無駄な作業
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──無駄な作業
フェリクスたちはそれからもずっとスノーホワイト農園を焼き払い、枯葉剤を巻き続けた。流石に“連邦”陸軍と警察が襲ってくることはない。
だが、麻薬取締局本局の情報によると流入するドラッグの量は維持されているそうだ。どこかに抜け穴があるのか。それともドラッグカルテルは在庫一斉処分セールをやっているのか。エリーヒルの分析官も、フェリクスも頭を悩ませていた。
だが、答えは単純だった。
西南大陸の軍事政権だ。
アロイスは彼らからドラッグを輸入して、輸出していたのである。
「ええ。バルビー将軍。取引が続けられて嬉しい」
『我々もだ。我々も政権が代わって困惑している。こうして、取引を続けなければ共産主義の脅威とは戦えないだろう』
「もっともです。共産主義との戦いはこの世でもっとも高貴な行いですから」
アロイスはバルビー将軍からの電話にそう答えていた。
そして、電話を切る。
「麻薬取締局万歳。奴らが片っ端からスノーホワイト農園を潰してくれているおかげで対抗するカルテルはいなくなった。辺境にスノーホワイト農園を移したのは正解だったな。それに加えて、今はドラッグの稀少価値が途方もないものになって、普通のスノーパールが1000ドゥカートで売れる。ホワイトフレークなら1500ドゥカートだ」
「麻薬取締局のおかげで大儲けってわけだ」
「ああ。少なくともまだ連中はこっちに気づいていない」
アロイスが身を潜める屋敷には赤外線センサーが配置され、それに加えて全方位に『ツェット』が展開しているが。今のところ怪しい人間は見つかっていない。
「“グレイハウンド”と麻薬取締局に警戒しているが動きはない」
「案外、ヘタレなのかもな、あの大統領」
「よくいる自称改革派か」
このまま何の追及もなく、ことが終わってくれるのではないかという願望もアロイスの中にはあった。このまま“国民連合”がアロイスを取り逃し続け、逃げきれたらならば、それほどいいこともないだろう。
だが、そうはいかないだろうという現実もアロイスには見えていた。
今の“国民連合”の大統領の合言葉は、『ドラッグカルテルに正義の鉄槌を』だ。それも当然と言えば当然だろう。前政権はドラッグカルテルと癒着していたのだ。権力を握った改革政党が前政権の汚点を引き継がないことは明確だった。
そうなると自然とドラッグカルテルの撲滅、ということになる。
それに戦略諜報省だ。あそこが証拠隠滅を図っているならば、アロイスたちのことも消しに来るのは明白だった。アロイスは戦略諜報省にカ関わりすぎている。今さら知らぬ顔ができないのは明白だった。
新しい閣僚人事でも、戦略諜報省の長官だけは変わらなかった。あのドラゴンだ。
アロイスはあのドラゴンに狙われているし、大統領にも狙われている。昨日の友は明日の敵というわけだ。
全く以てクソくらえだ。これほど理不尽なことがあるか? これまで金を出してやっていたのに、金を出しやっていたから命を狙われるなんて!
「まあ、ドラッグビジネスはどの道、これでお終いだろう。流石に注目を集めすぎている。ある意味ではハッピーだ」
「どうしてハッピー何だい?」
「俺の息子が家業をを継がずに済む」
アロイスは小さく笑ってそう言った。
アロイスとアレクサンドラの間には息子が生まれていた。将来のドラッグ帝国の皇帝。だが、父親が失脚すれば、この忌々しい帝国の王座に座る必要もなくなる。
「あんた、なんだかんだで家族が大事なんだな」
「家族が大事というよりも、親父と同じことをしたくないんだ。親父はクソ野郎だった。それを引き継ぐようなことはしたくない。俺も親父と同類だったと思いたくないし、思われたくもない」
アロイスはハインリヒを嫌悪していた。
ハインリヒのようになりたくないが彼の口癖のようなものであった。
だから、アロイスの代でこの罪が終わってしまうのは歓迎すべきものだった。巨万の富を築き、人の生き死にを決めるという特権は得られないが、アロイスの息子は穏やかに暮らしていくことができるのだ。
アロイスが望んでも得られなかった人生が手に入るのだ。
アロイスはこれでハインリヒと自分を同一視する必要がなくなる。
「しかし、そう簡単にドラッグビジネスが潰れるかね? あたしはあんたがどう思うと、このクソみたいな仕組みは永遠に続くと思うけれどね。需要があって、大金が稼げる。それならばどうやったって新規事業者が参入するさ」
「そうかもしれない。となると、やはり親の罪を子が背負うのか……」
アロイスはくやしそうにそう呟く。
「そう言えばティボル・トートは?」
「あいつ今、合成ドラッグの製造に専念してる。合成ドラッグも一昔前のと違って立派なドラッグだ。特に奴の開発したレッドピルってのは相当売れ筋がいいらしい。スノーホワイトがなくなってもそういうものが市場を支配していくのかもな」
ティボルは今、合成ドラッグを製造していた。
原料にスノーホワイトを使わない、純粋な化学物質だけのドラッグ。これは若者を相手によく売れている。それでいて原価は低い。なので、学生相手によく売れている。
これも当然ながらオーバードーズの危険性がある。
それでもフェリクスたちがヤク中の心配をすることはないし、してやる義務もない。
「西海岸に新しいネットワークを欲しいものだ。ティボルのレッドピルを売り捌くのに、東海岸だけじゃ物足りない。東大陸ではこの手のドラッグはもうあるから、新規参入者になってしまうしいな」
「なんだ。やっぱりドラッグカルテルのことを考えてるじゃないか?」
「正確には俺のことだ。俺のことを考えている。俺は自分が助かればどうでもいい」
「あたしたいもかい?」
「君は特別だ、マーヴェリック」
そう言ってアロイスはマーヴェリックを見つける。
「最後まで一緒にいてくれよ? 期待してるからな?」
「任せときなよ。あんたの葬式まで準備してやる」
「冗談でも酷いぜ、マーヴェリック」
アロイスとマーヴェリックがけらけらと笑う。
「さて、バルビー将軍に送金して、他の軍事政権に送金して、せっせとドラッグを運びましょうか。ヤク中どもはドラッグがいくら値上がりしても買う。それは連中がヤク中だからだ。阿呆だからだ」
アロイスは少し嫌な表情を浮かべる。
「俺たちはヤク中からヤク中税という税金を搾り取ってるのか、それとも偉大なるヤク中様のために仕事をしているのか。どっちだろうね」
「それはあんたの望む方さ」
「じゃあ、ヤク中様に仕えている方だな。俺たちは大馬鹿野郎の集まりだ。ヤク中のために危険を犯して、ドラッグを扱っている。いっそのこと全てのヤク中が等しく死に絶えればいいと思えてくるよ」
「そんなことになったらおまんま食い上げだ」
「だが、この忌々しい仕事からは解放される。そうだろう?」
「まあ、そう思うのは自由だ」
「自由か。大金があっても地下のバンカーに隠れていないといけないのは自由じゃないな。俺は自由と平穏が欲しいよ」
アロイスは心の底からそう願った。
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