麻薬取締局捜査官殺し

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 ──麻薬取締局捜査官殺し



 アロイスは下部組織が次々に摘発されたということに唖然とし、そして苛立った。


 どこかのクソ野郎がヴォルフ・カルテルを荒らしている。


 アロイスはすぐに誰の仕業か調べさせた。


「確かか?」


『確かです。間違いありません』


「分かった」


 アロイスは携帯妖精通信を切る。これは盗聴の可能性が低いので、アロイスここ最近固定電話よりもこっちを利用して、部下たちと連絡を取り合っていた。


「誰が荒らしてるって?」


 後ろで待っていたマーヴェリックが尋ねる。


「我らがクソフェリクス・ファウスト特別捜査官だ。奴がどういうわけか下部組織の情報を掴んでいた。もう連中の唯一の味方と言っていい“連邦”海兵隊も引きはがしたってのに、どうやったっていうんだ?」


 “連邦”海兵隊を“連邦”政府に圧力をかけて、フェリクスから引きはがしたのは、アロイスの仕業だった。アロイスはフェリクスたちが第800海兵コマンドに頼っていることを知り、彼らがこの“連邦”で孤立するように仕組んだのだ。


 だが、フェリクスたちは孤立するどころか、嬉々としてヴォルフ・カルテルの下部組織を叩いている。こんな話になるとはアロイスは思ってもみなかった。連中は今度こそ、捜査から手を引くだろうとばかり思っていた。


「畜生め。クソ、クソ、クソッタレのフェリクス・ファウスト特別捜査官!」


 またフェリクスはアロイスを追い詰めつつある。


 1度目の人生のようにまたフェリクスに殺されるのか? それが俺に定められた運命だというのか? そんな運命、クソくらえだ!


 アロイスは心の中でそう叫ぶ。


「どうにかしないといけないね」


「ブラッドフォードに電話する。奴にフェリクスを引き上げさせるよう圧力をかけてもらう。麻薬取締局にはこれまで何度も圧力をかけてきた。成功するはずだ」


「ボス。それは根本的な解決にならないって分かってるだろう?」


 畜生。その通りだ。フェリクスは“連邦”から引き上げても疫病のように存在し続ける。ヴィクトルの次はチェーリオか、あるはベスパか。そういうネットワークが潰されてしまうことだろう。


 根本的な解決とはひとつだ。


「フェリクスを殺す」


 アロイスは断言した。


「いつ殺す?」


「あいにくだが、俺たちは手を出さない。ブラッドフォードと約束している。麻薬取締局の捜査官に死人が出たら、庇護は難しいと。だから、殺すのは俺たちじゃない。別の連中だ。シュヴァルツ・カルテル」


「けっ。どうしようもない約束しやがって」


 マーヴェリックが見るからに不機嫌になるが、アロイスは気にしない。


「ブラッドフォードは最高レベルの権力に近いが、その権力は民意で変えられる。大統領選が近い今、ブラッドフォードたちにとって不利益になる行動は控えた方がいい」


 また現場の人間を縛り首にして満足していればいいが、今度はもっとトップまで追求の手が及ぶかもしれない。何せ大統領選が近いのだ。保守政権と改革政権はともに相手の足を引っ張る機会を窺ってる。


 大統領選にはアロイスも少なくない金をを出している。ご破算になるのはごめんだ。


「シュヴァルツ・カルテルにフェリクスを消させる。ダニエルならば殺し方は熟知しているだろう。奴に任せる」


「また弱音を吐いて泣きついてきたら?」


「別の人間を探す」


 アロイスはダニエルに電話し、フェリクスを消すように命じる。


『冗談じゃない。麻薬取締局の捜査官に手を出せば、連中の報復は確実だ。俺は生贄の羊になるつもりはないぞ』


「これはお願いじゃない、ダニエル。命令だ。俺たちは対等の立場じゃない。俺が上で、あんたが下だ。上の命令は聞くものだぞ」


『畜生。分かった。やってみる』


「ちゃんと殺せよ」


 アロイスは念を入れて電話を切った。


「あたしたちにやらせなよ。そしたら、あっという間にぶち殺してきてやるよ」


「君は顔が割れている。ブラッドフォードからの知らせによれば、フェリクスはイージスライン・インターナショナルまで嗅ぎつけたそうだぞ。そこから君が特殊任務部隊STFデルタ分遣隊に所属していることまで突き止め、そこから君の義母に」


「あの野郎……!」


「だから、俺たちは手出しできない。あくまでシュヴァルツ・カルテルにやらせる。麻薬取締局の捜査官殺しの罪はシュヴァルツ・カルテルに被ってもらう」


 アロイスはそう言い切って、少し考え込んだ。


「マーヴェリック。君は最後まで俺と一緒にいてくれるよな?」


「ああ? 当り前だろ。そういう約束だ。契約じゃない。約束だ」


「そんな約束したか?」


「今すりゃいいだろ。あたしはあんたの傍にいる。最後まで」


「ありがとう。マーヴェリック」


 少なくともアロイスには最後までついてきてくれる仲間がいるというわけだ。裏切られてばかりのフェリクスと違って。


 いや、裏切られた回数なら俺の方が上か?


 まあ、どうでもいい。ダニエルがフェリクスを片づけたらシャンパンを開けよう。


 だが、シュヴァルツ・カルテルから聞こえてくる暗殺計画の話は失敗ばかり。


 車爆弾、失敗。狙撃、失敗。ドライブバイ・シューティング失敗。


「ダニエル、ダニエル。笑えないぞ。あんたは本当に傭兵だったのか?」


『あの野郎の運が良すぎるんだよ。あんたに説明したように作戦が失敗する可能性は低かった。どうあっても成功するはずだった』


「だが、繰り返し、繰り返し、失敗している。笑えないぞ。あまりにも笑えないぞ」


『待ってくれ。まだチャンスはある。奴の泊っているホテルほ吹き飛ばす。これなら流石に奴もくたばるだろう。それでどうだ?』


「成功するまで何も言わない」


『そうかい』


 そこでダニエルからの電話が切れた。


「あの傭兵、なんだって?」


「ホテルを爆破すると言っている。ひとりを殺すには随分と大胆なことだ」


「成功すると思う?」


「そろそろ成功してもらわなきゃ困る。こっちだって、ずっと待っていられるわけじゃないんだ。そろそろ成功が必要だ。フェリクスの死が必要だ。あの男がくたばらない限り、俺たちに安泰という言葉はない」


「そりゃあ、フェリクスって捜査官が暴れまわっているのは分かるけど、そこまで執着するようなものかい? やけにあんたはフェリクスって男にこだわっているように見えるけれどさ」


「当り前だ。あいつは俺を殺しに来る。殺される前に殺せだ」


 1度目の人生の話はマーヴェリックにも話せない。話したところで狂人の妄言扱いされるのがオチである。アロイスは自分を狂人だと思われたくはなかったし、1度目の人生のことを話すメリットはないと考えていた。


 あの人生から恐ろしく脱線したはずなのに、急速にひとつの終着点に向かっている。


 すなわち、アロイスの死に向けて。


「俺は何が何だろうと死なない」


……………………

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