“グレイハウンド”
……………………
──“グレイハウンド”
哨戒活動中だった味方から、その報告が入ったのは1時過ぎだった。
歩哨が不審な男たちを拘束したという。荷物には“国民連合”のパスポートと運転免許所。そして、双眼鏡と狙撃銃が発見されたという。
「いよいよ君の言う通りになるのかね」
「だろうね。“国民連合”がついにあんたを殺しに動き始めたわけだ」
「嫌な話だ」
「だが、受け入れなければならない事実だぜ」
「君にそう言われる日が来るとはね」
アロイスたちは拘束された不審人物たちの下に向かう。
「ハロー。お探しの人物は俺かな?」
男たちは黙秘している。
「おい。何とか言えよ。俺の家のすぐそばで双眼鏡と狙撃銃を持ってたんだろう? なら、何を考えていたは大体分かっているんだぞ」
アロイスは2名の男たちの前に座る。
「俺を探して、殺すつもりだったんだろう? お前らが“グレイハウンド”か?」
男たちは何も答えない。
「いいだろう。喋りたい気分にさせてやる。マリー、頼む」
「分かった」
それからマリーによる尋問が始まる。
彼女は男たちを叫ばさせ続け、彼らが“グレイハウンド”の一員であることを確認した。あくまで今回は情報収集任務がメインで、暗殺は考えていなかったとも白状した。そこまで判明してからマリーはアロイスの支持を仰ぐ。
「そのまま殺してしまうかないだろう。見せしめは必要かな?」
「彼らが“国民連合”陸軍の軍服を着ていれば効果はあった。だけど、彼らは平服で来ている。見せしめにしても効果は薄い」
「相手はカルテルじゃなくて国家だしな。じゃあ、証拠が残らないように処理してくれ。今はまだ相手に交渉の余地ありと思わせておきたい」
「分かった」
マリーはアロイスからの指示を受け取ると、後片付けに向かった。楽しく玩具で遊んだ後はちゃんと片づけをしなければならない。
死体はどろどろのシチューにされ、所持していたパスポートなどは焼却。装備なども完全に破壊して、酸で溶かされた。
「いよいよ“グレイハウンド”とやらが出てきたぞ。君の言った通りだな。“グレイハウンド”が道を作り、そこを他の特殊作戦部隊が駆け抜けてくる」
「ああ。言った通りだろう? “グレイハウンド”どもが動いているなら、他の特殊作戦部隊が動き始めるのも時間の問題だ。電話の盗聴に注意して、常に居場所を変える。それぐらいしか生き延びる術はないね。
「何もかも投げ出して、亡命するってのは?」
「本気で言ってるのか?」
「半分は本気だ。“国民連合”なんて超大国を相手にたかだかドラッグカルテルのボスが何ができる? これは死刑執行を遅らせているだけだ。いずれ連中の手が及ぶ」
「でも、逃げるってどこに?」
「西南大陸の軍事政権や“連合帝国”。とにかく、“国民連合”の手の及ばないところならばどこでもいい」
アロイスはまた自分が殺される悪夢を見るようになっていた。
今度はフェリクス・ファウストが殺しに来るのだ。魔導式拳銃の銃口をしっかりとアロイスに向けてたフェリクスが発砲し、アロイスは弾き飛ばされる。そして、アロイスの頭に向けてフェリクスが一撃を食らわせるのだ。
確かにアロイスはクズだ。自分でも自覚しているクズだと。女子供を大量に殺し、違法な暴力で“連邦”を我がものにしてきた。
それでも死にたくはないのだ。
全ては死なないためにやってきたことだった。それが全て裏返って、アロイスを殺すためのものとなっている。“国民連合”との関係も、戦略諜報省との癒着も、世界最大のドラッグカルテルという地位も、全てがアロイスを殺すための条件となった。
クソッタレだ。何もかもクソッタレだ。
どうしてこんな未来になった? ちょっと前までは全て順調だったじゃないか!
アロイスはそう叫び出したくなるのを辛うじて抑え、沈黙のうちに考え込んだ。
「あいにく、どこに逃げても“国民連合”は追ってくるよ。戦略諜報省の腕は長い。あんたがたとえ“社会主義連合国”に亡命しようが、『クラーケン作戦』や『フリントロック作戦』を暴露される可能性があるなら殺しにくる」
「畜生。俺は“国民連合”のために金を調達してたんだぞ。裏切りじゃないか、こんなのは」
アロイスはそう言って呻く。
「これが現実だ、ボス。あんたは逃げられない。戦うしかないんだ」
「ああ。そうみたいだな」
畜生。そうか。向こうがやろうってなら付き合ってやる。とことんパンチを叩き込んで、ぶちのめしてやる。俺はひとりではくたばらない。くたばるときは盛大に自爆してやる。思い知れよ、クソドラゴン。
「引き続き、“グレイハウンド”に警戒。既にこの場所はバレていた。無線の周波数と暗号は常に変えろ。情報統制を徹底し、ランダムに行動するぞ。クソ生意気な“国民連合”の連中に目にもの見せてやれ!」
「おうっ!」
それからアロイスはすぐに拠点を移動した。念のためにアロイスがいるかのようにカルテルの構成員を警備に立たせておき様子を窺う。無線は今もアロイスが元の場所にいたかのように通信を続けている。
そこにヘリが降下してきた。
ガンシップがカルテルの構成員を掃討し、ヘリから特殊作戦部隊が降りてくる。彼らはバンカーの扉を爆薬で爆破すると室内に突入していく。
そして、彼らはマネキンを見つけた。アロイスの格好をしたマネキン。
「伏せろっ!」
それには指向性地雷が装着してあり、突入してきた特殊作戦部隊に鉛の嵐を浴びせかけた。特殊作戦部隊の前列は壊滅し、後列が負傷者を連れて離脱する。
そこでさらなる爆発。バンカーそのものが大量の爆薬とガソリンによって爆破されたのだ。辛うじて脱出できた特殊作戦部隊の隊員は36名中4名だけだった。
彼ら──
「ヴォルフ・カルテルに対する軍事行動に間違いはなかったのでしょうか? 大統領はドラッグ戦争の広域化と徹底を支持していますが、先日はスノーホワイト農園の農民たちが大使館を襲撃し、大使館員5名が死亡。大使は重傷を負いました。果たして、大統領の取っている戦略は本当に正しいものなのでしょうか? 今日のゲストはドラッグビジネスに詳しい──」
G24Nが大々的に焼けこげ、傷を負った隊員たちの様子を報道してくれたおかげで、“国民連合”の世論は揺れ動いている。前の戦争のように泥沼になる前に現地の政府に任せて手を引くべきだという意見とこれからも戦争を継続するべきだという意見に。
ヴォルフゲート事件の衝撃は薄れつつある。保守政権は大統領を攻撃し続けている。
このまま泥沼に引きずり込んでやるさとアロイスは思った。
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