水漏れの点検はお任せ
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──水漏れの点検はお任せ
「情報漏洩が起きている?」
『そうだ。こっちの動きが読まれている』
「そっちの作戦が単純すぎるせいじゃないのか?」
『いいや。情報が漏れている。確かだ。どこから漏洩してるか、ちゃんと調べてくれ』
「そっちからだったらどうする?」
『こちらでも探す』
「分かった」
アロイスはジークベルトからの不可解な電話を切った。
「裏切り? 誰が? 何のために?」
アロイスが考え込む。
「いや。裏切りではないとしたら。潜入捜査官の情報は全てこちらの手の中にある。それでいてジークベルトの作戦が漏洩するとなると……」
アロイスはじっくりと考える。
「最大の可能性。ジークベルトが盗聴されている。あの男はいつも同じ電話から俺に作戦内容と必要な物資を伝えていた。奴の電話が盗聴されているとしたら。奴のアジトが盗聴されているとしたら」
作戦内は実行前に麻薬取締局に漏洩する。
「あるいは俺が盗聴されているか」
その可能性はあまり考えていなかった。
アロイスの部屋は『ツェット』が常に徹底的に掃除している。盗聴器が仕掛けてあれば一発で分かる。ノルベルトに盗聴されたときから盗聴対策は行ってきた。
電話についてもそうだ。盗聴器が仕掛けられていないことを確認している。そして、携帯妖精通信の通信を傍受できるのは、大規模な軍や諜報組織でなければ不可能だと言っていい仕組みだとマリーから聞いている。
“連邦”の軍はアロイスの支配下にある。忌々しい“連邦”海兵隊もフェリクスから引きはがした。今のフェリクスに電話を盗聴するような技術はないはずだ。
やはり、怪しいのはジークベルトの盗聴の可能性か?
「マーヴェリック。『ツェット』の技術将校をジークベルトの拠点に派遣してくれ。盗聴器の有無を調べたい。あいつはどこかで情報漏洩が起きていると主張している。口ぶりからするに、それが俺たちの側で起きているといいたげだった」
「了解。技術者を派遣する」
派遣された『ツェット』の技術将校はジークベルトの拠点を徹底的に盗聴されていないか調べた。だが、盗聴はされていなかった。電話にも他の場所にも盗聴器は発見されなかったのである。
アロイスは頭を抱える。
情報漏洩がどこからか分からなければ、フェリクスの暗殺作戦は上手くいかない。奴は事前に暗殺作戦の情報を手に入れて対応する。それでは殺せない。
「畜生。どうなってる。俺もジークベルトも盗聴されていない。なのに、どうして情報が漏れるっていうんだ?」
「内通者は? リストに載っていない潜入捜査官」
「俺とジークベルトの間でしか作戦内容はやり取りしていない。確かに装備は部下に準備させているが、装備から作戦が全部分かるものか?」
「確かにそいつは難しいね」
マーヴェリックも頭を悩ませる。
「こういうときはどこで情報が漏れているか確かめるのに情報の流れる範囲を制限していくんだ。特定の人間だけを意図的に外す。特定の人間だけに意図的に伝える。そうやって情報の漏洩の原因を特定するんだよ」
「なるほど。少なくとも俺とジークベルトの間じゃ情報が漏れている。俺たちの側で情報漏洩が起きているとは考え難いが、ジークベルトのほうならば?」
「ありえるだろうね」
ジークベルトの方で情報漏洩の可能性を絞っていく。
だが、どうにもアロイスには腑に落ちないところがあった。
下手をすれば死ぬと言うのに、自分たちが参加する情報を漏らすものだろうかと。
そして、携帯妖精通信に目を向けた。
もしも、もしもだが、“国民連合”が裏切っていたとすれば?
“国民連合”は大統領選を控えている。ここで麻薬取締局の捜査官が殺害されて、世論が現与党批判に向かうのは望ましくない。つまり、今はどうあろうとフェリクスに死んでもらっては困るという状況。
その状況で、アロイスたちがフェリクスを殺そうとすれば?
阻止しようとするだろう。妖精通信を傍受してでも。
「……ブラッドフォードが裏切った可能性がある」
「ブラッドフォードが? どうして?」
「選挙だ。連中は大統領選を前にしている。政府の失態は好ましくない。麻薬取締局の捜査官が殺されるというのはまさに政府の失態だ。それを防ぐために俺たちを裏切っている可能性がある。妖精通信は軍や諜報機関ならば傍受できるものなのだろう?」
「ああ。やる気になればね」
「じゃあ、やる気になったってことだ」
本当にブラッドフォードか? よく考えろ。他に疑わしい人間はいないか? ブラッドフォードの裏切りを疑って関係を悪化させれば、辿り着く先は“国民連合”からの庇護を失うという結果になるんだぞ。
「固定電話でダニエルに俺からの電話にただ『はい』と言えと伝えておく。それからダニエルにこの携帯妖精通信で、フェリクスを殺せと電話する。方法は狙撃だと伝えておく。狙撃手の配置までしっかりと伝えておく。これで奴らが動いたら、この妖精通信は傍受されているということだ」
「いいアイディアだ。早速始めようぜ」
「ああ。さっさと始めよう。これ以上味方が疑わしく見えてくる前に」
アロイスは固定電話でダニエルに電話する。
『もしもし?』
「ダニエル。アロイスだ。これからあんたにもう一度電話する。その電話にただ『はい』とだけ返事しておいてくれ。本当に同意しているかどうかはこの際どうでもいい。ただ『はい』と言ってくれればそれでいい。そのことで後から約束を果たせとは言わない」
『……どういう意図かは分からないが、指示は分かった。電話を待つ』
「ありがとう」
そして、アロイスは携帯妖精通信でダニエルに電話する。
「ダニエル。俺だ、アロイスだ。フェリクス・ファウストの殺害にもう一度手を貸してもらいたい。頼めるか?」
『ああ』
「では、作戦だ。狙撃で奴を仕留める。3日後に奴の泊っているホテルの向かいにあるビルの屋上から狙撃する。狙撃銃はこちらで準備するので、狙撃手はそっちで手配してくれ。頼んだぞ。必ずフェリクス・ファウストを抹殺しよう」
『ああ』
「では」
そして、電話を切る。
「これで奴らが動けば、当りだ。ブラッドフォードは俺を裏切っている。逆に動かなければ、問題はない。その代わりどこから情報が漏洩しているのかという謎が残るが」
アロイスは慎重に状況を見定める。ビルの屋上を見張れる位置に部下を待機させ、何者かが動くかを確認する。
3日後、アロイスの元に連絡が入った。
『ボス。屋上で動きがありました。武装した連中が押し入っています』
「ああ。よくやった」
畜生。畜生。畜生。ブラッドフォードの野郎。裏切りやがった!
ブラッドフォードの裏切りはこれでほぼ明白だ。奴が命じたにせよ、命じていないにせよ、“国民連合”の政府関係者でアロイスと面識があり、取引の相手になってきたのはブラッドフォードだ。
奴にやめさせなければならない。フェリクスを殺すのを邪魔することを。
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