裏切者の意地

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 ──裏切者の意地



 ジークベルトは焦っていた。


 いくらやっても、どれだけやっても、フェリクスを殺せない。


 フェリクスは自分たちの攻撃を撥ね退け続けていた。送り込んだヒットチームが誰ひとりして帰ってこないということもままあった。


 フェリクスは一体どんな魔法を使っているというのだ? どうすればここまでこちらの攻撃を交わし続けられるというのだ?


 それが分からない。分からないから対策の取りようがない。


「畜生、畜生、畜生。クソッタレなフェリクス・ファウストめ!」


 ジークベルトの精神は刑務所の中で歪んでしまっていた。


 彼はタフであり続けようとしたが、『オセロメー』が裏返って、その上摘発されると状況は変わった。彼は生き延びるために何だろうとせねばならず、その上囚人たちから裏切者として陰湿ないじめを受けた。


 屈辱の日々であった。気が狂いそうな日々であった。いつ殺し屋が訪れるか震えて眠る日々であった。


 そんな状況に落としてくれたのがフェリクスだ。


 奴のせいでこんな状況になったのだ。全ての責任は奴にある。


 ジークベルトはそう恨みを抱いていた。


 もはや、アロイスへの敵意は消えていた。敵の敵は味方というわけだ。爆殺されかかったことも、もう忘れていた。ただ、ジークベルトはフェリクスを恨み続けた。


 どうあってもフェリクスを殺す。


 その思いだけで今のジークベルトは動いてた。


「対戦車ロケットだ。対戦車ロケットを使って奴を仕留める。奴を確実に始末する。今度こそは、絶対に」


『本当に上手くいくんだろうな? こっちも警察を押さえておくのに苦労しているんだ。さっさと仕留めてもらわなければ困る。武器供与はしっかりと行っているんだ。結果を出してくれ、結果を』


「分かっている! 万全を尽くしている。これまで、これからも」


 アロイスがフェリクスを殺したがってることをジークベルトは知っていた。だから、多少失敗が続いても、アロイスがジークベルトへの援助を止めないということも分かっていた。だが、限度があるということも理解している。


 迅速に奴を仕留めなければ、ヴォルフ・カルテルは手を引きかねない。


 そうすればジークベルトがフェリクスに報復する機会は永遠に失われる。


「なんとしても奴を殺すぞ」


 ジークベルトは決意を込めてそう宣言した。


 彼はプランを練った。


 待ち伏せはほとんどの場合、失敗している。どういうわけか失敗しているのだ。目標地点をフェリクスが通過しなかった、などではなく、待ち伏せしてたジークベルトの部下が襲われて、襲撃に失敗しているのである。


 これがどういう意味なのかジークベルトには分からない。何が起きたのか報告がないのだから分かるはずがない。だが、部下は逮捕されている。


「今回は待ち伏せと並行して移動しながらの攻撃も行う。このトラックを利用して、走行中のフェリクス・ファウストの車に対戦車ロケット弾を叩き込んでやる」


 今度は待ち伏せだけには頼らなかった。


 ジークベルトは走行中のフェリクスの車の前にトラックを割り込ませ、トラックの荷台に部下を潜ませ、そして対戦車ロケットを叩き込むつもりだった。


 かなり乱暴な方法だが、もう残された手段はあまりにも乏しいのだ。


 何もかも失敗してきた。失敗に失敗を重ねてきた。


 いっそ戦術級第五元素兵器を密輸してメーリア・シティごと、フェリクスをクレーターの下に沈めてやりたかったぐらいだ。


 だが、そんなことができないことぐらはジークベルトにも分かっている。


「確実に奴を殺す。確実に、だ。いいな。これ以上の失敗は許されない」


 ジークベルトは鬼気迫る様子で、狂ったかの様子でそう宣言した。


「フェリクス・ファウストを殺せ!」


「殺せ!」


 彼の部下たちも威勢よく声を上げる。


「決行だ! 作戦を決行する!」


「了解!」


 ジークベルトの部下たちが動き出す。


 彼らはトラックとピックアップトラックに乗り込み、彼らが拠点としている廃倉庫から出撃していく。対戦車ロケットを抱えた兵士たちが出撃していく。


 フェリクス・ファウストの予定はアロイスから教えてもらっている。今日も逮捕したヴォルフ・カルテルの下部組織のメンバーを尋問しに、刑務所に向かう。そろそろ司法取引を持ち出していてもおかしくはない。


 だが、幸いなことに下部組織は大した情報を持っていない。司法取引したところで手に入る情報は僅かである。


 ジークベルトの部下たちは配置に付き、トラックも待機する。


「来た。軍用四輪駆動車。フェリクス・ファウストだ」


 ジークベルトの部下たちが目標を確認する。


「対戦車ロケット準備──」


 そこで無線が途切れた。


「どうなってる?」


「いいから、決行だ。いけいけ」


「了解」


 無線が途切れたことを疑問に思いながらもトラックは発進する。


 車列にトラックは割り込んでいき、フェリクの車両の前方に出ようとする。車両は見事に前方に出て、フェリクスの車両を射界に収めた。


 トラックの後部荷台のシャッターが開けられ、対戦車ロケットがフェリクスの車両を狙う。だが、その時予想外のことが起きた。


 フェリクスの車両のサンルーフと助手席から、バラクラバを被って顔を隠し、魔導式自動小銃を持った人間が姿を見せたのだ。


 それらの人間はジークベルトの部下が狙いを定める前に射撃を開始し、対戦車ロケットの射手を撃ち倒す。対戦車ロケット弾はトラックの荷台に向けて発射され、前方で爆発が生じる。


「畜生! 失敗した!」


「逃げろ、逃げろ!」


 だが、逃げようとしたトラックのタイヤを正体不明の人間が撃ち抜き、トラックをパンクさせて、トラックが操縦不能になり、横転する。


「う、うう……」


 トラックの中ではジークベルトの部下が呻いていた。


 そこにフェリクスが姿を見せる。


「麻薬取締局だ。ご同行願おう」


 そして、生き残ったふたりのジークベルトの部下は逮捕された。


 ジークベルトはまたしても暗殺に失敗したのだ。


 だが、どうして作戦が失敗したかがまたしても分からない。


 部下は全員拘束されるか、死亡したとみられ、ドラッグカルテルの構成員が逮捕されたというニュースが報道される。


 ヴォルフ・カルテルならまだしもジークベルトのような弱小勢力はマスコミに報道される。まして、構成員が逮捕されているのでは。


「畜生。畜生。畜生! どうして失敗した! 魔女のばあさんの呪いか!?」


「落ち着いてください、ボス」


 憤って叫ぶジークベルトを部下が宥める。


「アロイスに連絡だ。情報漏洩の可能性がある。こっちか、そっちかのどちらかだ。それから、次の攻撃の準備だ。次こそは仕留める。確実に仕留める」


 そう宣言するジークベルトがアロイスに電話したのはこの後すぐのことだった。


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