第12話・心のルビコン川
「~♪~~♪…っとくらぁ、っと。おし、こんなもんでどーだー、安久利?」
盛り付けの終わった七面鳥…を模した手羽先を持って、ちゃぶ台に並べると、安久利は不思議そーな顔をしてそれを見ていた。というか、皿とあーしの顔の間で視線を往復させ、何故か怯えたよーな顔で、こう言った。
「…ねーちんが機嫌よすぎて気持ち悪い」
「そ、そうか…?そういうつもりはねーんだけど…」
マジ顔だったので怒る気にもならなかった。少なくともおちょくってるつもりは無いらしい。なんなんだ。
「だって…クリスマスパーティーとか言い出すくらいならわかるしー、率先して料理作るくらいでもなんとかきょよーはんいだけどー、鼻歌歌うねーちゃんとか…ヤバすぎてヒク」
「おい。かわいい妹でもそこまで言われたら…」
「い、言われたら…?」
「おねーちゃん怒っちゃうぞ?」
「っ?!……………」
引くどころか部屋の隅に駆け込んでガタガタ震え出す安久利だった。しつれーなヤツだ。
まあでも、かわいー妹の願いに応えてクリパを開くことにしたのだから、ここは見逃してやろう。別に機嫌がいいわけじゃないけど、これくらいで怒るあーしではない。
「………?」
なんだか安久利が、拾われてきたばかりの猫みたいになってるけど、構うことはない。安久利の懐いてるねーさんが来たら「わーいせんせーだー」とかはしゃいで元通りになるだろ。
今日、二十四日は世間的に言うとクリスマスイブ、というやつだ。
みゅーは最近つかまえたイケメンと過ごすとか言ってたし、他の友だち連中もそれぞれオトコと一緒だったりなんかギリギリ合コンとかワケの分からんこと言っていたが、あーしは、だな……実は、お誘いとかは無かったわけでもない。
ただいろっぺー話では全く無く、芦原さんちのホームパーティに招待されたくらいだ。もっとも、家族でやるパーティにあーしがお邪魔したらまずかろー、と思ったので丁重にお礼を言ってお断りしたんだけど。
「…ねーちんが静かだとこわい」
まーだ安久利が失礼なことを言ってる。震えてこそいねーけど、座布団抱いてこっちをなんか疑わしげに、というかあーしをよそのコワイ人みたいに見てる。なんなんだ今日は。大体このパーティだって、安久利がしたいって言ったから準備してんだろーに。
「ゆってない。かーさん今日は遅くないからなんかパーッといいもん食いたい、っつっただけ」
「そうだっけ?……ま、いーだろ。賑やかな方が楽しいしな?」
「……それはべつにいーんだけどー」
普段ハッキリしてる安久利らしくもねー。
「ハッキリゆったらねーちん怒る」
「怒らねーってば。ほら、支度もう終わるしかーさん帰ってくるまでまだ時間あんだから、話でもしてよ?な?」
「…わかった」
座布団を抱きかかえたまま、膝立ちでにじり寄ってくる安久利だ。まだいくらか警戒してるっぴのがアレだけど。なんかしたかな、あーし。
「ほら、ジュースでいーか?あと料理には手ぇ出すんじゃねーぞ」
普段自分ひとりで作る時はそれほど手の込んだものは作らないあーしだけど、せっかくのパーティってことで、鶏の手羽先に、手巻き寿司は酢飯から造り、安久利が大好物のサラダ巻き用のマヨネーズは実はあーし手製だったりするのだ。
刺身はまあ、安久利が生魚の好き嫌いはげしーのでマグロだけになってるけれど、その分卵焼きとかアサリの佃煮とか、そこそこ手をかけた自信はある。これで喜ばれなかったら二度とやんねーからな、と固く決意して、かーさんの帰りと来客のねーさんの到着を待つことにする。
ちなみにねーさんに声をかけたのは、あーしの判断だ。というかだな、安久利も普段世話になってる割にこーいうときにねーさんのことを気にかけないとは礼儀ってもんがなってねーだろー、と呼ぶことにすると言ったら変な顔をしてこんなことを言ってたのだけど。
『せんせ呼ぶのはいーけど、うちを言い訳にするのはよくない』
意味がわからん。まあ安久利が嫌がってるんでなければそれでいい。あれだけいっしょけんめーに勉強をみてやって、こーいう時に避けられたんではねーさんもメンツが立たないだろーし。
時間は五時をまわったトコだ。
今日は終業式だけだったんで、とっとと家に帰ってきてメシの支度をしていた。その甲斐あって、この時間にしてヒマができて、こーして久々に安久利と二人きり、というわけだ。そーいや最近は週二どころか週三のときもあって、かーさんいなけりゃ大概ねーさんもいたからな。まったく、こちらから頼んだことに応えてくれて、安久利もうれしーことだろーな。
「…ん?どしたヘンな顔して」
「ヘンなのはねーちんのほうだとおもーけどな」
「…そうか?変な顔してた?」
そーだよー、と安久利は気のない返事をして、グラスを両手のひらではさんでコロコロと回す。
手に持った何かをコロコロするのって、なにか考え事してるときのこいつのクセだったりするな、そーいえば。
けど、あーしからみてやっぱりヘンな顔っつーかむずかしい顔してたので、口出ししたりしねーほうがいいかと、黙っておく。
「………」
「…………」
間が持たねーったら…。
普段の安久利だったら、静かになる瞬間なんかこれっぽちもなく、少しは黙っててくれー、と泣きが入るくらいやかましーもんなんだけど。考え事してるといっても、こればっかりは、なんか、なあ?
「…なー、安久利?」
「……ん?」
「あー、そのだなー…最近、どうだ?」
「どう、て。なにがー?」
「何がって…そりゃいろいろあるだろー、学校のこととか勉強のこととか」
こちらを見ずに、手の中のグラスに目を落としたままの安久利。対面に女の子座りしてるあーしは……やっぱ間がもたねーんだけど…。
「なー、なんか話しよーぜー?静かだと落ち着かねーんだってば」
「ねーちん、なにをそんなそわそわしてるん?」
「そわそわ?してっか?…まー、そうだとしたら早くメシ食いてーからかーさん早く帰ってこねーかなー、とかなんじゃね?」
「そーか?」
「そーだろ。ほかにあるのか?」
「ほかにあるか、ってーとあるとおもーんだけどなー……まーいいよ。ねーちんが気づいてねーんなら」
そして安久利は立ち上がって台所に立つと、とっくに空になってたグラスを流しに入れた。
日頃の物言いとかは単純なヤツだけど、あーしより勉強できるせいなのか、たまーに何考えてるのかわかんねーからなー…。ま、わかんねーものを考えてもしかたねーか、とあーしも同じようにジュースを飲み干したコップを、安久利の分と合わせて二人分、さっと洗ってしまう。
それが終わるころ、慌ただしく階段を駆け上がってくる音がする。
こーいう慌てっぷりはご近所ではなく、ウチのそそっかしい身内だな、と思ううちに玄関の鍵が開き、「ごめんねえ!遅くなっちゃった!」と、我が母が帰ってきたのだった。
「おかーりー、かーさん。別に遅くねーよ?」
「だな。こっちの準備が順調すぎただけだし」
はぁはぁ言いながら入ってきたかーさんから、ケーキの箱を受け取る。
そそっかしいトコがあるから、最後の最後でつまずいて部屋ん中にケーキをぶちまけるようなことになったら悲劇だ、と手にした箱の重みが、予想してたよりもあることに気づいた。
「…って、あれ?まさかホールで買ってきたん?」
「そうよお。二人とも珍しくクリスマスがしたい、とか言い出すんだもの。おかあさん奮発しちゃった」
「そりゃまた気前のいいこったなー。安久利のおやつになってお終いな気もするけど」
「ねーちん、うちをどーいう目で見てんの」
うん、すげー心温まる家族の団らんの風景だ。これだけあれば他に欲しいものなんかねーよな、と思ったときだった。
「ぴんぽーん」
呼び鈴、ではなく(というかこの部屋の呼び鈴は結構前に壊れてそのまんまだ)、どっか間延びした声で呼び鈴の真似をする音が聞こえた。
「ごめんくださーい。お招きに応じて砥峰阿野、お邪魔しに来ました」
………あ。そういえば忘れてた。つーか声かけたのあーしじゃん。呼んだのは安久利だけど。
「ちげーよ、ねーちん。呼べ言ったのも誘ったのもねーちんじゃん」
「…口に出してた?」
「出してねーけど。でもせんせの声したら嬉しそーな顔すんだもん」
……そうなんか?
あーしはまだ水気のきれてない手で、自分の顔をぐにゅぐにゅ揉んでみたけど、そんな感じはしない。
とかバカなことやってるうちに、かーさんが扉を開けてねーさんを迎え入れていた。
「あらあらあら、いらっしゃいませ。今日は娘たちが無理言って済みませんねえ」
「いえいえ。こちらも独り身の寂しいクリスマスですし」
「あらあら、こんなにキレイなお嬢さんをほっとくなんて、世の男たちは見る目がありませんね」
「いえいえいえ。おだてと畚にゃ乗りたかねぇ、と昔のイギリス人も言ってますし」
…ほっといたらいつまでも「あらあら」と「いえいえ」の応酬が続きそうだったので、「イギリスじん?」と首をひねってる安久利に、さっさと二人とも部屋の中に入れるよーに言いつけるあーしだった。
なんだかなー。
「そいじゃーみなさん。きょうはうちの誕生日にあつまってくれてありがとーございましたー。かんぱーい」
「かんぱーい…ってぇぇぇぇぇっ?!安久利ちゃん誕生日だったのっ?!」
「ちがいますよ?」
安久利の大ボケをマジメに取り合ってるねーさんを、かーさんはなんだかニコニコしながら見ていた。娘がもうひとり増えた気分、てこたあ無いだろうけど…いやウチのかーさんだからなあ。子供は何人増えたっていい、とか言い出しかねないヒトだもんな。
「…あー、びっくりしました……」
「ちょっと考えりゃウソだと分かると思うんだけどなあ。ねーさん人がよすぎ」
「だっ、だって本当にお誕生日だったら…その、いっぱいお祝いしないといけないでしょう?こんなお菓子の詰め合わせだけじゃあ可哀想じゃないですか…」
と、自分で持ってきたナントカブーツだっけ?クリスマスの定番の、お菓子がいっぱい詰まった靴型の入れものを持ち上げてそんなことを言う。
いちおーあーしと安久利へのプレゼント、ということでそれはそれで安久利も喜ぶとは思うけど、高校生のあーしにまでそれって、どーいうことなんだか。
「そうでしょうか…わたし家が厳しくて、高校生の頃でもこういういっぱいのお菓子に憧れがあったんですけれどね」
「……またなんつーか…」
かわいいひとだなあ、と後半を呑み込んだあーしの言葉に、ねーさんも何を言われたのかは想像がついたのか、照れたよーに目を伏せていた、と思う。
思っただけなのは、なんだかねーさんのそんなところを見たらわりーかな、と思ってこっちも目を逸らしたからだったんだけど。
「まーそれよりねーさんも食お?教わったのとか作り方調べたのとかいろいろあっけど、ぜぇんぶあーしが作ったヤツだから」
けどそんなことしてたら、せっかくの料理が空になる。
既に自分の取り皿に二回目を盛り付けてる安久利の様子を見て、あわててそう声をかけると、ねーさんも改めてちゃぶ台の上の、今日のあーしの成果に目を見張る。ふふん、かーさん以外から料理を教わり始めてから二ヶ月にしては、そのあれだ、たしか「ちょーそくのしんぽ」ってヤツだ。
「…ええ、ほんとうに凄いですね。時間かかったでしょう?」
「時間はかかったけど、どーせ昼にガッコ終わったし。午後からずっと作ってた」
と言ったら、さすがにねーさんも目を丸くしておどろいてた。あー、この顔見れただけでもがんばった甲斐はあったなー、と立ちっぱなしだった足の疲れも吹き飛ぶ心地がしていた。
・・・・・
んで、クリパは何ごともなく終わった。
料理は安久利にもかーさんにも…もちろんねーさんにも大好評だったし、それほど得意でもない料理だったけど、感想をきいたら「またつくってねーちん」と安久利は満面の笑顔だったから、やる気だけはわいてきたと思う。
ま、材料費考えたらそう何度も、ってワケにもいかんけど。そーいうやり繰りは、まだかーさんから学ばねーとな。ねーさんの方はいかにもお嬢さまらしく、材料の選択に財布への遠慮っつーモンがない。この分野だけならあーしの方がねーさんに教えてやれそうなくらいだ。
「理津?何だか今日はとても楽しそうですね」
「んあ?そーかな。まあうめーメシ食って気分悪くなるやつなんかいねーだろ」
「ふふ、本当にそうですね。今日はごちそうさまでした」
「ちょっ、ねーさん…そこはほら、『調子にのるんじゃありません』とか言って叱るとこだろー…?」
いつものように階段下まで見送りにきたところで、心の底から楽しそーに言うねーさんを、あーしはなんだか正面から見てられなくなる。
「調子にだなんてとんでもありませんよ。もうわたしの教えられることなんか無くなりそうなくらいです」
「え…?い、いやそれはー……その、あーしの料理なんか付け焼き刃みてーなもんだし。それにだな、安久利の勉強はまだまだ見てもらわねーとダメだからな!もう来ねーなんてこと……ない、よな?」
「……ええ、もちろんです」
いつものようなほんわかした笑顔じゃなく、どっか儚げな笑い方をしてた。いやその、儚げ、ってーのもこのひとに似合うかどーかってーと、ちょっと微妙な気はすんだけども。
ねーさんは喋ることもなくなったのか静かになるし、あーしも…なんか何を口にしても空回りしそーに思えて、会話が途絶えた。
いつもだったら、ねーさんの方からそれを察して「おやすみなさい」ってことになるんだろーけど…。
「…じゃあ、理津。おやす…」
「あ、あー…そうだ。あのさ」
「はい?」
…なんか、この空気が終わると思ったらなんかすげー…胸のあたりがさ、きゅうってして、何も話せることなんかないってのに、つい呼び止めてしまう。なんなの、あーし。
「…えと、ええと……あ、そうそう。正月の予定とかどーなん?」
「正月?ええ、普通に家族と過ごしますけど…」
「あ、じゃあさ…じゃあ、時間あったらでいーんだけど………初詣とかー…一緒にいかね?あ、かっ、勘違いすんなよっ?!安久利も一緒だかんなっ!かーさんは…まあ、また正月も早くから仕事あんだけどさ…」
「理津…」
……いやもう、何言ってんの。しどろもどろ、ってーのはマンガとか小説とかでよく見る表現だけどさ、まさか自分がそーなるとは思わなかった。
んでも、仕方ねーじゃん…なんか、なんでもいーからこうしてたい、って思ったのは事実なんだからサ……。
「……ふふ、今の理津だったら話くらいは聞いてもらえそうですね」
「話?別にねーさんの話ならいくらでも聞いてやっけど」
「ありがとうございます。じゃあ…」
「うん」
ねーさんは、ほにゃっとした笑顔から一転、ちょっとマジメな固い顔になって言う。
「わたしをお姉さまと呼んでもらえませんか?…いえ、ちょっと違いますね。わたしの妹になってもらえませんか?そして……一緒に、成長していきません…か?」
…それは初対面のときに言われたことだった。
自分のことを「お姉さま」と呼べ、とか。
そのときはキモいことをいう人だ、としか思わなかった。こうしてウチによく来るようになったのも、もともとは安久利のためにうまいこと扱ってやれ、って思ったからだった。
それでも、何度もウチに来て安久利の勉強みてやるとこ見て、並んで料理を教えてもらって一緒に作って、んであーしの作ったモンでも美味しいって言ってくれて……だから、やっぱ、姉とか妹とかゆーのは悪くはない…んだろうけど。
「…それは、ヤダ」
「……そうですか」
言ってから「しまった」と思って、顔を上げてねーさんを見る。
少し困ったような、でもどっか傷ついたような、そしてそれをあーしに悟られないよう堪えてるような、そんな顔をしていた。
(あ……)
したら、なんだか胸ンとこにあったきゅうっとしたモンが、逆に胸のトコいっぱいにひろがってく感じがして…。
「ごめんなさい、また困らせてしまいましたね」
いやちげーし…そんなんじゃねーし。
あーしはただ、あーしと安久利みたく、ねーさんとなりたいわけじゃなくって…。
「理津?」
「うひゃふあはぃっ?!」
そんなことを思ってたら、一歩近付いてあーしの顔を下からのぞき込むよーにしてたねーさんと目が合って、その途端にすっとんきょーな声が出た。
「…その、あんまり………嫌わないでくださいね?じゃあ、おやすみなさい。今年はこれでお終いですので、また来年に。よいお年を」
そんで、最後によーやっと、あーしの様子がおかしかったのかくすっと笑って離れると、ちょっと寒そうに身を震わせて、あーしの返事も待たずに行ってしまった。
取り残されたみてーな形のあーしは、つい今の今まで気付かなかった空気の冷たさを素足に感じて、ポツリと言う。
「…嫌ってるわけねーじゃん。嫌ってるどころかむしろ……」
そしたら、気付いた。気付いてしまった。
これが正しいことなのか間違ってることなのかよく分かんねーけども。
「好き、って…こーゆーことなんだなー……」
ひとりごとで言ってしまってから、思う。
…コレ、今晩ひとりで布団の中で「やべー」って転げ回るヤツだ、って。
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