ドラッグが減らない

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 ──ドラッグが減らない



 ドラッグの流入は止まらない。


 それどころか今までより高値で売られ、ヤク中が破産し、オーバードーズで死体になって道端に転がっている。


 現大統領にとってこれは好ましくない状況だった。


 ドラッグとの戦争を訴える新大統領は、麻薬取締局の予算をさらに増やし、捜査官も増員した。だからと言って、すぐに成果がでるわけではない。


 予算の増額も、捜査官の増員も時間を待たなければ成果は出ない。


 だが、大統領は直ちに成果が出ることを望んだ。


「大統領が麻薬取締局をせっついているらしい」


「じゃあ、『ホーク作戦』を中止しろと言ってやってくれ」


「俺に言うなよ、フェリクス」


 フェリクスは思っていた。『ホーク作戦』をこれ以上進めても意味がない、と。


 ヴォルフ・カルテルはどこかに抜け道を持っている。そこからドラッグを仕入れ、そして“国民連合”で密売しているのだ。


 その根本を叩かなければ、まるで意味がない。


 そして、恐らくだが、その根本は“連邦”には存在しない。


 フェリクスは一度西南大陸の共産ゲリラの掃討を見た。あそこにはスノーホワイト農園があった。あのようなものが他にもあるのではないだろうかというのが、フェリクスの意見であった。


 それは間違っていない。アロイスがドラッグを仕入れているのは、西南大陸の軍事政権からである。西南大陸に仕入れの根本は存在するのだ。


 そして、今は転売に従事しているだけのアロイスだが、将来的にはスノーホワイト農園を立て直すことも考えている。地方にはスノーホワイト農園が生き延びている。それを拡充して、再び“連邦”でドラッグを製造するつもりだった。


 既に合成ドラッグの分野では転売をやめて、販売に従事している。いずれ、スノーホワイト関係のドラッグも復活するだろう。


 アロイスは自分の息子に帝国を引き継がせたくはないものの、帝国が困窮から分裂し、それによって自分が死ぬようなことも避けたがっていた。


「スノーパールもホワイトフレークの馬鹿高くなっている。それでもドラッグを買う人間がいるんだからやってられないよな。貧困からドラッグに手を出して、さらに貧しくなっていたら、手に負えない」


「ドラッグは貧困層へのさらなる課税だ」


 収入が少なければ持っていかれる税金は少ないものだ。


 だが、ドラッグはその貧しい層から金を持っていく。それは貧困層から金を取り立てるための新たな課税だと言えよう。


 今は麻薬取締局による大規模な取り締まりの影響もあって、スノーホワイト関係のドラッグの価格は天井まで高まっている。それでも一度ドラッグに手を出した人間はドラッグを買わざるを得ず、結果より貧しくなるのだ。


 どこの州でも更生プログラムは中途半端かあるいは存在しないか。今の政権与党もドラッグの厳罰化を掲げており、更生プログラムよりも刑務所に叩き込む方を重視している。刑務所は禁断症状を起こしたヤク中でいっぱいだ。


 結局のところ、政権が代わってもドラッグ問題の根底にあるものは変わりはしない。


「これからどうする。ホーク作戦はもうすぐ目標達成だぞ」


「目標までやり遂げて、それからヴォルフ・カルテルを叩く。分かっている。ヴォルフ・カルテルを叩いたってドラッグ問題は終わりはしない。ただ、俺は半ば私怨でヴォルフ・カルテルを追っている。それは捜査官としては間違っているだろうが、俺にはこれしかもう目的がないんだ」


「分かった。そこまでいうなら付き合うぜ」


「ありがとう、エッカルト」


 そこで電話のベルが鳴った。


「もしもし?」


『フェリクスか? フランクだ。スヴェン・ショル特別捜査官を死体爆弾に変えた人間のことが分かった』


「誰ですか?」


『ヴォルフ・カルテルのマリー・メルティンズという女傭兵だ。それからマーヴェリックという女傭兵。このふたりの犯行だと思われる』


「分かりました。こちらでも調べます」


 そう言ってフェリクスは電話を切った。


「何だって?」


「スヴェンを死体爆弾に変えた奴が分かった。アロイスの傭兵どもだ」


 忌々しいマーヴェリックとマリーという傭兵。奴らがスヴェンを殺し、死体爆弾に変えた。クソッタレめ。殺してやる。


「で、その情報のでどころはどこだ?」


「……ああ。畜生。戦略諜報省か」


「そうだ。お前に手を汚させて、自分たちは楽をしようとしているかもしれないぞ」


 エッカルトが諭すように言う。


「もう俺もあの老ドラゴンのことは全く信頼できない。あの男が始めた陰謀のはずだ。あのドラゴンさえ、法廷に引きずり出せれば、ヴォルフゲート事件だろうとなんだろうとしっかり明らかになるはずだ」


「可能なのか?」


「無理だな。マスコミが奴に食いつかないところから察しろよ。あの老ドラゴンは噂に聞く脅迫リストを本当に持っているらしいな」


 エッカルトは愚痴るように言う。


「まあ、連中の駒として使われるのも面白くないだろう? そして、連中が消そうとしているということはマーヴェリックとマリーは証人になり得るということだ」


「奴らを使ってヴォルフゲート事件を明らかにする、と?」


「そうだ。証人のひとりにはなるだろう。連中の思惑を逆に利用してやろうぜ」


 エッカルトも戦略諜報省には思うところがあるらしい。


「お前の古巣だぞ」


「ああ。そうだった。今の俺のホームは麻薬取締局だ。それの邪魔をしようって連中は元上司だろうと敵だ。俺はあの老ドラゴンを信じて、命を張ってきた。それが国のためになると信じて働いて来た。今も老ドラゴンの指示で働いている連中はそうなんだろう。だが、それが間違っていることを教えてやらないといけない」


「そうか。それなら力になってくれ、エッカルト。今はその“敵”について知っている人間の知識が必要だ」


「任せろ、相棒」


 エッカルトはシャドー・カンパニーの存在こそ知らなかったが、戦略諜報省が禁止されているはずの“国民連合”国内で動ける戦力を有しているのを知っていた。ホテルでフェリクスを襲ったのも、ブラッドフォードを始末したのも連中だろうと予想する。


「“国民連合”国内にも国外にも俺たちの居場所はなし、か」


「現状ではそうなるな」


 “国民連合”国内ではシャドー・カンパニーが、国外ではドラッグカルテルがフェリクスを狙う。ドラッグカルテルの取り締まりは大統領が代わり進むはずだったのだが、今のところフェリクスたちはスノーホワイト農園を焼いているだけだ。


 前政権の汚点であるヴォルフゲート事件を片づけたがっているのは、大統領も同じはずだ。今回は捜査妨害もなく、ヴォルフ・カルテルを挙げられる。


「よし。何としてもやってやろう。目にものを見せてやろう。『ホーク作戦』をさっさと終わらせてヴォルフゲート事件を叩く」


「ああ。そうするべきだ。マジでな」


 フェリクスとエッカルトは決意を新たにすると、『ホーク作戦』という名の残酷な作戦に再び参加していく。


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