後に残るのは

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 ──後に残るのは



 フェリクスたちは『ホーク作戦』を終えた。


 “連邦”のスノーホワイト農園は焼き張られ、不毛の地となり、農民は食べていくための作物を失った。彼らは仕方なく街に出稼ぎに行くしかない。慣れない場所で。慣れない仕事をすることになる彼らにフェリクスたちは同情した。


 だが、人の同情だけで食べていけるほど、世の中は単純じゃない。


 貧しい農民の暮らしはより貧しくなり“国民連合”と“連邦”政府への怒りが蓄積していく。それでも彼らは改革革命推進機構軍のような共産主義者にはならなかった。農民とは元来保守的なものなのである。


 彼らの怒りは共産主義などのイデオロギーによらず、直接政府にぶつけられた。


 何十万人もの農民がデモを行い、損害に対する補填を求めた。


 政府は警察と軍を動員し、デモの鎮圧を図った。


 だが、そのことが余計に農民たちを刺激し、怒りに駆られた彼らは火炎瓶などで警察と軍の暴徒鎮圧部隊を攻撃する。鍬などの農機具や猟銃を持ち出す農民たちも現れ始める。こうなると手に負えない。


 警察と軍は装甲車と放水銃を使って鎮圧しよう試み続け、農民たちの反応はエスカレートする。軍と警察もついに銃で対抗を始め、流血の事態となる。


 そして、意外なところから“連邦”の軍と警察に圧力がかかった。


 “国民連合”政府である


 よりによって圧力をかけてきたのは、この暴動の原因を作った“国民連合”政府だったのである。これには“連邦”政府も呆れるしかなかった。


 “国民連合”の新大統領は間抜けだと“連邦”政府では陰口が叩かれるようになった。そして、軍と警察も意趣返しとばかりに“国民連合”大使館を警備の対象から外した。


 結果は悲惨なものだった。


 “国民連合”海兵隊の小部隊が守るだけの大使館は襲われるとひとたまりもなかった。火炎瓶が投げ込まれ職員が焼死し、ヘリで脱出する際に大使が撃たれて、重傷を負った。このことはG24Nがトップニュースで報道した。


 G24Nは以前の保守政権も叩いていたが、改革政権を叩かないわけではないのだ。彼らは誰の味方でもない。


 そして、大統領と国務省長官が議会で袋叩きにされた。


 大統領が“連邦”政府の暴徒鎮圧に圧力をかけたのが原因だと保守政党は主張し、大統領に責任を取るように求めた。


「これは人道的危機だったのです。“連邦”政府が貧しい農民たちを銃で撃ち殺す光景が繰り広げられてもよかったというのですか?」


 大統領はそう反論したが、世論は明確に大統領を支持していなかった。


 大統領の支持率は低下。これを政治的危機と考えた大統領は“連邦”にかけていた圧力を撤回し、『彼らのやりように』やらせることにした。


 それからの弾圧は厳しいものだった。


 銃撃は容赦なく加えられ、装甲車が人々を押しやり、催涙弾の煙が立ち込める。


 この世の地獄のような光景が広がり、死体はトラックの放り込まれ、怪我人は手当てされず、そのまま処刑される。


 それでももう“国民連合”は口出ししない。


 彼らも知ったのだ。ドラッグ戦争とはこういうものであると。


 ドラッグ戦争に後方は存在しない。戦線は存在しない。いたるところが戦場である。だから、大統領が後方だと思っていた大使館は襲撃された。だが、彼も学んだ。このドラッグ戦争のルールについて。


 それは容赦はするなというもの。


 後方が存在しない以上、後方の安全を確保するには敵対者を容赦なく弾圧しなければならない。恐怖によって戦線を構築するのである。それはドラッグカルテルによて、反共民兵組織においても、“連邦”政府においても、“国民連合”政府においても同じことであった。


 “国民連合”政府はより徹底した取り締まりのための軍事援助を行い、“連邦”の警察と運は真新しい装甲車や、中古のヘリを受け取った。


 それらは表向きはドラッグカルテルとの戦闘に用いられるはずだったが、農民の暴動鎮圧に使われたのは言うまでもない。


 こうして農民による反乱は鎮圧され、後に残るのは血と硝煙の臭いだけだった。


「こいつはなかなか酷い状況だな」


「『ホーク作戦』の結果だ。俺たちのやったことの結果だよ」


 エッカルトが呻くのにフェリクスがそう言う。


「だが、スノーホワイト農園は潰さなければならなかった。そうだろう?」


「どうだろうな。今となっては分からない。スノーホワイト農園は潰れているのに、ドラッグは流入し続けている。結局俺たちがやったことってのは何だったんだろうな」


「仕方ないさ。彼らはスノーホワイトを栽培していて、ドラッグカルテルに売っていた。そりゃ分かるぜ。安い“国民連合”産の農作物と競争したら、“連邦”の農作物は太刀打ちできないことぐらい。だが、犯罪はダメだ。そうだろう?」


「そうだな……」


 フェリクスは小さくうなずく。


 だが、“国民連合”は政権が代わっても、中身はまるで変わっていないようだ。相変わらず“連邦”政府を支配しようして、痛い目を見る。


 かといって“連邦”政府に全てを任せていたら、このざまだ。


 “連邦”政府は今もドラッグカルテルと結びついているのではないかと思わされる。それほどまでに“連邦”政府のやり方は強引なのだ。


 農民のデモに対する対応はドラッグ戦争最中のアカ狩りや対抗カルテル狩りを思い出させる。あの時もこうして流血沙汰になったのであった。


「せめて、農園を失ったことに対する補填でも行えば、話はかなり変わっただろうに」


「どうしようもない。“連邦”政府が決めたことだ。そして、“国民連合”は内政干渉しようとして失敗した。新しい大統領への支持率は早くも低下しつつある」


「だからってヴォルフゲート事件を引き起こした連中を支持はしないだろう?」


「どうだろうな。連中が盛り返すのも全くあり敢え無い話とは言えなくなってきた」


 ヴォルフゲート事件を引き起こした反共保守政党が再び政権を握るのは遠いことのように思われるが、意外とそれは早くやってくるかもしれない。今の政権である改革政党の自滅的な政策によって。


「何にせよ、麻薬取締局が関与するには遅すぎた。もっと早い段階で農民の不満を報告しておくべきだった。流れた血を元に戻すことはできない」


 “連邦”政府が貧しい農民を銃殺刑にしたという事実はも覆せない。人が死んでいるのだ。人の死を元に戻すことはできない。


「後に残るのは暴力のみ、か」


「そうだな。暴力だけだ。常にそうだ」


 この後も農民への弾圧は続き、結局のところ多くの農民が失った農地への補填を求めるのを諦め、農村を捨てて、街で働くことになった。“連邦”の安い人件費は工業の分野でこそ力になる。政府は図らずして、農民を再配置したのだ。


 国家の利益となるように。


 “国民連合”からやってきた自動車メーカーの経営者は工場の様子を見て、満足したようにこういう。


「もっと工場を大きくしたいですな。従業員も拡大したい」


 そうすれば街で慣れない仕事をしている農民たちが集められる。


 世界はそうやって動いているのだ。


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