第6話・新しめの日常

 「エリザベスー、合コンいこー」

 「その呼び方すんじゃねーっつってんだろうが」


 なんでも「リズ」がエリザベスの愛称だとどっかで誰かが聞いたらしく、クラスの連中に時々あーしはそう呼ばれる。リズじゃなくて「りづ」なんだけど、細かいことをきにしねーヤツらにはどうでもいいらしい。

 あと合コンなんざ興味のカケラもねーのにいちいち誘うんじゃねーっつーの。


 「えー?だってリズがいるとオトコの集まりいいんだもんよ。だからさー、いこーぜー?」

 「一度しか行ったことねーだろーが。知らねーよ」

 「たのむよー、目ぇつけてるイケメンがさー、リズ連れてきたら行ってもいい、っつってんだよ」

 「…あのな、みゅー。あーしをダシにするのは別にいいけどさ、他のオンナ目当てに来てるオトコとかどうなん?」

 「べつにいーよ。付き合いたいとかじゃなくてちょっとつまみ食いしてーだけだもん」

 「なさけねーこと言ってんじゃねーの。おめーだって天下のじょしこーせー様だろーが。オトコ落としてーならてめぇの魅力で落としてやんな」

 「…あいっかわらず男前だな、リズは」


 みゅーは感心したように目を丸くしているが、多少考えが足りないトコがあるだけで、こいつも充分モテの側に入ると思うんだけどな。

 ただまあ、合コンに巻き込まれるのは勘弁して欲しいので、みゅーには「あんま安売りすんなよ」とだけ言い残し、あとはてきとーにあしらってあーしは帰り支度をさっさと済ませた。


 「桐戸さん?もう帰るの?」

 「あー、ちょっとね。家の用事があってね。っていうか、あーしそんないつもガッコに残ってるイメージ?」


 そうして鞄を担いだところで、同じように帰り支度をしていた隣の席の芦原依里あわらえりさんが話しかけてきた。こちらはさっきのみゅー…佐久良美羽さくらみうと違ってごくごく真面目な優等生なのだけど、成績もさしてよくねー上に、マジメちゃんとは到底言い難いナリのあーしにも気軽に接してくる、変わりモンだ。だらしないヤツが嫌いみたいで、あんまりみゅーにはいい顔をしないが、かといってあーしの交友関係にまで口を出してこない辺り、お隣さんとしては付き合いやすくて、よく話はする。


 「だって佐久良さんたちとかと放課後よくたむろってるし、そう見えても不思議じゃないと思うかな。ところで帰るなら途中まで一緒に、どう?」

 「んー…」


 と、スマホを取りだして時間を確認。やべ、みゅーに要らんセッキョーしてたせいで時間おしてる。


 「ゴメン、遅れそうだから走って帰らないと。あとあーしみてーなギャルっぽいのにそんなコト言うもんじゃねーよ?でもうれしかったから、また今度声かけてよ」

 「そ、そう…残念ね」

 「んじゃねー」


 ばいばい、と手を振ったら芦原さんはちょっとドギマギしたように胸の前で両手を重ね顔を赤くしてた。

 美人、てわけじゃないけど、彼女のこーいうところ見たらほっとかない男の子もいるんじゃねーかな。

 ただまあ残念なことに、ここは女子高なのだった。



   ・・・・・



 「ただいまー。かーさん帰ってる?」

 「ねーちんおかえりー。かーさん少し遅れるってさっき電話あった」


 あちゃー。そうだと分かってりゃ芦原さんのお誘いのってもよかったかもな。

 あーしは小走りで帰って来たおかげで少し汗ばんでて、そのせいで額に貼りついた前髪を払いながら靴を脱いで部屋に上がる。

 部屋といっても玄関開けていきなりダイニングキッチンなわけだけど。


 「おかえりなさい、理津」

 「あー、ねーさん来てたんすか。今茶を出しますねー、ってこら安久利。お茶くらい出しといてやれよ」

 「お構いなく。わたしも今来たところだから気にしないで」


 そのダイニングの端の方、いつも三人でメシ食ってるちゃぶ台で、砥峰のねーさんと安久利は先に勉強を始めていたみたいだった。安久利の対面に座ってたねーさんはこちらに振り返り、にっこりと見るからにおじょーさま然とした上品な笑顔を浮かべてる。こーして見ればなかなかの美人だと思う。言動は残念だけど。


 先日、あーしの方からお願いしたみたいなカタチで安久利のカテキョを引き受けてもらい、今日はその二回目だ。

 かーさんにも相談して、なんとか月謝を払える範囲内で見てもらおうという話になり、かーさんの仕事が早く上がる今日、二回目の勉強をみてもらうついでにかーさんにも会ってもらい、契約?とかいう感じのをしよう、という話になっていた。

 それにあーしが口出す必要なんかねーんだけど、もとはといえば妙な(本当に、心の底から、妙だと思う)きっかけであーしが知り合ったひとでもあるのだし、せめて顔くらいは出しておきたいなー、と思ったから、こーして学校からもダッシュで帰って来た、というわけなのだ。


 「ちょっと着替えてきますんで、先やっててください」

 「はい。ゆっくりでいいわ」

 「ねーちんのどかわいたー」


 真逆のことを言う師弟、っていうのか?二人のわきを通り過ぎ、安久利と共用の部屋に入った。もう一部屋ウチにはあるけど、そっちはかーさんの部屋で、親父の仏壇もそちらにある。

 あーしは部屋に入ると制服を脱いで壁のハンガーにひかっけ、部屋着のショーパンとトレーナーに着替えてダイニングに戻る。

 ちゃぶ台のそばに常備されてる電気ポットをかっさらって中身を確認。お湯はほとんど無い。安久利めー、客が来るんだからそれくらいやっとけっつーの。

 そういうところには全く気が回らない妹を一睨みしたけれど、集中してるときはまったく周りに目の行かない安久利は気付きもせず、代わりにねーさんがこっちを向いて首を傾げてた。「どうかした?」とでも言いたげだ。


 「なんでもねーっす。ほうじ茶と緑茶とどっちにします?」

 「え?あー…安久利ちゃん、飲み物なにがいい?」

 「ココア!」


 来客の意向まるで無視する安久利は、ノートから顔を上げようともせず、自分の要求を主張してた。ねーさんはそんな安久利のずーずーしい態度にもいささかもイヤな顔をせず、あーしに顔を向けて、


 「…ですって。お願いね」


 と、これまたとってもやらかい、いー感じの笑顔で注文を告げてきた。もちろんその間、安久利は一心不乱に問題を解いていた、と思ったら。


 「できた!」


 と、両手を挙げてバンザイし、そいで見て見てとそれはそれは楽しそーに今書き上げたばかりのノートをねーさんに突きつける。


 「はやっ!すごいわね、安久利ちゃん。じゃあ拝見。どれどれ…?」


 で、ねーさんの方もまた楽しそーにノートを受け取って、赤ペン片手に安久利と額を突き合わせて何やらごちゃごちゃとやり始めてるのだ。

 勉強は得意でもないし特に好きでもないあーしにしてみれば、安久利が頑張るのはまだ分かるけど、教える側が楽しそーにしてる、ってのはまったく理解ができない。お金もらってるんだから当たり前のことだとしても、ねーさんも今はただ働きなワケだし、となると安久利に勉強教えるのが純粋に面白いンだろうか?ホント、よくわかんない世界だ。


 「あ、ここね。答えは正解だし解き方も間違ってはいないけど、もう少し効率のいい考え方出来るわよ」

 「ほうほう。教えてもらいましょう」


 教わる方がその言い草はどーなんだ、と内心でツッコミながら、それでもその頑張りは評価して、いつものようにココアパウダーにお湯を注ぐのでなく、牛乳を温めていれてやろうと、冷蔵庫を開けて紙パックを取り出すあーしだった。



   ・・・・・



 「ただいまぁ。ごめんねえ、遅くなっちゃった」


 数学が終わって一休みも終えた頃、ようやくかーさんが帰ってきた。

 買い物でもしてきたのか、レジ袋を片手に、いつもの荷物をもう片手に持ちながら、だ。


 「おかーりー、おかーさん。センセ待ってるよ?」

 「あらあら、ごめんなさいね遅くなりまして。今着替えてくるから…えと、先に片付けてと」

 「かーさん、買い物はあーしが仕舞っとくからはよ着替えてきな」

 「あらあらあら、ありがとね理津」


 息せき切って駆け込んできたかーさんから買い物の袋を受け取ると、やたらと「あらあら」を連発しながら自分の部屋に入ってくかーさんの背中を見送る。我ながら苦笑しながらだったのは、お客さんに親との会話を見られて恥ずかしい気分があったのだと思う。基本、友だち呼んだりかーさんの来客とかねーもんな、ウチ。


 「お母さん若いわね?」

 「でしょ?むしろねーちんの方が親みたいなときが…あいたっ」

 「やかましーよ。ほら、かーさんの分のお茶でもいれてきな。あとあーしも座るから座布団あと二枚」

 「いてーな、ねーちん!もー、大人っぽいってほめてたのに…」


 余計なことを言ってツッコミを入れられた額をこすりながら、安久利はしぶしぶと急須のお茶っ葉を入れ替えに立ち上がった。自分からやろうという発想が全くないだけなので、ヤレと言えば安久利もちゃんと家事はやれるのだ。嫁にいけるかどーか、姉としては若干心配になるが。

 そんな妹の様子を見ながらあーしもレジ袋の中身を片付けようとしたのだけど、よく見るといつもより量が多い。というか出来合いの惣菜なんかがあまり無い。

 かーさんは料理に間しては身内のひいき目無しに上等なものを作ってくれるけど、なにせ忙しい身なもんだから気合い入れて作るときは…あー、まああーしらの誕生日だとか、珍しく連休とれた時とかに限るかな。

 で、そーいう時は大概買い物もいつも以上に量が多く、野菜だとか肉だとかの材料が主体になるんだけど、今日のレジ袋はそーいう感じだったのだ。


 「…かーさーん?」

 「はいはい、お待たせしました。あ、理津?今日はちゃんとご飯作るからね」

 「いやそれはいーんだけどさ、量…多くね?」


 流し台の上に並べた買い物の品を見下ろしながらそう言うと、かーさんは事も無げにこう答えた。


 「今日は安久利のせんせいにも食べていってもらいましょ?構いませんか、砥峰さん?」

 「え?」


 なんかぼけーっとしていたねーさんは、かーさんにそう言われて何とかに豆鉄砲をくらったよーな顔で、あーしとかーさんの並んだ顔を見比べていた。

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