第14話・さよならお姉さま

 まあ。

 ねーさんのことがなんか好きかもなー、とは思ったけれど、それでどうにかしたいとかなりたいとかは…そんなに強く思ったりはしなかった。

 そりゃーその夜は予想したとおりアレコレ考えてなかなか寝付けなかったケド、よく考えてみりゃ(よく考えなくても!)あーしもねーさんも女なのだ。同性でどうにかなるはずもねーんだ。

 ただ、そこそこ仲も良くなったと思っていたのに、冬休みの間中ほったらかしにされたというのは…ぶっちゃけムカついた。

 だってそーだろーが。約束した通り初詣に誘ったらあーしより家族を優先してくれるし、連絡とるときだってこっちからばっかで、ねーさんの方からは一度も無かったのだし。

 んで、冬休みも終わろうかってころになってようやく向こうから連絡してきたと思ったら、安久利のカテキョの予定の話だったんだ。少しくらい不機嫌になったっていーだろーが。


 …って気分のまま休み明けの登校をしたら、みゅーにこんなことを言われた。


 「エリザベスー、今日はなんかえれぇ浮かれてんのな」


 それは始業式後のホームルームも終わり、久々に会った連中と休みの間出来なかった会話がそこかしこで行われてる、って教室の空気の中だった。

 いつもつるんでる三人でつまんねー話をしてる最中、ヤツはあーしの顔をじーと眺めたあと、そんなことを言いやがったのだ。


 「だーらソレで呼ぶなつってんだろ。それよりあーしのどこが浮かれてるってんだ。今年一番不機嫌だっつーの」

 「いや今年入ってまだ十日も経ってねーし」


 的確なツッコミだ。

 ガリィ…戸狩亜沙とがりあさがウケたみてーにケタケタ笑ってやがったが、こっちは笑わせるために言ったわけじゃねーんだ、と軽く睨んでやったら「おお怖ぇ」と首をすくめてた。

 とはいってこっちも別に本気で怒ったわけじゃないし、二人ともそんなことは分かってる。風向きが妙な方向に変わったのは、みゅーが続けてとんでもねーことを言い出したからだ。


 「…あそっか。ソレはあれだろ。ついにオトコが出来た。そだろ?あはー、ようやくリズにも春が来たかー」

 「え、ちょっ…マジ?!リズにオトコ?それ今年一番のニュースじゃん!」


 真似すんなアホ、と小突こうとしたガリィはあーしの手からひょいと逃れて、マジマジとこっちの顔を見る。

 じーと見られてあーしがどうしたかというとだなー…その、心当たりがねーわけじゃねーもんだから、軽く流すこともできなくって、その上顔が赤くなるのが分かってもどーにも出来ず、「うわぁっ!これマジだよとーとーリズにオトコができたって!」と教室中に聞こえるよーな声で騒ぎ立て始めやがった。

 後で考えればだなー…ンな話なんざハイハイって笑ってテキトーに流してりゃ済んだんだろうけど…とにかくそのときのあーしにはヨユーってもんがまったく無かった。

 テメーは小学生かっ!!って火に油を注ぐよーなツッコミでガリィを追い回し、一方でみゅーの「で、相手は誰だ?おねーさんにだけそっと言うてみ?」とかいうクソふざけた追求にヤクザキックで応じ、一部真面目系クラスメイトには本気でおどろかれ、とにかく放課後の教室はギャースカとわめく女の声で、かしましい、なんて状況じゃなかったのだ。

 でまあ、最後はガリィをサソリ固めで締め上げて根も葉もねーバカ話だってことを納得させたから、もうこんなしょーもない話が広まることはねーと思う。多分。


 …ただ途中、芦原さんに泣きそうな顔で「本当なの?」って問い詰められたのはなんだったんだろ?あれだけは今でも意味が分かんねー。



   ・・・・・



 「みじかっ!」

 「どーいう意味だよそれ…」


 そりゃ確かに結構…えーと、ねーさんのことが好きかもー、とかいう我ながらどーしよーもねー回想は省いてかいつまんで話したけどさ…なんで短くて驚かれるんだ。短いほーがいーじゃんか。

 そんな意図でもってねーさんをにらみつけたんだけど、まったく動じた様子がなくって、なぜだかあーしは腹が立つ。いやほんと、なんでだ。


 「あ、ごめんなさい。なんだか長い話になりそうだな、って思ってたものだから…」

 「悪かったなー。どーせあーしは考えなしだからひとに話して聞かせるほどの話なんか大してねーよ。ったく」

 「だからごめんなさい、ってば。機嫌直してください、理津」

 「うるせー。ねーさんのアホー」


 アホはないでしょう、アホは、とそれでも楽しそうにしてた。

 そう、ひとつのベンチの、隣に腰掛けた年上のひとは、それこそ何が楽しいのか知らねーけどもころころと上品に笑ってる。

 …んー、そりゃまあ、さ。あーしはこのひとのこーいう笑ってるところ、好きだよ。

 隣でこーしてるとこ見ると、そんだけでほんわかしてきて、あーずっとこーしてたいなー、って思うよ。


 でもなー…どーして、あーしひとりだけが、こうしてでんぐりかえってジタバタして、クラスメイトたちにからかわれてひでー目に遭わなけりゃなんねーんだ?そもそもこのねーさんがあーしにヘンなちょっかいかけてきたからじゃねーか。

 と、考えてるとなんだかムカついてくる。これは一言くらい文句言っておかねーと、と思ってたら、ねーさんの方が先に話し始めた。


 「…でも、ちょっとホッとしました」


 それも、えらくのーてんきな口調でのんきなことを言ってくれる。やっぱあーしが文句言う流れだコレ。

 続けて何か言うでもなく、けれど次に何を話そうか少し考えてる風のねーさんを、あーしは片手でとどめて言い返した。


 「あのな、ねーさん。こっちゃひでー目にあってんの。ホッとしてる場合じゃねーっての。そもそもだなー、コレねーさんのせいだろーが」

 「わたしの?どうして?」

 「どうしてって…そりゃあ、」


 と、言いかけてあーしは言葉に詰まる。

 だって、だな…教室で、好きなひとが出来たー、とかはやし立てられたのってそもそもねーさんのせいじゃん。あーしがその……ねーさんのことをちょっと意識してしまって、こーいう時だけ勘の良いアホの友人二人が妙な気を回しやがったせいで…って、おいコレねーさんにぶちまけられる内容じゃねーじゃん!女のひと好きになったとかまずありえねーし、そもそもソレを当の本人に言ったら……………言えるかこんなことっっ!!


 「そりゃあ……なんです?」


 だらしなく足を投げ出し、ジャンパーのポケットに両手を突っ込んで天をあおぐあーしに向かってきいてくる。

 言えねーことをどう取りつくろおうかと思って、回転のわりー頭を必死にまわす。

 大体なんなんだ。言えねーことって、いつからあーしはこんなに悩み多きオトメになった。こんなかわいくねーオンナには似合わねーっつーの!

 だから、言えねーことは言わない。そんだけのことだ。


 「………うー、なんでもねー。でもとにかくねーさんが悪い。あやまれ」

 「…ふふっ、はいはい。わたしが悪かったです。だからそう怒らないでください。あ、でも理津はふくれた顔もかわいいですよね」


 ハの字に開いてた両足を閉じて小さく縮こまる。なんだってこんなさみーカッコで外に出てきてんだ、あーしは。

 そんで、サイテーのことを言ってる。それでもねーさんは、辛抱強く…いんや、コレこのひと本気で言ってんだよなあ…そーいうひとなんだよ。 


 「まーたそうやってあーしをガキ扱いする…二つしか違わねーじゃん」


 アホっぽい言動が時々…いんや、ひんぱんにあって、そーいう時はあーしにおバカ呼ばわりされてるクセに、年とってるだけで偉ぶんな、と言う。分かっててもやめらんないんだ。憎まれ口叩いて、言えないことをごまかして。

 けど、ねーさんはそんなバリゾーゴンにもケロッとした顔で、そうですね、理津の方が大人っぽいところは多いかもしれませんね、とか余裕たっぷりなのだ。

 …やめてくれよー……そんな風に笑われると、よけーにあーしがガキっぽくなってしまうじゃんか。

 あーしはさ、隣に並びたいのに。先に立って歩いて、時々こっちを振り返って笑ってくれるだけのひとに、ねーさんがなっちまうじゃんかー……。


 もう駄々をこねるだけの子供みたくなってる自覚はあって、でもどーしようもない。ねーさんに甘えることがすんげー心地いい。

 自分がぶーたれて、そいではいはいって言ってもらえることが、とんでもなく嬉しくなってる。

 ダメだろ、これ。ねーさんは「お姉さま」になりたい、とか言ってた。今のこーいうあーしが、ねーさんの言う「お姉さま」の「妹」なんかなわけねーだろ。


 そう言おうと思った時だった。


 「あ、そうそう。ホッとしたというのはですね」

 「え?」


 「理津にもちゃんと、好きな男の子が出来たんだな、って。いいことじゃないですか。照れなくてもいいんですよ?わたしはちゃんと、応援してあげますから。ふふっ、これでわたしも理津の『お姉さま』になれると思うんです」


 ………あー、ダメだ。

 これ、ダメだ。

 何がいーとかわりーとか、そんなんどうでもよくなるって意味で。ダメだ。

 我慢もしたし、自分がガキみてーなこと言ってるのは分かってるってそれを言い訳にして、勝手なことも言ったけど。

 やっぱり、いいことなのか悪いことなのか、かーさんとか安久利とか、あとみゅーとかガリィとか……かーさんの部屋に置いてある親父の仏壇の前で言えることなのかなんか、全然、ほんとーに全っ然、わっかんねーんだけど。


 砥峰阿野、ってひとが、あーしは好きだ。

 愛だとか恋だとか、まだそれはどーでもいいけれど、好きだって気持ちだけは本当だ。

 女同士で気持ちわりーって言われるかもしんねーけど、それでもな、このひとの隣にいたいって思ってる。

 後ろを歩くのも、前に立って歩くのもイヤなんだよ、あーしは。


 …だから、さ。


 「理津、それはまあわたしは…その、男の子のことはよく分かりませんけど、でも相談には乗りますからね。何か困ったことがあったら何でも言って下さい」


 この、根本的に勘違いしてるひとを、だな。


 「わたし、理津に認められなくても心意気だけは、理津の『お姉さま』でいるって思ってますから。ね?」


 てってーてきに、あーしに惚れさせようと思う。

 朝から晩まであーしのこと考えてたまんなくなって、そいであーしの顔を見ただけで照れて顔を逸らすくらにしてやろーと、思う。


 だって、おもしろくねーじゃん。

 桐戸理津だけが一方的に好きになって、それが恋かどーかはまだ分かんねーけど、一緒にいたい、誰にも渡したくないって思ってるのって、そんなのはイヤだ。


 「…理津?」


 うつむきひとり決意して闘志を燃やしてるあーしを、なんだか具合が悪いのか心配でもしてるよーにのぞき込んでいるねーさんを。


 「……よしっ!!」

 「ひゃっ?!」


 いきなり立ち上がってビックリさせてやった。ふふん、いー気味だ。


 「…あ、あの理津?」

 「なに?」

 「ええと…な、なんか急に男前になりましたね?」

 「男前はねーだろねーさん。こんな美少女つかまえてさ」

 「びっ?!……ええ、それはもう、理津はとびきり付きの美少女ですけど。でもなんていうか…うーん」


 ニコリと笑ってやると、ねーさんはまた驚いたのか一瞬目を丸くしていた。

 今はまだ、ニコリとゆーかニヤリって感じだけど。

 あ、そーだ。

 ふと思いついたことがあって、あーしはねーさんに手を差し出すと、差しかえされた手を握り、ねーさんを立たせる。

 そして、特に気負いもせずに言った。


 「ねーさん。ひとつ提案」

 「提案、ですか。また理津にしては珍しいことを言うものですね。でもいいですよ。なんでもきいてあげますから」


 いい度胸だ。今すぐその顔色変えてやるからなー。


 「阿野」

 「……………はい?」

 「ねーさんって呼ぶの止めた。これからは阿野って呼ぶ。いーだろー?」

 「いっ……いいわけありますかっ!調子に乗るのもいい加減にしなさい理津わたしはあなたの…」

 「『お姉さま』ではねーよなー、少なくとも」

 「でででもわたしはそのつもりで…」

 「いーよ」

 「…はい?」


 右足一本を軸に体をくるりと一回転させ、その勢いでもって、ねーさん…阿野から距離をとる。

 そいで、今決めたことを、宣言するよーに、高らかに謳う。


 「阿野があーしのことをどう思うかは好きにしていい。あーしのことを妹と思うとか自分が姉のつもりでいることだって、そう思いたいんならそれでいーよ。でも、あーしは阿野のことは阿野って呼ぶ。そんだけ」

 「そんなこと言ったって…」

 「さっき言ったよね?なんでもきいてあげる、って。桐戸理津の『お姉さま』である砥峰阿野なら、ウソはつかねーよなー?」

 「うっ……………ず、ずるいですっ!」

 「ずるくなーい。あははは!」


 ガリィが前にちらっと見せてくれたバレエのように(小学生の頃やってたとか。正直似合わんと思ったけど)、足一本を軸にしてあーしはその場でクルクル回る。

 なんだかすんげー晴れ晴れしい気分だ。

 あーしと阿野は女同士だから、恋とかそーいうのじゃねーけれど。

 でも、隣にいることは出来るんだと思う。

 先を歩いてる阿野が振り返ってあーしの隣に収まるのか。

 それともあーしが歩みを早めて阿野に追いつくのか。

 出来れば後者でありたいものだと思いながら、安久利が留守番をし、もしかしたらかーさんが帰っているかもしれない家に向かって、けっこー足は鈍くさい阿野をせき立て急ぐ。今は、それで充分なんだ。


 でも、明日からみてろよー?

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