確実な抹殺を願う
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──確実な抹殺を願う
「そうですか。了解しました」
フェリクスが電話を切る。
「何だって?」
「備えろ、と」
「備えろ、か」
エッカルトが尋ね、フェリクスが答える。
「なあ、これは本当に大丈夫なのか?」
「小指が脳を動かすにはこれしか方法はない」
小指を燃やして、小指の爪を割って、脳に対応を迫る。
いずれ脳は苦痛から動く。その瞬間が重要だ。
「出かけない方がいいか?」
「動かなければ、相手も動かない。危険には備える。それだけだ」
「じゃあ、行ってこい。気づかれないようにな」
「ああ。気を付ける」
危険にも情報の漏洩にも。
フェリクスはホテルからSUVに乗り込んで、ホテルを出る。
その次の瞬間、トラックがSUVをめがけて突っ込んでくる。
フェリクスはアクセルを全開にしてトラックの突撃を回避する。
トラックはホテル正面ゲートのコンクリートの壁に衝突して激しい音とともにエンストする。中にいた運転手は頭をハンドルに打ち付けて失神してしまっていた。
フェリクスは素早く車を降りて、後部座席に置いておいた魔導式自動小銃を取る。
トラックから男たちが降りてきて、魔導式自動小銃と魔導式短機関銃をフェリクスに対して向けてくる。
そして、銃弾の嵐が吹き荒れた。
フェリクスのSUVが蜂の巣にされる。念のために防弾装備のSUVを新調したのが幸いして、エンジンが爆発したり、フェリクスが隠れているところが撃ち抜かれることはなかった。フェリクスはこの時ばかりは予算を出してくれた麻薬取締局本局に感謝した。
そして、フェリクスが反撃に転じる。
胸に二発、頭に一発。海兵隊時代に叩き込まれた射撃方法で相手を仕留める。
男たちは倒されていき、銃弾の嵐は次第に止んでいく。
遠くから警察車両が接近する音が響く。
男たちはそれを聞いたのか、迎えに来たピックアップトラックに飛び乗って、逃げ去っていった。フェリクスは警戒を続けるも、警察車両が到着すると一先ず魔導式自動小銃の銃口を下げた。
「何がありました?」
警察車両から降りてきた警官が尋ねる。
「襲われた。そこに衝突しているトラックから降りてきた男たちに」
「一応調書の作成のために同行願えますか?」
「断る。用があるなら大使館に連絡してくれ」
そう言ってフェリクスは麻薬取締局のバッヂを見せる。
「そうですか。では」
調書を取ると言って警察車両に乗せられてそのまま処刑場に直行しないとも限らないのだ。用事はしておくべきである。“連邦”の警察が腐敗しているのは、もはや公然たる事実である。
フェリクスは蜂の巣にされた防弾SUVが警察に証拠として押収されることは認め、魔導式自動小銃も渡して、そのままホテルに戻った。
「大丈夫だったか?」
「ああ。だが、連中は焦っている。『何故、こうも上手くいかないのだろうか』と」
「そして、その原因を探り始めるまで、どれだけの時間がかかる?」
「すぐだ。もう探し始めているはずだ。今回のは成功してもおかしくなかった。俺も危うく本当に殺されるところだったからな」
「だが、生き残った」
「そして、やつらは戸惑っている」
いいざまだ、クソッタレどもとフェリクスにしては珍しく悪態を吐く。
「しかし、あの連中、ジークベルトまで引きずり出してくるとはな。本当はキュステ・カルテルのヴェルナーも死んでないんじゃないか?」
「ムショを襲撃してまでジークベルトを使った。そこまでして罪を被りたくはなかった。麻薬取締局の捜査官殺しという罪を誰かに押し付けておきたかった。そういうことだ。あのアロイス・フォン・ネテスハイムという男はな」
フェリクスが嘲る。
「このまま続けるのはリスクが高いぞ。今回の例を見ても分かるだろう?」
「ああ。リスクはある。だが、リターンは大きい。これでようやく尻尾が掴めるかもしれないんだ。あのクソッタレなドラッグビジネスの正体を世界中にぶちまけることができるかもしれないんだ」
「それが成功したときに俺は傍にいないことを祈るよ。俺は正義の告発者にもなりたくないし、“国民連合”政府の裏切者にもなりたくない。ただの政治的に無関心な、平凡な麻薬取締局捜査官でありたいからな」
「ああ。お前に面倒はかけないつもりだ」
アロイスは再び本局に新車の予算を申請する。
今度は軍用四輪駆動車が送られてきた。もう壊すなという本局の強い意志の表れのようにも思われるものだった。
フェリクスは軍用四輪駆動車で捜査を続ける。
ヴォルフ・カルテルの下部組織を摘発し、構成員を刑務所に叩き込んでいく。刑務所はヴォルフ・カルテルの構成員で一杯になり始めていた。
こうなると沈む船から逃げるようにヴォルフ・カルテルから脱退する下部組織が現れ始める。だが、それらも逃すことなく、フェリクスは刑務所に叩き込んだ。
今やヴォルフ・カルテルは恐怖と混乱の中にあった。
次に誰が拘束されるのか。次に誰が殺されるのか。次に誰がいなくなるのか。
フェリクスは大鎌を振るってヴォルフ・カルテルの数多の首をひとつずつ切り落としていっている。ヴォルフ・カルテルは早急な対応が求められていた。フェリクスを止めなければ、ヴォルフ・カルテルは空中分解してしまう。
だが、ジークベルトは暗殺に失敗し続けている。
暗殺は様々な手段が試された。ダニエルと違って、ジークベルトにはフェリクスを絶対に殺したいという思いがあって、決して諦めなかった。
殺そうとし続ける。その努力は続いていた。
爆薬を積んだSUVを道路に留め、近づいたところを爆破する。失敗。
軍用の対物狙撃銃でフェリクスを狙撃する。失敗。
対戦車地雷による爆殺狙い。失敗。
ホテルへの強襲。失敗
失敗。失敗。失敗。失敗。失敗。
「一連の事件は脱獄したジークベルトによる犯行です。早急にジークベルトを指名手配してください。既に犯人たちも自白しているでしょう」
「だが、ジークベルトの犯行だったとして、何故ヴォルフ・カルテルと関係があるというんですか? シュヴァルツ・カルテルはジークベルトが引き起こした抗争でヴォルフ・カルテルと敵対したのですよ」
「ヴォルフ・カルテルにも恨みはあるだろうが、奴は俺にも恨みがあるからです。俺が奴をムショに叩き込んだ。そして、保護してくれるはずだった『オセロメー』は寝返った。奴のムショでの生活は悲惨なものだったでしょう。だからです」
メーリア・シティ市警にそう説明するも、市警の本部長はなんとも腰が重かった。
「当面は様子を見るということで。まだ分からない点が多いですから」
クソッタレ。はっきりしているだろうが。ジークベルトは俺を殺そうとしていると。
「そうですか。では、そのように」
フェリクスは苛立った様子で市警本部を出た。
「よう。何だって?」
「様子を見ると」
「お前が死ぬまでか?」
「だろうな」
市警にもヴォルフ・カルテルの息がかかっているのだろう。
この状況は自分たちで乗り切るしかない。
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