第10話・花薫るころ
高二の十二月、っつーと同級生連中が話題にすんのは二分されるよーな気がする。
年が明ければいよいよ受験生に、ってことで、マジメな連中は一足早く、そーいう気分になるものらしい。
らしい、っつーのは、あーしの場合最初っから就職希望なので、受験とか言われてもまったくピンとこねーからなのだが。
で、就職組だとか、受験対策なんか来年の秋頃からでいーべ、と舐めまくってる連中は、やれクリスマスだー、とかで浮かれまくるわけだ。
「やっぱさー、一度しかねー高二のクリスマスじゃん?オトコ要るって。だから合コン行こうか、リズ」
「おめー最近オトコ出来た身分で合コン行こうとか、いろいろズレてんじゃねーのか、みゅー」
学食で月見うどんの丼を前にそう力説するみゅーを、あーしは冷たい目で見てた。
コイツは以前言ってた、あーしが目当てだったらしいイケメンをめでたくゲットし(ついでに言えば、こないだ聞いた通り芦原さんの通う塾でバイト講師やってる大学生だった)、いつ見ても足下がふんよふんよとおぼつかない有様だっつーのに、何を考えてんだ。それは浮気とかじゃねーのか。
「いんや、別に合コンくれーじゃ浮気になんねーし」
「どーいう基準なんだそりゃ…」
なんか理解するのもアホらしくなって、あーしは残ってた一口カツサンドの最後の一切れを丸ごと口に入れた。
みゅーとは、のほほんとしてるところが割と気が合う。生意気にも受験はするつもりらしく、しかもそこそこ志望もしっかりしてて、ギャル組のなかではちゃんと将来も考えてる方に入るんだが…オトコ関係となると途端に考えがゆるーくなるのが、あーしなんぞには少しイラッとするところだったりする。
「……リズはさー、オトコには興味ないワケ?」
「ねーわけじゃねーよ。ただ、合コンだの何だのってうるせートコで探す気になんねーだけ」
「…実はリズってけっこーモテるって自覚、ある?」
「ん?!…ぐっ……」
ヘンな矛先がこっちを向いて、喉を通るサイズにまでなってなかったサンドイッチを思わずのみ込んでしまい、あーしは呼吸も出来なくなる。慌てて水を探してテーブルの上を探るけど、見つからない。
そろそろ命の危険を覚えてきたところに、
「ほれ」
「んぷっ……っはぁぁぁ~~~~………」
と差し出された水筒をあおって、ようやくひといきつけた。
本気で死ぬかと思ったわっ、と、みっともなくぜーはーぜーはー喘いで、みゅーを睨む。
「………おい、みゅー。いきなりとんでもねーこと言うんじゃねーっての!」
「とんでもねーかー?リズはさー、そーゆーとこ鈍いんだよ。下級生同級生上級生問わずけっこー噂になってっぞ?」
「本人の知らねーとこで流れてる噂なんか知らねーっつーの……って、おい。ここ女子高だろーが」
「だな」
「…なんであーしのことが噂とかになるんだ」
なんでか分からないけど、つい小声になる。いや普通に不穏な内容だと思うんだけど。
「前言ったじゃん。リズは男前だなー、って。そーいうとこが好かれてんじゃねーの?」
「……だからってもなあ。つかオトコに興味あるのないのって話じゃなかったっけ?」
「いや、オトコに興味ないんなら女子に興味あんのかな、って思って」
「………」
また極端なことを言うな、コイツはー。なんでオトコに興味なかったら女の子に興味ある、なんて話になんだか。
渡された水筒はみゅーのものだったから、さんきゅ、と言って突っ返す。中身が何か気にもとめてなかったので、口の中に残る味で、なんか麦茶みてーなもんだとは思ったけど。
で、少し落ち着いたので周りの様子を気にする余裕も生まれる。
昼休みなのだから、また平気な顔でうどんをすすってるみゅーの他にも生徒はいるわけで、ふと首を巡らせてみたらその何人かと目が合った。
…今まで気にしたこともなかったけど、なんで目が合うんだ?それってこっちのことを見てた、ってことなんじゃねーの?
「…おい、みゅー」
「あいよ」
また一際声をひそめ、目の前にいるヤツにだけ聞こえるよう、顔を少し寄せて言う。
「その話、マジなのか?」
「リズがオナコーの女子にモテてる、って話か?まー女子高なんだから、男前の同性がなんか気になるー、ってくらい不思議でもなんでもねーと思うけど」
「……だよな」
思わずホッとする。いや、好意をもたれるのは悪い気はしねーけど、それが本気の惚れた腫れただとか言われると、流石に少しは悩む。
なので、みゅーのフォローには少しホッとはしたんだが。
「ただなー」
うどんをすっかり平らげ、汁に浮いてた生卵をちゅるんと汁ごと呑み込んで、みゅーが話を続ける。つか気持ち悪い食い方するやつだなー。
「けっこーな人数がリズに熱視線注いでんだからさ、本気の本気で、ってヤツが一人や二人くらいいても、おかしくないんじゃね?」
「………」
固まるあーし。
いやその…安心させといてまた困ることを言って追い撃ちかけるの、ナシにしてくんね?
「困る?」
「や、そりゃ困るだろ…というか、どうなんそれー……」
「だったらさー、リズもちゃんとオトコつくって、フツーの恋愛とかした方がいんじゃね?って話なわけよ」
「ンなこと言われてもな…」
大体、あーしだって恋とか愛とか、そーゆーことに興味がないわけじゃないのだ。ただそーいう気分になる相手がいねーだけなんだし……あ。
「…どした?」
ふと浮かんだ顔があって、なんだそりゃとアタマからそれを追い出していると、目ざとく見とがめたらしいみゅーが、急に興味でも沸いたよーな顔を寄せてきた。
「いや、なんでも」
「なんでも、ってツラじゃねーだろ、それ。誰か好きなオトコの二人や三人、心当たりでもあったか?」
「んな色っぽい話じゃねーよ。あーはいはい、メシ食ったんならさっさと教室もどろーぜー?あと好きなヤツが二人も三人もいてたまるか」
「ごまかすとかリズらしくねーな?」
「ちげーっつってんだろ!」
くそー…自分でも分かるくらい顔を赤くして、こんなことを言ってたらあからさまにごまかしてるって誰でも分かるだろーがー…。
あーしは、しつこく食い下がるみゅーを雑にあしらいながら、意識し始めるとそー見られてるとしか思えない視線の中、小走りに近い速度で学食棟を出て行くしか出来なかったりする。
・・・・・
実は安久利のカテキョの日は、かーさんが仕事でいない日を選んでいたりする。
いや別にねーさんがかーさんを避けてるとか、ねーさんの言動的に親に会わせられねー、とかそーいった事情ではなく、
「お母さんがいらっしゃる日は家族水入らずの方がいいでしょう?」
…てことらしい。あとは大人のいない時間が少ない方がいいから、とも言っていたけど、オトナ的な役割をこのヒトに求めていーかどーかは…。
「理津?わたしの顔じーっと見てどうしたんですか?あ、もしかして…」
「ねーさんが大体何考えてっか想像つくから言うけど、ちげーから」
「…ちぇ」
…どう考えてもあーしの方がしっかりしてるよなぁ。
「せんせ、ここんとこだけど」
「あ、はいはい」
二人の様子ぼけーっと見てると、こっちの方がよっぽどお姉さまとかわいい妹だよな、と思う。
いや、な?ねーさんに影響されたわけじゃねーのだけど、エスとかいうジャンルの小説を読んでみたのだ。とても図書館にあるよーな内容とは思えなかったので、当のねーさんに借り…たらまた妙な勘違いされそーだと思って、なけなしの小遣いはたいて、自腹で。
正直言って、面白いとは思った。
女の子同士で恋愛とかそーいうモンなのかと思ってたけど、しごく真っ当に二人の人間が助け合ったり成長したりする話だったから、まあ他にも読んでみよーとまでは思わなかったとしても、無駄遣いをしてしまったってことはないだろーな。
「………ふんふん」
「……ふふ」
熱心に問題を解いてる安久利と、それを見守ってときどき嬉しそーにしてるねーさん。
なんだかそんな二人が、本で読んだ「仮初めの姉妹関係」のように見えて、声をかけたり音を立てたりするのがもったいなく思える。何言ってんだろーな、あーしも。
「…ねーさん、メシの準備するけど、なにすればいい?」
「え?あら、もうそんな時間なんですね。安久利ちゃん、ちょっと一人でやっててね?それ解けたか、分からなかったら飛ばして次行っちゃって構わないから」
「ういー」
…言うんじゃなかったかな。安久利は顔も上げずにノートに何か書き込んでいるし、ねーさんはあーしの方に向かってきながら、安久利の方を気にしてる。
で、あーしはそんなねーさんを見て、ちょっとイラッとしてる。
わーってる。なんか…あーいや、多分、安久利に嫉妬してんだわ。最初はあーしの方にしかキョーミないみたいなこと言ってたくせに、いつの間にかウチに来るのが安久利のためになってるってことが、なんだか面白くないんだ。
昼休み、みゅーとした会話のことを思い出す。恋愛とかそーいう気分になる相手がいないのか、と言われて思い浮かんだのが。
「はい、おまたせしました理津。じゃあ始めましょう?ええと今日はですね、スズキをムニエルにします。あ、難しそうに思えるかもしれませんけど、やってみると意外と簡単なんですよ?それでいてびっくりするくらい美味しいんですから…」
いまこーして、あーしの隣でエプロンつけてるひとだったんだから。
「じゃあまず魚を捌いて、と。あ、わたしが一尾先にやるので、理津も同じようにやってみてくださいね」
料理なんかするようには見えないキレイな手で、ねーさんは魚の身を切り開いていく。実のところ、あーしに料理を教えるとはいってもねーさんも包丁を扱う手はウチのかーさんのよーに鮮やかじゃなかった。
けど、二ヶ月近く、週に二回ほどこーしてあーしの見本役をつとめてるうちにずいぶんと手捌きもスムーズになったみたいに思える。その割に、弟子のあーしの方はさっぱり上達しねーんだけどな。
「…こんな感じです。はい、理津もやってみて?」
ねーさんが使い終えた包丁をまな板に置く。
これから捌かれよーって魚…スズキだったっけ?意外とデカくて自分に扱えるのかよくわかんねーけど。
「まずここを持って、こう」
ま、結局さー。
バカなんで。あーし。
ゴチャゴチャ考えてねーで、隣であーしのこと見守っててくれるひとがいることがすんげー気持ちいいって思えてりゃ、それでいーや。
「理津?なんだか楽しそうですね」
「ねーちんまーた悪だくみしてるのか…魚にタバスコとか入れんなよー」
「うるせー、ホントに入れられたくねーなら黙ってベンキョしてろ」
「美味くなんなら入れてもいーけど」
「………なりませんからね?」
手を止めて考え込むあーしの手に、まさかホントーにタバスコ入れたりしないだろなと心配でもしたのか、ねーさんが自分の手を重ねてくるのが少しばかり、嬉しかったりした。なんでかは分からなかったけど。
今日の夕食は、いつもより少し早めにかーさんが帰って来たので、ねーさんも入れて四人でちゃぶ台を囲んだ。そういえば、なんでウチはフローリングのダイニングにちゃぶ台置いておくん?テーブルにすりゃーいーじゃん、と、かーさんに言ったことがあった。したら、こっちの方が隣の席が近くていいでしょ?だってさ。
それは分からんでもねーけど、狭くて不便なんじゃねーの、とあーしは思ってた。
…んだけど。
「火加減はよし。衣に下味つけてもいいかもしれませんけど、お魚の種類に合う合わないはありますしね。理津、どうですか?」
「ん、うまいけど」
「よかったです。今度作るときはもっと付け合わせを工夫したいところです。洋風だと…うん、マッシュポテトがいいかもしれませんね」
「あー、まあねーさんの好きにしていーよ」
四人でメシとなると、安久利がかーさんばっかりかまうので、必然的にねーさんと話をするのはあーし、ということになり、かーさんが一緒だと安久利がかーさんを独り占めするもんだから、こーしてねーさんと近いところで肩をならべて、作ったメシの評価とかをするわけなのだ。
「…せっかく上手く出来たんだから、もっと美味しそうな顔をした方がよくないですか?」
「どんな顔してんの、あーし。自分で言うのもなんだけど、ちゃんと上手くできてるって。ありがと、ねーさん」
「どうしたしまして。ふふ」
ほんわか笑ったねーさんの顔を見ていられず、あーしは箸をくわえて手元の料理を見下ろすしかできなかった。
…なんでかな。今日に限ってだけど、気分のいーとことかわるいこととか、ねーさんに素直に言えなくなってる気がする。
なんかあったかなー、今日は……ないよな。うん。
「じー」
「なんだよ、かーさん。別に妙なモン作ったりしてねーじゃん」
「というよりね?砥峰さんと理津がホントの姉妹みたいに見えてね?」
「え、」
「えええ~~~~~っっっ?!」
「うわぁ!」
すぐ隣であがった大声に、かーさんのトンデモ発言にたまげるより先に、あーしは横にすっ転がった。
「あ、あの、あのあのあのの……わ、わたしと理津が姉妹に見え…ます?」
「ええ。とっても仲の良い姉と妹に。理津と安久利も仲はよくって、親としては嬉しい限りですけどねぇ、この二人だとなんだか男兄弟みたいで、おかーさんちょっともったいないと思っていたものですから。せっかくこんなに美人に産んであげたのにね?」
「かーさん…とんでもねーこと言わねーでってば…ねーさんがメイワク」
「めいわくだなんてとんでもないっ!」
なんなりとフォローする必要もないみてーだった。いきなり顔を真っ赤にしていきり立って、なんなんだこのヒトは。
のそのそと体を起こし、何ごともなかったよーに、食事を再開する。つーか、巻き込まれてたまるか。
「ね、ね、ね、理津?!」
「しらん。ほっといて。別に姉とか妹とかそーいうのいーから」
「ねーちんばっかずりー。うちもセンセの妹になる!」
「安久利ちゃんてば…なんてかわいいことを言うんです!もう!!」
…なんだかなー。
かーさんは火を付けといてなんとも生ぬるい視線でお祭りを始めたねーさんを見てるし、安久利は悪ノリしてるし。
そんな降ってわいたよーな騒ぎのなか、なんでか知らんけど、あーしは心が冷えてくみたいな、チクチクする気持ちをかかえ、それをひとりで持て余しているだけだったんだ。
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