第5話・優しい姉妹

 やってしまいました………。


 愛しのまいりるしすたー、桐戸理津のおうちから自宅に帰ってきたわたしがまずやったのは、着替えもせずに荷物を部屋に投げ捨て、ベッドにダイブして枕に顔を埋めることなのでした。うう、こんな真似は中学三年のときにとある勘違いがもとで大恥搔いたとき以来です…。大恥の内容については割愛します。今思い出したら軽く死ねそーなので。


 『お嬢様…』

 「あ、言ってあった通り、今日はご飯はいーですので…」

 『かしこまりました』


 顔も見せずに自分の部屋に飛び込んだわたしを不審に思ったのか、いつもの家政婦の篤子さんが声をかけてくれました。

 といってあらかじめ家庭教師のアルバイトをしてきます、と言っておいたので別に心配されることは無いと思うんですけれどね。篤子さんも過保護なことです。

 でもいつもありがとうございます。ぺこり。

 …と、扉の向こうからは既に気配のしない篤子さんに心の中でお礼を言ってから起き上がり、わたしは一人反省会を始めるのです。



   ・・・・・



 「えーと、なんかすませんした」


 結局二時間くらい勉強を教えてあげて、わたしは桐戸家から帰ることにしました。

 理津は(呼び方についてはこの後で揉めることになりますが、ここは譲らず理津を理津と呼ぶ権利はわたしゲットしたのです!)、アパートの階段の下までわたしを見送ってくれて、じゃあまた今度、と言い出すかって空気になったとき、理津の方からこんなことを言い出したのです。


 「え、別に謝られるよーなことありましたっけ…?」


 わたしにはそんなことを言われる心当たりが全く無くって、気まずそうに顔を逸らしていた理津のことを、ついまじまじと眺めてしまいました。


 「…あんまそうじろじろ見んてくださいって」

 「あ…ごめんなさい」


 うーん、ちょっと不躾でしたでしょうか。

 わたしは僅かに視線を下に下ろしたのですけど、その先にあったのはショーパンからすらりと伸びたきれーな足。が二本。

 言わずもがなですけど、理津の、です。世の中の大半の女性がうらやむよーな、見事な脚線美です。素足でサンダル履きなので、これでもかっ、と最大限に見せつけてくれます。

 もう暗くなってるのに寒くないのかしら、とゆー常識的な心配もせずにわたしは、思わずゴクリと喉を鳴らしていました。

 いえその、同性のカラダで息をのむというのも少しばかり気恥ずかしいといいますか、わたしそちらの気はナイと思うのですけど、やっぱりかぁいい女の子みて嬉しくなるのに性別はかんけーないですよね?って誰にしてるのかも分からない言い訳を口の中でもにゅもにゅしながら、慌てても少し目線を上げてみました。


 「…あんのー?」


 エプロン姿の理津がいました。

 そこそこくたびれて、端々の縫い目なんかもほつれがあったりしますけど、明るいピンク基調の布地に、ところどころ白いフェルトでアップリケなんかが施されてます。しかもウサギさんです。見た目派手派手しいギャルっぽい理津のその装いに、ギャップ萌え、とゆー聞いたこともない単語が天啓のように頭に浮かぶのを覚えます。

 そしてエプロンの下には少し袖のダブついた、セーターが。台所仕事のときは「んしょ」とかいって袖まくってまして。その仕草にわたしの気が散って仕方がなかったとかここだけの秘密なのです。

 まったく。この子はどこまでわたしのストライクゾーンを抉ってくれるのでしょう、かっ!!


 「…もしもしー?」

 「…はっ?!……あ、は、はい、また…じゃなくて、その、どうかしましたか?」

 「え、いえー…なんかだましたみたいなことンなって悪かったといいますか…」


 騙した?

 何のことでしょうか、と首を傾げるわたしに理津は、またちょっともどかしそうにもじもじします。それがまた…とかやってたら話が進まないので、断腸の思いで先を促します。がっでむ!


 「えと、砥峰サンはあーしのカテキョのつもりだったと思うんすけど、あーしはそうだとわかって安久利のカテキョ押しつけるよーな真似してしまったといいますかー…」


 ああ、そういうことですか。

 言いにくいことを言えた安堵からか、理津はちゃんとわたしの目をみておりました。

 わたしよりほんの少し背が高いだけですから、いまのわたしたちの距離ではほとんど目の高さは同じよーなものです。

 その上、ちょっとばかり背中を丸めている理津は、むしろわたしより頭の位置が低くも思えて、そんなつまらないことに気付いたわたしは、何故だかこの子がとっても愛しく思えるのです。きゃーっ!


 「大丈夫です」


 それでちょっと余裕を取り戻したわたしは、ちょっと気取って頼れるお姉様風に微笑み、安心しなさいな、と言葉を続けました。


 「妹のお願いを聞いてあげるのが、姉というものですからね。気にしなくてもいいんですよ」

 「あ……そ、そすか…」


 あら。

 ちょっと演出気味に半歩近付いてそう言ったら、この子ったら頬を紅潮させて「もじも」じしてたのが、「もじもじもじもじ」くらいになってたりします。やーん、かーわいーですねーっ、もおっ!


 「ふふ、ですからね?わたしのことも遠慮なく、おね」

 「いえ、それはいーんで」


 最後まで言わせてもらえませんでした。つれないコですねー。

 …うふふ、でも今はそんなつっぱっていても、いずれわたしに蕩けるような視線を向けてくれるようになると思うと…この子の「お姉様」としてまた一層奮励努力せねばっ!!…と思うのです。

 さしあたりまして。


 「では、姉として妹のお願いには真摯に対応しなければなりませんね。理津?この後のことは、どうしましょうか?」

 「え、いきなり名前呼び捨てはどーなんすか」

 「そう?わたしたちの距離を思えば…あなたがわたしを『お姉様』と呼ばないのはいずれ正してくれるとは思うのだけど、わたしがあなたをこのように呼ぶのは、当たり前のことなのではないかしら」

 「…なーんか話がズレてるよーなー…」


 ………おかしいですね。

 そろそろわたしに名前を呼ばれて、この気の強そうなお顔を朱く染めて、そしてか細い声で、『は、はい…』とか言ってくれそうな頃合いだと思うのですけど。

 頃合いといえば、もう午後の七時を回るころ。この近所には中学のときの友人が住んでいて、何度か遊びに来たこともあるので、若干方向音痴の気のあるわたしでも迷って家に帰れない、というほどではないのです。

 でも、とっぷり日も暮れ、というか十月にも入るとすっかり日が短くなるものですよね。いい加減お暇しないといけない時分でしょう。

 とはいえ、妹さんの家庭教師を引き受けた以上、また訪れる機会もあるというものです。

 まずは、絆の結び目をもう一つ、結っておくことにしましょう。

 余裕たっぷりにわたしは、それを隠すこともせず鷹揚に、理津にこう問います。


 「ええと、ではあなたはわたしのことを何と呼んでくれるのかしら?『お姉様』はまたいずれ、として今日からしばらくの間、わたしをこう呼ぶのだと教えてもらえない?」

 「そりゃー、安久利のカテキョしてくれてんすから、『センセイ』でいんじゃないすか…って、なんで死にそーな顔してんすか」


 …どうやらわたしの余裕とやらは、理津には全く通じていなかったみたいなのです。

 こちらはそれ相応にキメ台詞を放ったつもりなのに、事も無げにわたしのことを「先生」とか呼びますか普通っ!しかもそれ妹さんを中心に据えた人間関係じゃないですか!

 ええまあ、確かに妹の安久利ちゃんは飲み込み早いですし素直にお話聞いてくれますし教えた分以上の成果をきっちり上げてくれますし教える側からしてみれば最高の生徒ですよ?理津の妹だけに将来性バツグンとも思える愛らしさと凜々しさの同居する、でも今は歳相応の可愛らしさがとても、とーてーも!際立つ美少女じゃないですかっ!

 …でも、でもですねぇ…わたしが妹と認めたいのは、あ・な・た・の!方なんですっ!なんで分かってくれないんですかっっっ!!


 「…いえ、ちょっと予想外というか、姉として妹の願いは聞き届けなければいけないのですけど、こればかりはもうちょっとなんとかならないのかと…」


 などとゆー自分としてはけっこーな葛藤を呑み込んで、それでも健気に応えるわたしです。なんかアタマがクラクラして視界が揺れてますが、そーいうことです。


 「はあ、そすか。あーしはまあ、安久利のお願いなら、まあなんでも聞いてやりたいとは思ってるっすけど。センセイ、じゃなんかマズいんです?」


 ん?なんだか話がかみあってるよーでかみあってないと言いますか…不審というよりは不安が浮かぶ理津の顔をみると、わたしも同じく何か沸き上がるものがないでもないというかー……これって、いわゆる「イヤな予感」てやつ?


 「あの、ちょっと待ってください。姉と妹の定義についていまひとつコンセンサスを得ておいた方がいいと思うのですけど…」

 「こんせんさす?」

 「あ、ええと、合意?共通認識?というか、まあそーいうニュアンスのものです」

 「よくわかんねーですけど、そろそろ安久利も降りてきそーなんで、早いとこ済ませません?」


 がくり。

 思わず項垂れるわたしです。なんかもー、こちらの思い入れが理津のわたしへのそれに比べて過分だという自覚はありますけど、ここまであっさりと応対されると、もうわたしへの興味なんかゼロなんじゃないかしらこのコ…とかいった、我が身が絶望に打ち拉がれる程の衝撃を覚える想像にすら至るのですけれど。


 …いいえ、そんなことはありません。理津は…わたしの大事な妹分は、きっと姉たるわたしに対し、密やかに熱い想いを抱いているはずなのです。

 さあ、その唇から聞かせてください。


 「ではうかがいますけど……あなたの姉は、だれですか?」

 「姉?妹ならいるっすけど、姉はいねーですよ。親もソトで他に子供つくるよーなひとじゃねーですし」

 「……あ、そ…そですか…あのじつはですね、わたしにも妹はいなくてです…ね?」

 「あ、やっぱセンセイ末っ子なんですか?なんかそーいう風に見えてたんですけど。あははは」

 「ですよ、ね…?よく言われるんです…あ、あは、あは…あははは……」


 フツーに楽しそうに笑ってる理津とは対照的に、わたしの笑い声はえらい乾いたものでした。

 きっとそれをおかしいと理津は思うのでしょうけれど、でもわたしは、わたしは…っ。


 「…あはは…あ、それでですかー。センセイ妹欲しかったんですねー。どうりで何度も姉と呼べー、とか言ってたわけで。納得しました」

 「え?ええ、えー……そ、そぉなんですよっ!わたし、妹が欲しくてですねー、お姉ちゃんて言われるのが憧れだったんですぅー…」

 「えー?でもあーしも妹、ってキャラじゃねーんで、お姉ちゃんは勘弁してほしーとこで」

 「あ、あははそうようねいきなりそんなこと言われても困るわよねあはあはあは……」


 ……ううっ、空笑いで涙を堪えるのがこんなに辛いとは…っ。

 幼い頃、母の寝室で見つけた本にこんな話があったものです…一方が想いを寄せていた幼馴染みの二人が、けれどもう一方はただの友だちだと思っていたという、切なき物語でした………あれ?そういえばあの話、どちらも男の子とゆー設定だったような…?

 …いえ、今はそんなことはどうでもいいのです。

 それでもわたしは、せめて、せめて…これだけは、とわたしは両手を合わせて拝むよーに、理津にこう願い出ました。


 「で、ですので、わたしがあなたのことを…理津、と呼んで妹のように愛でるくらいはー……………かっ、構わないです……よね?」


 これに対しても、にべもなく「お断りです」とか言われたら…世を儚んで出家でもしてくれよーか、といくらかやけくそ気味でした。

 でもすっかり弱気になってしまったわたしでは、目をつむって祈るばかりの体勢になっているのも宜なるかな、なのです。

 そして、宣告は、残酷でした。


 「…えー……それはちょっとー……」


 オワタ…もとい、終わった……。

 呆れたかのような、シラケたかのような、そんな声色を頭の上から浴びせられたように思えて、わたしは顔を上げることも出来なかったのです………。

 もう、ここに来ることはない…きっとそんな面持ちになったわたしは、言葉を返すことも無く静かに回れ右をし、この場を去ろうとしました。

 だって、もう、わたしの居場所はここには無いのだから。


 「ちょっとちょっとー、ナニ考えてんだかしらねーですけど、勝手にしょぼくれて帰ろうとしねーでくれます?」


 生ける屍の如きわたしに、なんの用でしょうか。

 えーもー、きっとどんよりした空気を背負って生気のないだろう顔で振り返ったわたしです。


 「…そこまでショック受けなくてもいーと思うんすけど。あー、まあ折角二時間も安久利の勉強みてもらったんですし、少しくらいは喜ばせてあげてもいーですから。そーすね、ねーさん、とか呼べばいいですか?」

 「……もう一声」

 「一声もなんも…あー、じゃああーしのことも名前で呼んでいーですから。それくらいでガマンしてください」

 「………」


 ま、まあ少し想像してたのとは違いますが、一気に距離は縮まった気はします。

 悪くない。いえ、最初「キモい」とか言われたのに比べれば各段の進歩です。前に進むことが大事なのです。行く先は憧れの「お姉様…」「理津…」の世界なのですっ!!


 「…なんかそこまで態度変わると後悔したくなるな」

 「なにか言いました?」

 「いえなーんも。あ、そうそう。安久利のカテキョの方なんすけど…」


 家庭教師?もちろん続けるつもりですけど。

 理想の妹にお近づきになる口実ではありましたけど、実際やってみるとそれほど悪くなかったですし。いえ、むしろ安久利ちゃんがかわいくてこお、わたしにできることならなんでもしてあげたいっ!…ってよくぼーがむくりむくりと沸き上がるのを抑えきれないのです。理津とはタイプが全然違いますけど、安久利ちゃんもまた恐るべき妹力いもうとぢから

 でもまあ。


 「理津と安久利ちゃんがよければ、続けさせてください。ただ、わたしも家庭教師などするのは初めてなので不慣れかもしれませんけれど…」


 自信たっぷりに、とはいきませんが、それでも不安の見え隠れする(何に対する不安なのかはこの際考えないでおきます)理津を安心させようと、なるべく明るい顔と声でわたしはそう言いました。


 「…んー、じゃあそれで。月謝とかは」

 「それはわたしも相場とか分からないので、調べておきます。でも、わたしも初めてですからそんなにたくさんください、とは言いませんから」

 「そすか。ども。たすかります」


 ここは明らかにほっとした顔の理津です。

 これを言うのは失礼なのでしょうけど、暮らしぶりが豊かというわけでもなさそうですし、何よりわたしもお金が欲しくてやりたいと思ったわけじゃないですしね。若干後ろめたいところもあるので、そう言えるはずもないのですけど。


 そうして、わたしにとってもまず満足できる内容に話がまとまったときでした。


 「あ、じゃあ近いうちにウチの親に会ってください。なんか決め事とかあるでしょーし…」

 「ごごごご両親にごあいさつせよとっ?!いえ理津がわたしをご両親に紹介してくださるとっ?!………………あ」

 「……………」


 考えなしにしゃべくりまくったわたしと、微かに見せてた笑顔が凍り付いた、理津。

 そんな顔を見て言葉の止まったわたしは、思いました。


 やっ、やらかしてしまい…まし、た…?


 あ…ああ……ああああっ?!

 やっとなんとかいー感じにわたしに心開いてくれかけていた理津がっ、わたしを見咎めるように微動だにしない冷たい視線で、じっと見下ろしているのです…。僅かな身長差がとてつもない高低差に思えるほどに、その圧は次第に増してゆくのです。

 もうヘタレなる誹謗中傷を否定出来ぬ想いに囚われ、わたしは、わたしは…っ!


 「えと、スミマセンけどウチ両親は…」

 「じゃっ、じゃあこれでまた!細かいことはLINEとかそんなかんじで!」


 理津が何か言いかけていたようですが、その先を聞くのがこわくてわたしは脱兎の如く駆け出しました。


 「ねーさん?!」


 なんかこお、言われて嬉しい呼びかけが聞こえた気もしましたが、わたしは「油断大敵」とゆー人類の過去から受け継がれてきた大いなる賢言の重みを噛みしめつつ……。


 「ごーめんーなさーいぃぃぃぃっっっ!!」


 泣き言をわめく声はきっとドップラー効果を伴っていたことでしょう。さぞかしご近所の皆さまに迷惑をかけたのだと…あ、それ謝ったりするの理津じゃないですか…うわわたしもう取り返しのつかないことを…っ?!



   ・・・・・



 我ながら救いようのない真似をしたものです。途中までは割と…いえ、経過を考えればほぼパーフェクトな体制の立て直しを果たしたというのに、最後まで気を抜いてはいけないという古人の教えに逆らったばかりに…うう、もう…。

 ……というかですね、大体、理津もなんなんです。わたしの熱烈な願いを素気なくうっちゃったかと思えばかわいい顔をのぞかせてこうもわたしをドギマギさせたりとか。ええ、わたしの失策ではありましたけどねっ、でもせめて最後まで優しくしてくれてもいいじゃないですか。まったく。ええい、これがうわさに聞くツンデレというものですか!…などと生産性の無い愚痴をこぼしつつ、枕に八つ当たりをしていたわたしの耳にはいる、LINEの着信通知。


 「え、まさかさっきの今でもう縁を切りたいとかなんじゃ…」


 うろたえ、きっと青ざめた顔でスマホを手に取ります。他の友人の可能性とか大学関係の連絡とか一切想像もしなかったのですけど、タイミングがタイミングです。理津の他に誰がいるのかと…。


 「え、えとえと………あれ?」


 何度かやりとりした理津とのトークの画面を開くとそこには、なんだか見覚えのあるウサギのスタンプ…?

 そしてそこに書かれてあったのは。


 【突然帰っちゃったのでコッチで連絡します】


 う、うんうん…、とまるでそこに相手がいるような調子で頷くわたし。

 画面を凝視すると続けてメッセージが届きました。


 【なんかよけいな気をつかわせるみたいで黙ってましたけど うちが片親なのは気にしてないので】


 え?


 【ねーさんも 両親とか言っちゃったのは気にしないでください それだけです】


 ………はてそうでしたっけ?

 桐戸さんのお家の家族構成とか知らなかったので気がつきもしませんでしたが…言われてみれば親子四人暮らしという風な雰囲気ではなかったような。

 ああ、そうか、とわたしは納得いってひとりで首肯を繰り返します。

 そのことをわたしがヘンに気を回してて、そして両親とかうっかり言ってしまってそれを気に病んでるのかと、思ったわけなのですね、理津は。


 「優しい子だなあ…」


 なんだか脱力してしまい、わたしは仰向けにベッドに寝転がると、スマホを胸に抱いてついさっき会っていた姉妹の姿を思い出します。

 派手めな見かけにも関わらずしっかり台所を取り仕切り、妹のことを気にかけていた理津と。

 優しい姉を慕い、そして自分に出来ることに一生懸命取り組んでいた安久利ちゃんと。


 「それに引き換え、わたしは何をやってたんでしょーかねー……」


 仲睦まじく、親御さんの帰りを待つ二人の姿を想像して、つい声が詰まってしまうわたしです。

 そうですね…なんか勝手な妄想をまくし立てて。それに優しい女の子を巻き込んで。

 その優しさにつけ込んで、自分のよくぼーを満たしてしまおうとしてた我が身がひどく浅ましく思えます。

 大事なところはわたしも理津も、勘違いだらけでした。だから、今もこんなメッセージを送っておきながら、きっとわたしのことを「ヘンな女だったな」くらいにしか思ってないのでしょうね。


 「まあ、いいです」


 よいしょ、と体を起こします。

 そういえば晩ご飯を食べてきませんでした。実はあわよくば理津のお家でご相伴に与ろう…とか図々しいことを考えていたからなのですが、今の空腹はそんなわたしへの諫めたいなものです。空きっ腹を抱えて眠るくらいのこと、甘んじて受け入れなければなりません。

 そう思ってお風呂にでも入ろうかと立ち上がったときのことでした。


 「あれ?」


 終わったと思ったトークにまたメッセージ。なになに…?


 【既読スルーとはいい度胸すね】


 あ。

 そういえばまたわたし、勝手に思いに浸って返事するの忘れてました。

 慌てて何か返信を書かないと、と思って指が動いた瞬間、立て続けての、メッセ。


 【いちおー言っておきますけどね 安久利にもあーしに言ったみいなことしたら】


 …ごくり。

 し、したら…?

 ていうか、それって安久利ちゃんにも「お姉様と呼んでください」とかって言うことですよね…?

 何を言われるのか、息を呑んで待つわたしのスマホに、理津の辛辣な言葉。


 【ぶっコロしますからね】


 ひぃっ?!

 慌ててスマホを取り落としかけ、けどそんな物騒な物言いもきっと妹の安久利ちゃんのためだと思って気を取り直し。


 【スタンプはあげます あーしのお気になんでつかってください】


 最初に貼られてたウサギのスタンプが、どこかで見たものかと思ったら、理津のエプロンのアップリケだと思い出して。

 そんなほっこりした気持ちを抱いて、わたしは気持ちのよい一夜を過ごしたのでした。




 【最後まで既読スルーすんじゃねー】


 …翌朝、電話で謝り倒す羽目にはなったのでしたけど。

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