。

 ンな誰かさんみてーな考え方してるのが同じ学校にいるとか、考えたくもねー。


 「…最近、妙におなごっぽくなって、上級生とかにも支持層増えてんのよな」

 「おなごっぽいぃぃぃ…?どーいう意味だよ」

 「なんかこう、仕草とか口の利き方とか。あたしやみゅーとかには大して変わんねーけど、クラスの連中とかセンセには意識して変えてるだろ?」

 「……………まあ」


 うしろ頭をポリポリと掻いて目を逸らす。


 これに関してはガリィの言う通り、意識してやってるところだ。

 服装を変えて、制服の着こなしもすこーしおとなしめに、けど今までのイメージを極端に変えない程度に。

 化粧なんかもともと校則で禁止されてたけど、それでも化粧水くらいは気をつかうようにした。

 笑い方とか口調とか、語尾を気をつけるだけでもけっこー印象変わるのな、って気がつかされた。

 歩き方も変わったかもしんない…ってのはまあ、穿くモンが違ってくるとイロイロとなー?

 で、もちろんこれらは、クラスのコたちのためにやったもんじゃないし、ましてチョコの獲得競争のトトカルチョ、なんてイカれたモンのためでもない。

 何のためか、っつーと…阿野にどうすりゃあーしを意識させられるか考えて実際にやってみた結果なのだ。

 ところが、阿野の方には…せっっっかくのあーしの努力ってモンが全く理解されず、少しばかり際どいことを言ってもほんわか笑ってさっぱりつーじねーし、それどころか相も変わらずお姉さまぶって「あまりはしたないことを言ってはいけませんよ」だとさ。誰のためにやってんのか分かってねーだろ、アイツはもーっ!!

 …って、ひとりで悶えてたら隣のガリィがえらい冷たい目で見てやがった。


 「………」

 「……ンだよ」

 「いや、確かにリズはかーいくなったなー、って」


 かわいい女子を見る目じゃねーと思うが。まあでも、なあ。


 「………何の役にも立ってねェよ。こんなん」

 「何だって?」

 「いや…べつに」


 そーいうつもりはあってもだな、結果が得られてなけりゃ落胆もするってもんだよ。


 「でも、気をつけろよな?」

 「何が」


 再びスマホとメモ帳に目を落としたガリィが、聞き捨てならねーことを言う。

 気をつけろって何がだよ。本気で本気のチョコとかが届くとでも言うのか。冗談じゃねーけどまあソコんとこはうまくやる自信くらいあるよ場数だけは踏んでんだからな、ってか大体あーしの初チョコはあげる方じゃなくてもらう方だったっつーの、やる方よりもらう方がよっぽど多いジョシコーセーを舐めんじゃねー……って少し落ち込んできた。


 「何がって、パンツ。見えてんよ?」

 「………………ひょぇっ?!」


 我ながらすっとんきょーな声をあげると、慌てて足をおろして閉ざした。そ、そーいえばスパッツ穿くのやめたから、足気をつけねーといけないの忘れてたぁ………って、なんか教室のそこかしこで舌打ちの声が聞こえたよーな気がするが、きっと気のせいだと思う。


 「…なーんか付け焼き刃なんよリズはさ。中身変わってねーのにソトヅラだけ変えようとしてっから、そーいうところで隙が出来んのよ。わかった?」

 「………いいいいつからっ?!」

 「いつって。最初っから、ついさっきまで。スマホのシャッター音してたからもしかしてー…とああウソウソいくら何でもそんなもん撮ってファンクラブに横流ししてるヤツとかいねーから多分」

 「多分っ?!今多分つったかおいっ!!」


 じょーだんじゃねー、とえり首掴んで前後に揺さぶってやると、さすがに冗談だつーか作業に集中できねーって怒られた。怒らせるようなこと言ったのはおまえの方だろ。




 で。

 昼休みも半ばを迎える辺りでようやく戻ってきたみゅーに十五秒ほど八つ当たり気味のセッキョーをかましてから、三人でメシを始める。

 もっともそんな中、みゅーとあーしだけがくだらねー会話をして、ガリィは相変わらず集計だか計算だかをしてる。味分かんなくならねーんだろうか。


 「ちぇー、リズの艶姿なら買うってヤツ多かっただろーに。もったいねーことをした」

 「同性にパンツの写真撮られて喜ぶような残念な頭もってねーよ、あーしは」

 「言うてもリズはさー、全般的に足ほっそいんだからそーいうとこ気をつけねーとダメだぞ?太い足ならニクがムチっとなって意外と隠れるけど。ガリィみたく」


 そいやガリィはけっこー太い方だったな。足だけが。それがバレエ諦めた理由のひとつ、とか言ってたし。

 あと足だけが太めといえば…あー。

 誰かさんの顔を思い出してメシを食う手のとまるあーし。ちなみにみゅーの買ってきたのは野菜サンド。タンパク質買ってこいと言わなかった自分の落ち度だが…ひとりだけタマゴサンドをかじってるみゅーが恨めしくなる。

 みゅーとあーしはそーして賑やかにメシを食ってたのだが、ガリィの方はやっぱりスマホとにらめっこ。いい加減それやめね?と声をかけようとしたら、おおきなため息をついて「あー、こりゃダメだ」と天を仰ぎ、道具を片付けた。


 「…いいのか?つか何がダメなんだ」

 「いやー、リズがトップ当選するパターンを前提にして、どうなっても胴元が損しねーオッズ組んだんだけど、こりゃダメだわ。みゅーもあたしもしばらく昼飯は水だけだな」

 「げ……ちょっ、おいガリィ?!絶対間違い無し、損はしないっつーから胴元引き受けてやったのにどうしてくれんだよ!!」

 「知らねーよ。ややこしいこと全部こっちに丸投げしてたみゅーに文句言われる筋合いはねーっての」

 「ちゃんと勧誘はしてたじゃん?!売り上げの七割はあたしの稼ぎのハズだぞっ?!」

 「何やってんだか…」


 バジルの味が染みこんだパンをもしゃもしゃかじりながら聞いた内容によれば、売り上げといってもべつに現金でやりとりしてたわけじゃなくて、昼飯のおかずだとか購買で買える駄菓子がメインみてーなんで、学校に目を付けられるようなもんでもないんだろう。

 まあ責任は感じないでもないので、たまに弁当の差し入れくらいはしてやってもいいと言ってやった時のみゅーの食いつき方といったら、もう…。


 「マジ?!いやー助かるわーそういうとこ男前で助かるよリズぅ、ああんもう愛してるぅっ!」

 「ちょっ、おま待て今のあーしにそれは洒落になってねーっつーのっ!!」


 なんとも反応に困ることを言ってくれたのだった。まさかみゅーやガリィまでが、ってこたー無いだろうけどな。



 …ただ、ほんっとーに洒落になんねーことが起こったのは、放課後になってからだったり、したのだ。

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