『オセロメー』の終焉と始まり

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 ──『オセロメー』の終焉と始まり



 ニコは麻薬取締局に『オセロメー』について知っていること全てを喋った。


 麻薬取締局はニコの話を信じ『必ず対応する』と言って、電話を切った。


 それから3週間。何の動きもない。


 ヴォルフ・カルテルの下っ端に成り下がった『オセロメー』では未だにドラッグの密輸を続けていた。ヴォルフ・カルテルからドラッグを購入し、それを密輸し、向こうで売るのだ。


 死人だけが増え続けている。


 ドラッグを密輸しようとして、国境警備隊に撃ち殺される仲間。キュステ・カルテルの残党──驚くべきことにまだ彼らはいるのだ──とトラブルになって殺される仲間。ボスの不興を買って殺される仲間。


 誰もが若い人間だ。子供だ。


 ニコと同じくらいか、もっと低いぐらい。


 ここでは子供は奴隷だ。大人の言うことを聞かなければ殺される。子供に選ぶ権利なんてない。『オセロメー』のために働かなければ食べていけない。逃げ出しても行き場なんてない。


 ずっと、ずっと、ずっとこんな状況だ。


 ニコはもう抵抗する気持ちが失せていた。現状をそのまま受け入れた方が楽であった。だが、恨みは忘れていない。マインラート司教を殺したことの恨みは。


 あれから仲間たちとも、妹たちとも離れ離れであった。


 きっと生きている。そう信じていた。そう信じらなければ狂ってしまいそうだった。


「おい、ニコ」


 ニコがそんなことを考えていたとき、『オセロメー』の男が話しかけてきた。


「何?」


「お前、何か隠してないか?」


「何を?」


「俺たちを売ったんじゃねえかって聞いてるんだよ、ボケ!」


 そう叫んで『オセロメー』の男がニコを蹴り飛ばした。


「そん、なことしてない……」


「本当だな? 本当なんだな?」


「本当だよ……」


「よし、信じてやる」


 クソ。お前たちなんて全員撃ち殺されればいいんだ。


 けど、麻薬取締局はいつまで経ってもやってこない。


 本当に彼らには『オセロメー』を取り締まる意欲があったのか?


 そう疑問に思えてくる。


 これから永遠にこんな日々が続ていくのではないだろうか。ニコにはそう思えてならなかった。これからずっと、ずっと、ずっと永遠に。


 だが、そうはならなかった。


「麻薬取締局及び連邦捜査局だ! 両手を頭の上において床に伏せろ!」


「畜生! 麻薬取締局だ!」


 それは唐突に訪れた。


 武装した麻薬取締局の捜査官たちが『オセロメー』と銃撃戦を始め、『オセロメー』が必死に抵抗する。だが、麻薬取締局は装甲車を持っていたし、ヘリも持っていた。『オセロメー』の敗北はもはや確実だった。


「お前がチュイだな。逮捕する。権利は後で説明してやる」


 麻薬取締局は銃撃戦の末に『オセロメー』のボスを逮捕した。


 だが、あの幹部は、マインラート司教を殺した幹部がまだだ。


「おい。お前! どこにいく!」


 ニコは麻薬取締局の捜査官の制止を振り切って、幹部を探す。


 あいつを逃がしてなるものか。あいつは報いを受けるべきだ。あいつが報いを受けずに逃げるなんて許されない。絶対に捕まえて、裁きを受けさせてやる。これまで死んでいった仲間たちのためにも、マインラート司教のためにも。


「お、おい、ニコ!」


 幹部はいた。狭い路地を逃げようとしているところだった。


「ニコ! 俺が逃げる時間を稼げ! 俺が逃げられたら幹部に取り立ててやる!」


「そうか」


 ニコはそう言うと幹部の両膝を撃ち抜いた。


「ああ、ああ! 畜生、ニコ! やっぱりお前が俺たちを麻薬取締局に売ったんだな! 畜生! この裏切者め!」


「煩い。あんたは裁きを受けるんだ。覚悟しておけよ」


 ニコの放った銃声を聞いて、麻薬取締局の捜査官たちがやってくる。


「負傷者1名!」


「幹部だな。手配リストにある。連れていけ」


 麻薬取締局の捜査官がニコの頭をポンと叩く。


「お手柄だぞ、坊主。勲章ものだ」


「これからどうすればいいの?」


「どうしてもいい。もう自由だ」


 麻薬取締局の捜査官はそうとだけ言って引き上げていった。


 ニコにはもう帰る故郷も何もない。


「ニコ、どうするの?」


「ニコ、どうしたらいいの?」


 取り残された『オセロメー』の子供たちが年長のニコを頼る。


「そうだ。俺たちで『オセロメー』をやろう。俺たちのための『オセロメー』だ。大人たちに復讐してやろう。俺たちにドラッグビジネスをやらせた連中に復讐してやろう。そうしよう。どうだい?」


「ニコについていくよ」


 そして、新たなプレイヤーが現れる。


「隠してあった武器を集めるんだ。これからドラッグカルテルの連中に思い知らせてやるんだ。俺たちのことをこれまで虚仮にして事の報いを」


 ニコたちは武器を集め、その武器でドラッグの売人たちを襲った。


 ヴォルフ・カルテルも、シュヴァルツ・カルテルも、キュステ・カルテル残党も、レーヴェ・カルテル残党もお構いなく、ニコたちはドラッグの売人を襲い続けた。民間人に犠牲者が出ようと襲い続けた。


 そして、奪った金で武器を買う。


 豆の缶詰を食べて、武器を持ち、ドラッグの売人を殺す、ナイフで腹部に刻む。


「『オセロメー』の力を思い知れ」


 と、そう記して、ニコたちは殺戮を続ける。大人たちへの報復を続ける。


 殺して、殺して、殺す。


 ニコたちはもう引き返せない。平和だった時代のことなど忘れてしまった。


「『オセロメー』が潰されたと思ったら、これか!」


 アロイスはニュースを見て呆れたように言う。


「『オセロメー』の見事なまでの忘れ形見だな」


「クソみたいな話だ。『オセロメー』は昔から問題の種だったが、今度はドラッグ売人殺しの集団になるとはな。それも構成員はガキと来た」


 新たらしい『オセロメー』の構成員の平均年齢は17歳。まだ子供が、キュステ・カルテル残党やレーヴェ・カルテル残党、そしてシュヴァルツ・カルテル、ヴォルフ・カルテルとやり合っているのだ。


 見事な地獄絵図としか言いようがない。


「『オセロメー』を麻薬取締局はどう見るかだ。どう考えても今の『オセロメー』はドラッグカルテルじゃない。ドラッグの売人から金は奪うが、ドラッグを売買したりはしていない。つまり、麻薬取締局にとってはギャングのひとつでしかない」


「つまり、生贄の羊はできないし、麻薬取締局や“連邦”捜査機関に掃討させるのもむずかしいってことか」


「“連邦”の捜査機関には追わせられるだろうが、“連邦”政府もあまりドラッグカルテルの尻拭いばかりさせられていては反感を持たれるだろう」


「なら、どうするんだ?」


「シュヴァルツ・カルテルに掃除させる。それで無理だったら、君たちの出番だマーヴェリック。期待しているよ」


「任せときな」


 マーヴェリックはそう請け負った。


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