人道危機
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──人道危機
フェリクスは金の流れを追ったが、どうにも途中にブラックボックス化した取引があり、誰がマーヴェリックの母親に老人ホームの費用を払っているかは謎だった。
結局、フェリクスはこの事件に戦略諜報省が深くかかわっているというだけの情報を得ただけで、ドラッグカルテルを上げられそうな情報は得られずに“連邦”に戻ってきていたのだった。
「フェリクス、お前のいない間に戦争が始まったぞ」
エッカルトがそう言う。
「戦争?」
「ああ。国民連合の新聞じゃ取り上げないか。『オセロメー』がシュヴァルツ・カルテルとヴォルフ・カルテルを敵に回してドンパチを始めた。今の『オセロメー』は完全に子供兵だけの組織だ。最初は都市で売人を襲っていたが、今じゃ国境の検問所を襲撃して、物流に流れを止めている」
「クソ。また随分と大変なことになっているな」
「ああ。こっちは今、その情報集めで大忙しだ」
オメガ作戦基地もこの抗争について調べるためにフル稼働している様子だった。
「フェリクス。どう思う、この抗争?」
「既に『オセロメー』はドラッグビジネスに手を出していない。これは報復だ。子供兵のドラッグカルテルへの報復だ。散々自分たちを振り回してくれたドラッグカルテルに対して子供兵が報復を行おうとしている」
「やはり、そう取るか。俺たちも同意見だ。となると、抗争が終わるにはドラッグカルテルの全滅が条件になる。あるいは『オセロメー』の全滅か」
「『オセロメー』の子供兵を保護するべきだ。彼らが何をしてきたにせよ、まだ子供だ。大人に言われて戦ってきて、苦しめられた報復をしているだけだ。“連邦”政府は動いているのか?」
「警察と軍を動員した。そして、俺たちの本局からは内政干渉はするな、と」
「畜生」
子供兵は道具だった。その道具が言うことを聞かなくなったから、殺す?
身勝手極まりない。そんなことが許されるべきではない。
だが、現実はフェリクスが望む方向とは逆の方向にまっしぐらだ。
子供兵は包囲され、痛めつけられ、拷問され、殺されている。
「この都市封鎖っていうのを連中は本気でやってるのか?」
「やっているらしい。封鎖された都市には俺たちでも入れない。中がどうなっているのか想像もできないよ。辛うじて証言してくれる住民もいるが、全容は謎だ」
「これは人道危機だ」
フェリクスはそう言う。
「この国じゃ、いつだって人道危機さ。飽きるほど人道の危機に陥っている。だが、どうにもならない。そうだろう?」
「ああ。そうだったな……」
ここは“国民連合”の政治的植民地。国連軍の派遣を要請することもできない。内政干渉だと騒ぎ立てられるだけだ。
何ものにも現状は止めようがない。
「今も都市で戦っているのか?」
「それだが、『オセロメー』は主力をジャングルに移したらしい。先祖返りだ。また共産ゲリラとも手を組んだとの噂もあるし、現状はカオスそのものだ」
よりにもよってそっちに逃げて、その上共産ゲリラとつるむとは。
これはもはや言い訳のしようもなく、共産ゲリラによるサボタージュだと宣伝され、メーリア防衛軍のような反共民兵組織が介入する口実を与えることになる。
そうなれば“国民連合”まで出てきて袋叩きだろう。
子供兵たちを助けようという動きにならないことだけは確かだ。
そもそも、今までの抗争で『オセロメー』が子供兵を使っていて文句を言った国があるか? そんな国、ひとつもない。子供兵の動員そのものが知られていないのが実情だ。“連邦”政府の少数民族の公民権運動を恐れた圧力と、“国民連合”のドラッグ戦争に不利益な情報に対する圧力によって主要紙は報道を避けている。
このまま、悪党が笑い、勝利するのだろう。
それでいいわけがないが、フェリクスにできることはあまりにも少ない。
「誰か『オセロメー』に伝手のある捜査官を知らないか?」
「前の『オセロメー』を上げた連中がいるはずだが、俺の知り合いじゃない」
「俺もだ。だが、会う必要がありそうだ」
「まさか『オセロメー』を助けるだなんて言わないよな? 連中も人殺しの集まりだぞ。子供だろうが、無辜の市民を殺している。もう助けられない」
「分かっている。助けはしない。ただ、大人しくムショに入って保護が受けられるようにするだけだ」
「それぐらいなら許容できるが……」
エッカルトは渋々と納得した。
「まずは『オセロメー』を上げた連中に連絡だ。何か伝手があるといいんだが」
フェリクスは本局に問い合わせて、『オセロメー』を検挙した捜査官について尋ねる。名前はすぐに出てきた。アレックスとヒューバート。
「アレックス? 俺はフェリクス・ファウストだ。聞きたいことがある。『オセロメー』を検挙したときに内部に協力者を作らなかったか?」
『ああ。作った。よりによって、そいつが暴れていると聞いている』
「なんだって?」
『ニコって少年だ。俺たちが資産にしたが、旧『オセロメー』が俺たちの捜査で壊滅したあと、実権を握って今は奴が新生『オセロメー』のトップになったと聞いている。だが、連中はもうドラッグカルテルじゃない』
「そのニコについて分かる範囲のことでいいので教えてくれ。今は少しでも情報が必要なんだ。頼む」
『分かった。俺たちにも責任がないわけじゃない。知っている範囲のことを教える。まずは──』
フェリクスはニコの家族構成や仲間たちについて聞いた。
「助かった、アレックス」
『そっちの健闘を祈る』
アレックスはそう言って電話を切った。
「さて、豹人族の難民キャンプを当たるぞ。そして、ニコの家族と仲間を探し出す」
「そして、そいつらを囮にして、ニコを誘き出すのか?」
「いいや。ただ、話し合うための機会を設けたい。ニコたちが破壊活動を止めるのならば、俺たちはドラッグカルテルが彼らを追いかけるのを阻止する」
「できるのか?」
「だから、ムショに入れるんだよ。少年院だ。それも“国民連合”の。流石のドラッグカルテルも“国民連合”の少年院にまでギャングを飼っているとは思えない」
「だが、どういう名目で? 連中は“連邦”で暴れてるんだぞ?」
「アレックスはニコには麻薬密輸の罪状がかかっていると言っている。アレックスは捜査のために見逃したが、俺たちはそれを利用する。ニコを無事に保護するには他に方法はない。停戦して、武器を放棄すれば、即座にドラッグカルテルによって八つ裂きにされるだろう。そうなったらお終いだ」
「そこまで入れ込む理由が俺には分からんよ、フェリクス。これはただの“連邦”の治安問題じゃないか」
「ドラッグ戦争に起因する治安問題だ。根底にはドラッグ問題がある。それにここでまた『ジョーカー』のときのように抗争が激化すれば、“国民連合”に流入するドラッグの量は増加する。そうだろう?」
「確かにな……」
ドラッグカルテルが抗争を起こせば軍資金を得るために、“国民連合”へのドラッグの密輸・密売の量は増える。回り回って“国民連合”が打撃を受けるのだ。
「戦争を終わらせて、ニコたちを保護しよう。俺たちならできるはずだ」
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