第8話・Beginning of something
安久利のカテキョに砥峰のねーさんが来てくれるようになり、どーいうわけかあーしまでねーさんの教え子(学校の勉強でなくて料理の、だけど)になってしばらくたったとある日のこと。
あーしは、明日のカテキョの授業の件もあって少し考え事をしていた。
いうても、昼休みの今に何を考えたところであーしの勝手、というもんなんだけど、弁当見下ろし考え事をしてるのはアブないヒトにでも見えるのかもしれない。
「桐戸さん…どうしたの?食べないの?」
というのも、隣の席の芦原さんが、なんかかるく警戒しながら聞いてきたからだ。そこまで不審に思われるよーな姿だったんかな。
「んや…明日の晩メシどーしようかと思ってねー」
「明日?ずいぶん気の早いはなしなのね…?もしかして桐戸さんが作ってるの?」
「あーしが作ってるというかねー…?説明すると長くなんだけど」
「うん」
長くなるから聞かない方がいーよ、というつもりだったのに、何故か芦原さんは、あーしの対面に椅子を持ってきて、本格的に話を聞く体勢だったりする。
そいで包みを開いて取り出した弁当箱が開かれると、あーしはつい見入ってしまった。
「うまそーだね。お母さんの?」
「ううん。自分でつくってる」
「ほえー……」
思わず驚いた声になってしまった。んや、別に芦原さんが自分でおべんと作るよーなタイプに見えない、って意味じゃなくて、魚がメインながらおかずの品が多くて、とてもあーしじゃあ真似をしようかって気にもならない中身だったからだ。
ひるがえって、自分の弁当箱を見下ろしてみる。
ねーさんに教えてもらってるのは晩メシの方だから弁当に役立つわけじゃないけれど、ちっとは手間かけてみっかな、と思ってやってみた結果がそこにある。
「桐戸さんのは?やっぱりお母さん?」
「…自分で作ったものなんだな、これが」
「え…えーと……そ、そう。すごいね」
なんか同じよーな会話になってしまった。
言うて、多分芦原さんが驚いていたのは、あーしみてーなギャルっぽいのが弁当なんか作ってたからなんだろうけど。
「あ、ごめんなさい。驚いたのは驚いたけど、よく出来てると思うの。それは本当だから」
「気ぃつかわなくてもいーよ。ノリ敷き詰めて冷凍食品てきとーに並べただけだし」
「そ、そう?…ええと、とってもバランスとれててそうは思えない」
ンな無理して褒めなくてもな、と苦笑しながらあーしは箸を手にして、食べよか、となかばヤケ気味に醤油味のノリを切り裂き始めた。
「それで何を考えてたの?」
「んふ?」
で、一口目をさて飲み込みにかかろーか、というタイミングで、芦原さんが声をかけてくる。こっちは次に箸をブッ刺すモンをどれにしようか考えてるちうのに、お向かいさんは一口目をこれから口に運ぼうか、というところのよう。またノンビリしたコだよね。
「ん…ごくん。で、なに?」
「う、ううん。さっきの話。何を考えておべんとばこ見下ろしてたのかな、って」
「あー、そういう…」
そんな気にすることでもないだろーに、と思いはしたけど、そこで素っ気なく話をぶった切るのもおもしろくねーな、と、妹のカテキョしてくれてる女子大生に、料理を習ってるって話をしてみた。
してみた結果、ドン引きされた。なんでだ。
「え、だって…その、うらや……な、なんでもない…うう……」
箸を噛んで顔を逸らす芦原さんなんだけど、意味わかんねー。そこまで引かれるよーなことなんだろうか。
顔を赤くして黙り込んでしまった芦原さんに、やっぱり意味がわかんなくて口をつぐんでしまったあーし。
教室のそこかしこからは、きーきーきゃーきゃーとさわがしー声が聞こえてきて、そンな中で黙った二人組がもそもそと弁当をかっ食らってる状況てーのは……まあ、スタートが遅れてまだ弁当を空にしてないのに昼休みを折り返した身としては助かるかもね、ととりあえずはぐはぐはぐと、ソッチの意味で口を動かすあーしだった。
「ふー、ごっそさんー」
自分で作ったベントーにごっそさんもねーのだけど、まあそこはお百姓さんとか冷凍食品作った工場のヒトとかに感謝するということで。
んで、べんとばこ片付けて向かいを見ると、箸を加えた芦原さんがなんだか恨めしげな顔でこちらを見てた。
「まだ食べ終わんないの?」
「…なんだか食欲が無くって」
なんてことを言うだけあって、確かにべんとばこの中には原型を留めたままのおかずがいくつも残ってる。つーか、あーしなら二口か三口くらいでぺろりといけそーな量なんだけど、小食なんかな。せっかくうまそーな弁当なのに。
…ということなので、あーしは余計なおせっかいというものを、やいてみる。
「もったいないなー。要らないならもらっていい?あーん」
つまり、食えないならもらってやろー、という親切心なわけだ。おためごかしとか言うない。
「ええっ?!…ちょっ、ちょっと他のコの目もあるんだから勘弁してよっ?!」
「いーじゃん別に。口開けっ放しも疲れっからさ、ほら早く。あーん」
「う、うう…これ喜んでいいの…?……はい…」
何か困ったことでもあるのか、芦原さんは泣きそーな顔になりながら、自分の箸でおかずの一品を、まるごとあーしの口に放りこんでくれた。というか、あーしの口にまで届かなかったので、こちらから迎えにいった。
「いただきます。ん、うまいなー」
「ほんとうにもう、どうしてこんなことにぃ……」
「まだ残ってるじゃん。そっちもちょうだい?」
「ええいもうヤケよ!あーんでもなんでもやってあげるわっ!!」
「わふっ!」
立て続けに口をあけたら、べんとばこの残りを注ぎ込まれるよーに、食わされてしまった。いくらか喉につまらせかけながらもなんとか平らげたのだから、ここは大口開けられる体に産んでくれた両親に、感謝しときたい。
で、その後はなんかクラスの連中に賑やかされたんだけど、なんでか芦原さんが「おめでとー」とか言われてたのが気になる。なんで彼女だけがめでたくてあーしはめでたくないんだ。意味わかんねー。
「べつにわかんなくてもいいわ…」
「そこまで疲れる理由もわかんねーけど…まあいいや。とりあえずごちンなったからそのうちお礼するよ」
「…だったらお礼代わりにひとつ話を聞いて欲しいんだけれど」
「はなし?何の?」
「それは放課後にでも。いい?」
「まーそれは断る理由もねーし。あ、みゅー?わりーけど今日の帰りはナシで」
通りがかったみゅーにそう告げると、芦原さんはまた焦ったよーに挙動不審?になる。そういやあーしらギャル組のことは苦手にしてたっけ、この子…と思いつつ、浮かれたよーな、つーか実際スキップを踏んでいくみゅー、という今世紀初の背中を見ながらヤツを見送った。なんなんだありゃ。
「話、っていうほどのことじゃないのかもしれないけど…」
「うん」
放課後、校内でダベれる場所なんてそうそうあるもんじゃなく、芦原さんとあーしは解放されてる学食のすみっこで話をしていた。
いっしょに帰りながら話そうか、とも言ったんだけど、時間かかるかもってことだったのでこの場所になったのだ。ただ、すこーしばかりこちらを見てる気配ちうのがうっとうしい。別にあーしは目立ってる方じゃないんで芦原さんが注目されてるんかな。どちらかといえば地味なコだと思ってたから、意外と言えば意外だ。
「…あの、佐久良さんのことで」
「みゅーの?」
で、給水器からもってきたプラのコップを握りながら、芦原さんはそう切り出す。
その口から出てきた名前は、しょーじき言って意外もいーとこだった。繰り返しみたくなるけど、みゅーやあーしらみたいな、いかにも遊んでる風の(と、思われがちだけど、その辺はひとによる。みゅーですら、いっちばんひでぇのに比べればじゅんじょーオトメなのだしな)連中を良くは思ってないだろうと、こちらは思ってたから。
だから、なんかケンカでもした、ってとこなんだろうな。まあ仲裁するんなら確かにあーし以外にやれるモンいないだろうし、だったらちゃんと話くらいは聞いてやんねーとな。
「そうじゃないの。別に佐久良さんに何かあるわけじゃなくって…佐久良さんのことなんだけど…」
「なんか歯切れわりーね。言いにくいことならLINEとかでもいいけど?」
「あのねっ!佐久良さんて先生と付き合ってるのっ?!」
「……………は?」
いや待てちょっと待て、とあーしは慌てて芦原さんの口を手で塞ぐ。
幸い、発言内容のしょーげき度の比べれば声の大きさはそれほどでもなかったみたいで、誰かに注目されてる、って感じはない。
のだけど。
「…いや何をみてそー思ったんか知らねーけど、あのみゅーが学校のセンセと?ありえねーって」
「そ、そう…うん、わたしもそうは思うんだけどね…あ、ちなみにこの学校の先生じゃないからね?」
そりゃそーだろう。この学校で男のセンセイっつーたら、定年間近か定年過ぎた非常勤のセンセイが数人いるだけだ。それがみゅーとお付き合い、とか言われたらあーしはそのセンセイとどつきあいすること間違い無しだ。いい歳してあーしの友だちになにしてくれんだ、って。
ただまあ、聞いてみたら学校のセンセイ、じゃなくて芦原さんが通う塾のセンセイがなんか親しげに並んで歩いてた、ってだけのよーだった。
言うて、そのセンセイもどっかの大学の学生のバイトらしく、それもついこないだやかましかった合コンの時の相手だったとかなんとか(と、あとでみゅーに聞いた)。
なもんだからあーしも「別に心配する必要ないんじゃね?」とだけ言って、その場は別れたんだけど。
…それにしても、芦原さんも、どっちの心配してたんかな。塾のセンセイの心配?だとしたらみゅーに失礼な話だし、かといって芦原さんがみゅーの心配をする、ってーのも…微妙に無さそうな、ありそうな気はする。
それとおかしなことだったんだけど、話の最後に、誰か付き合ってるヤツいるの?と聞かれてしまったり。もちろん、この場合芦原さんが聞くのは、あーしのことだ。
それで、今のところとくに付き合ってるヤローはいないけど、っつったら微妙にニマニマとされてしまった。なんのこっちゃ。
・・・・・
ま、そんなことがあったもんだから、次の日にはひゃくパー興味本位で、砥峰のねーさんにこんなことを聞いてみた。
「ねーさんは誰か付き合ってるヤツとかいるん?」
「いませんよ?」
…そうあっけらかんと言われても、話の継ぎ穂、ってーやつが途切れて面白くもなんともねーんだけど。
安久利の教育にはびみょーによろしくない話になりそーだったんで、ちょうどガッコ帰りだからと途中まで迎えにいった甲斐も無い。つまらん。なんかこお、いきなり顔を赤らめたねーさんを、「お、いーじゃんいーじゃん。おもしろそーだから話聞かせてもらうぜー?」とかしばらく弄るネタになると思ってたのに。
実はあーしの下校路と、ねーさんが最寄り駅から自宅と反対方向のウチに来る道は、結構な距離が重なってたりする。
だから駅寄りにまで足を伸ばせばしばらくの間並んで歩くことになるのだけど。
「ねーさん、もーちょいサービス精神てやつ発揮してさー、過去のオトコ話とかしてくんない?」
「それは理津もそういう話が気になる年頃なんでしょうけど、別にわたしに聞かなくても学校でいくらでも出来そうだと思うんですけれど」
「んー、そっちはそっちで、ねーさんはねーさんで。やっぱさぁ、年上ならではの豊かな経験、ってーヤツは参考になるじゃーん。あーしらみてーなギャルにはさー」
「あのですね」
…すれ違い様に、ご近所のおばちゃんに振り返られる率がいよーに高くて、ちょっと失敗した感というものは、あったりした。まああーしはこんなナリなんで、今更ご近所にどー思われようが構わんのだけど、かーさんや安久利がアレコレ言われるのはなあ…ちょっと自重しよ、と声のボリュームを二割減に。
「なんです?」
「んー、ちょっとねー」
並んで少し身を屈める。ねーさんの薄化粧な横顔がすぐ隣にあった。
普段の言動がアレなんだけど(最近特に妹可愛がりの対象が増えたもんだから余計に、だ)、このひとキレーはキレーなんだよな。やっぱ今はカレシいねーっつっても、何人ものオトコを過去手玉にとってきた、とか言われても驚かない自信がある。
「それほどじゃないですよ、もう」
「そうなん?ねーさん、男好きする顔してんのに」
「…りーづー?ひとに聞こえるようにそんなこと言ったらダメですよ?」
「え、なんで?褒めたのに」
「あのね」
と、ねーさんはとても悩み深い顔になってしまった。なんでだろ。もしかして何かひどいめにあったことがあるとか…。
「モテ顔だー、ってくらいのつもりで『男好きする顔』とか言ったんでしょうけど、ひとによっては慎みの無い、とか、ふしだらな、ってニュアンスも捉えるんですから、あまり簡単に使ってはいけませんよ」
「あ、あー…そういうことね。わりーわりー。気をつける」
「そう願います……ふふっ」
小言を言ってマジメな顔になるのかと思ったら、ねーさんは前を向いてなんだかとても楽しそうに、含み笑いしてた。どしたん?
「…ああ、ごめんなさい。ちょっと、お姉さまらしいことが出来たな、って思って嬉しくなってました」
「……まーだそのネタ引きずるん?まあ、あーしだけにソレ言ってる分にはかまわんけどさー」
安久利までヘンな世界に巻き込まんで欲しいし。や、あーしなら巻き込まれていい、ってわけじゃなくてだなー…。
「大丈夫ですよ。約束は守ってますから」
そう願いたいモンだ。
そうして、会話が途切れた。
道が狭くなってきたから、あーしはねーさんのうしろについて歩くよーなカタチになってる。
ねーさんは、顔もいーものを持ってるけど、こーして後ろから見ててもなかなかスタイルがいい。あーしなんぞ、でこぼこばかり強調されてるバランスわりー体型なもんだから、こーいうスマートで女の子らしい、ちょーどいい背丈に憧れがあんだよなー。
そんで、こーして後ろにいると、とてもいい香りがする。化粧なのかシャンプーだとかなのか、あんまそーいうモンに縁の薄いあーしからすると、いかにもって感じで少し気後れはしてしまうんだ。いやウチのガッコーは、化粧についてはかなりウルさいからしたくても出来ないし、それ以前にそんなモン買う金ねーもんな。
「…なー、ねーさん」
「はい、なんですか?理津」
「ちょっと聞きたいんだけど…あぶねっ」
「えっ?……きゃっ」
歩きながらこちらを振り向いたねーさんは、みごとに進路を誤ってガードレールの支柱にぶつかるところだった。辛うじて腕を引っ張って止めはしたけど、運動神経になんか深刻な問題かかえてそーで、危なっかしいったらありゃしない。
「ぶねーな、もう。別に後ろ向かなくたって話は出来んだからさ」
「あ、ありがとう、理津。気をつけますね」
「ん」
腕を引っ張った勢い余って、ねーさんの額に鼻先が触れるよーな距離だったのが、礼の一言といっしょに離れていった。ねーさんの腕を放した手の中がなんか物足りない気がしたのは気のせいなんだろーか。気のせいなんだろーな。うん。
「安久利ちゃんが待ってますよね。歩きながら話しましょう?」
「そだね。で、聞きたいことってのはー」
「ええ」
けど、その物足りない、って感じを自覚した途端、つい今の今まで簡単に聞こうと思ってたことが、なんとなく聞きにくくなってしまって、あーしは口ごもってしまう。
「なんです?」
また振り返ろうとしたねーさんを、そうさせたらマズいなー、ってだけで、あーしはほとんど口を滑らすよーな調子で、つい言ってしまった。
「あんさ、今までオトコと付き合ったことって、ある?」
「ありますよ、そりゃあ」
「え…?」
そんで、戻ってきた答えは、ついさっきまでは「そーだろーなー」って思ってたことと全く同じだってのに。
なんでか知らないけれど、あーしは指先とか唇とかが震えるのを自覚して、それを止める術を、見つけられなかったのだ。
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